第2話

 マミミーマートの音楽はいつもご機嫌。


 入店するとすぐにあの音。

 さらにキレキレのMCによる店内コマーシャル。


 入店即超クール。

 毎日だって来たくなる、それがマミミーマート。

 僕らのマミミーマート。


 ぶっちゃけ、俺の町に一つしかないコンビニ、マミミーマート。


 田舎っていやよねぇ。


「ほんでもって、雑貨屋すらないから、ちょっとした日常品なんかもここで買うのがまたなんというか」


「おう、そろそろ髭剃り用のクリーム切れる頃じゃねえ?」


「やぁん、流石廸子さん。俺のことよく分かってるぅ。そうそう、それが目的で来店したんですよ。いやーほんと、助かります、マミミーマートの剃毛クリーム」


 耳鳴り。


 目の前の幼馴染の咆哮により、鼓膜が破裂したのだと分かった。


 突き刺すような痛みに襲われる俺の両耳。

 鬼の形相で廸子さんが睨んでいるのは分かった。

 だが、彼女が何を言っているのか、破れた鼓膜では分からない。


 唇を読んで理解するしかない。


「陽ちゃんすきすき超愛してる。おっきくなったら結婚しようね」


「まだ血迷うか!! お前な、セクハラいい加減にしろよ!!」


「お金もないし胸もないけど、愛があるから関係ないわね!! うーん、どっちも多いに越したことはないかな!!」


「うっせー!! ばーか!!」


 あ、やっとなんか普通に聞こえるようになってきたわ。

 やれやれ。


 いきなり音響攻撃を仕掛けるとは、君はバトル漫画の主人公かね。


 まったく、柚子くん。

 もうちょっと、そういうのは前置きしてやって。


 それにしたって――。


「ちょっと敏感に反応し過ぎじゃない? 廸子ちゃん、流石にこの程度の下ネタで叫ぶのはどうかと僕は思いますよ?」


「……うっさい」


「ほほん、その返し。さては処女だな?」


「……」


「えっ、マジなの、嘘、見かけによらず純真。って、なってなんか恋が始まるとかそういうのないからね。普通に、えっ、まだ捨ててなかったの、意外って感想しか湧いて――べぶら!!」


「こんなこともあろうかと、かうんたーにすっぽんよういしといてよかった」


 顔にすっぽんがめり込んでますよ。

 顔にすっぽんが吸い付いておりますよ。

 なぜか説明口調で独白する私。


 そら、すっぽん喰らったらそうなりますわな。


 おのれ廸子。

 こんな凶器を忍ばせておくなんて卑怯じゃないか。


 これ、使用済みの奴じゃないよね。

 なんかいつもはトイレの片隅に置いてありますみたいなのじゃないよね。

 ホットスナック扱う所に、そういう不衛生なの置かないよね。


 信じていいんだよね、廸子ちゃん。


 ぴょっこいと音がしてすっぽんが俺の顔からとれる。

 それは綺麗な緑色、汚れ一つないものだった。


 あぁ、ひと安心。


 けど、安心できない。

 違う面ではまったく安心できない。


「廸子さ。まぁ、処女なのはいいよ。田舎だから身持ちが堅いのはそりゃいいことだよ。そこについては俺もなんも言わない」


「なんだよ。それ以外に何か文句あるのかよ」


「いや、剃毛クリームとかさ、男のローション(髭用)とか客から繰り出された時、いちいちそのすっぽんで突くわけ? それはちょっとどうなのよ? お客さまに失礼ってもんだよ」


「心配しなくても、お前意外にそんなセクハラを働いてくる奴はいない」


 いないのか。


 そっか、田舎だもんな。

 そういう変なこという輩は、そんなに居ないよな。

 なまじっかちょっと栄えてると、不良たちがそういうちょっかいかけてくることもあるって聞くけど、ここはそんなのも来ないくらい田舎。


 田舎オブ山奥。


 そりゃ俺が心配する必要なんてないか。


 けれど。


「存在自体がセクハラみたいな商品が出てくることもあるじゃん!! そういうのが出てきた時――『あの、年齢確認、おねがい、しますぅ、あせあせ』ってなるの廸子ちゃん!?」


「きっしょくわりー」


「渾身のお年頃バイト女子を馬鹿にされた、死にたい!!」


 そう。山奥のコンビニである。

 山奥で何もすることもない場所にあるコンビニである。


 ちょっと小道に入ると、良い感じに誰にも見られない寂れた町である。

 ご想像に難くないだろう。


 町にラブホは五軒ある!!


 山奥と言ってもそういう需要はあるのだ。

 むしろ、山奥だからそういう需要があったりする。


 栄養ドリンク。

 サプリ。

 そういう雑誌。


 まぁ、いろいろなアイテムがコンビニでも取り揃えられるようになった昨今である。しかしながら、男と女の営みにあたって、避けては通れぬものがある。


 そう。


 ガムコーナーにない奴。


 あるいは日常品コーナーにない奴。


 薄ければ薄いほど価値の高いそいつの存在を、店員が知らぬ訳があるまい。

 いくら処女でもその存在くらいは知っているに違いない。


 童貞の俺だって知っている。

 童貞の俺だって、それくらいは知っている。


 今からみせてやりますよ、そのコンビニのセクハラアイテムって奴を。

 そんな感じで俺は一旦レジを後にすると、それを探しに雑貨コーナーに入った。


 キラキラのデザインの奴を持って行ってやるべきか。

 それとも、アニメ長のパッケージの奴か。

 