第8話
「最近さ、ガラの悪い奴らがコンビニの前にたむろするようになってさ。何度注意しても聞きやしないんだよ。どうしたもんかね」
「なるほどねぇ。あれかい、バイク免許取りたてみたいな感じの子達かい?」
「そんな感じ。ここの山道、そこそこバイカーには知られた道じゃん。だから、季節柄もあってやってくるんだけれど。なんかなーって」
と愚痴る割には、今日はその子たちはいないようだ。
まぁ、訪れた時間も時間。
昼過ぎちょっとである。まぁ、そりゃ若人たちは学校かあるいはもっと明るくても遊べる場所に居る頃だわな。
こんな山奥くんだりまで出てくる時間じゃない。
とはいえ、廸子の奴がめっきりと気疲れしているのはよくわかった。
こんなヤンキーの親玉みたいな頭しといて、本物のヤンキーに悩まされるんだからかわいいもんである。
あるいは、このコンビニにたむろしている奴らも、彼女のことを元ヤンかなにかと勘違いして、たむろしているのかも。
やれやれ、人は見かけによらぬという言葉を知らないのかね。
三十歳金髪彼氏ナシ喪女ヤンキー女は――。
ヤンキーではないが強者ぞ。
族に入ったことないし、女番長になったこともない。
言うてステータス的にはヒロイン。
けれど、カラテは格闘漫画に出れるレベルぞ。
ガキどもよ。
こいつの逆鱗に触れる前にさっさとコンビニを立ち去るべきであったな。
そりゃまさておき。
「という訳で、今夜あたり店長が出るってことになってるんだけどね」
「あ、ババアがナシつけるのか。それなら安心だわ。ご愁傷様」
「……もうちょっと心配したらどうなのよアンタも」
「あのババアが負ける訳ないだろ。そこは廸子も知ってるだろ。あいつ、今でこそ普通のシングルマザー経営者気取ってるけど、子供のころとか無茶苦茶だったじゃん。放っておいたら、山で熊殺して背負って降りてきそうな奴だったじゃん」
「……そうだけどさ」
廸子も否定しないレベルの無茶苦茶ぶり。
そんな奴が店長やってる、ここマミミーマートは修羅の巷よ。
坊主ども、たむろする場所を間違えたな。
ここがお前たちの墓場と知れ。
やれやれ、翌朝には愛車と一緒に、仲よく谷底に不法投棄か。
あわれなもんである。
「元ヤンとヤンキーっぽい女がメイン従業員の、ヤンキーコンビニがこんな山奥にあるだなんて、いったい誰が想像しただろうなぁ。ある意味では、変な風俗よりも需要がありそうだと俺は思うよ。いや、ババアはいらんけど」
「そんな特殊な店みたいに言うなよ。普通のコンビニだし、私たち以外にもパートのおばちゃんとかもいるんだから」
「例えば?」
「杉田さんとこの敏子おばさん」
お前、杉田家はこの町の町内会長を代々続ける名家じゃないのよ。
そこの一人娘で、婿もろうて家を継いだ敏子おばさんがまともな人材か。
この町のドンと言っても過言ではないお方ぞ。
まだ、冨江ばあさまがご存命につき当主ではないが、代行としていろいろな会合とかに顔出している人ぞ。
コンビニでバイトしていていい人じゃねえ。
顔から血の気が引くのが自分でも分かる。
なんちゅう人を雇ったのだ。
土地だのアパートだのいっぱい持ってるから金には苦労していないはずだろう。なのに、どうしてこんな所にバイトに来た、敏子おばさん。
「なんかな、子供が大学行って、自由な時間が出来たからちょっと人と接する仕事がしたいって。けどほら、スーパー行くには遠いじゃん」
「バイトもお手頃感覚かよ!! ちくしょう!!」
不良たち。
今日は来ていない不良たち、よくお聞きなさい。
今、心で語り掛けておきます。
敏子おばさまの家は割とガチでやばいです。
田舎は、やく〇よりも土地持ちの旧家の方が、いろいろな権力や実働部隊を抱えています。
竹林の肥やしにされないうちに、はやく故郷にお帰りなさい。
うん。
割とヤベーコンビニになってきたぞ。
ヤンキーコンビニとかじゃないレベルの。
「あと、日田のあきらさん」
「マタギの嫁じゃねえか!! お前、日田さん所がどういう家か知ってるだろ!! この山の平和を、明治から守り続けてきた家ぞ!!」
まぁ、マタギとは厳密には違うんだけれど。
山の集落だと普通に害獣駆除を生業とする家とかが結構あったりする。
日田さん所は、それを明治の頃からずっとやってる家で、そらもう、四つ足の獣が出たらまず警察より日田さんを呼べと言われているほど頼られているのだ。
この町で信頼された、用心棒というかコマンドー的な存在。
それが、日田家なのだ。
そんな家に見染められて嫁に入った女が――まともな女な訳がない。
あきらかになにとは言いませんが殺しております。
という感じの彼女は経歴不肖。
その腕っぷしだけを買われて我が町にやって来た、謎の女である。
かつて、彼女を尋ねて何人かのあらくれがやってきたが、一夜にして町から姿を消したのは、この町に今も伝わるうわさ話だ。
そんな彼女がどうしてコンビニに。
「あきらさん、普通の人だぜ。なんか――最近の携帯補助食品はこんなものがあるのか。勉強のために働かせてくれって言ってた」
「……あきらかに何かしら不穏な空気を感じる」
はたして、人里離れたこの村で、何が起ころうといしているのか。
日野一族がいったいどんな巨悪と戦っているのか。
一般人、たただの町人である俺たちには知る由もない。
知る由もないが、どうか頼むから巻きこまないでいただきたい。
はい。という訳で。
ドン。
ヒットマンと揃い踏み。
こりゃいよいよもって、マミミーマートじゃなくて、ドンドンマートに改名した方がいいんじゃないのって、そんな気分になってきた。
よくそろえたよここまでの人材を。
ババアのくせに、よくもまぁ、こんなエクスペンタブルズみたいな奴らを集めたよ。この町で、何か革命でも起こすつもりなのかねえ。
まぁ、ババアばっかりだけれどさ。(廸子は除く)。
「あ、若い子も居るぜ。外町の葉隠さんところの樹ちゃん」
「葉隠さんとこが忍者の家系って話は、廸子知ってるよな?」
「知ってるけど――迷信だろそんなの。樹ちゃんは真面目だぞ。毎朝、家から走ってコンビニまでやってくるんだぜ。しかも一度も遅刻したことないんだ」
「それ!! 絶対修行的な奴!! 忍者の修行的な奴!!」
はい。
ドン。
ヒットマン。
暗殺者。
ヤンキー。
ババア。
もうなんだこれ、最強じゃねえか、マミミーマート。
消防団より最強じゃねえか、マミミーマート。
もうここに消防団の施設を立てた方がいいんじゃねえのって感じじゃねえか。
いったいぜんたい、こんな人材集めてどうしようっていうんだよ。
そして、シフトのタイミング間違えたら、セクハラ一発命に関わるじゃないか。プレッシャーがきついぞこんちくしょー。
「……廸子。今度、遊びに来るときは、一人の時にするね。セクハラで、命落としたくないから」
「あ、店長がそろそろ、お前に喝を入れてやるって息巻いてたけど」
俺はすかさずコンビニを出た。
この町の番外地。
無法地帯。
暴力の都。
マミミーマートを飛び出した。
はやく、はやく家に帰らなければ。
ババアに、殺される前に、早く。
エンジンが嘶きを上げて車が発車する。
ここいらじゃ一番の難所と言われた峠道に向かって俺は突っ走った。
自宅へと軽自動車をカッ飛ばした。
◇ ◇ ◇ ◇
「……なんか急に来なくなったんだよな、ガキども」
「ありゃ、そうなの?」
「話じゃ、すげー走り屋が峠に出たんだと。それ目撃して、とてもじゃないけど今の自分たちじゃかなわないって市の方に帰ったらしい」
「はぁー、居るんだねそんな走り屋。もうここら辺とか、時代の流れでそういうのやる人は絶滅したと思っていたのに」
なんにしても廸子たちのコンビニに平和が戻ってなによりである。
そして、廸子の職場で、ぶっそうな事件が起きなくて、なによりである。
よかったよかった。
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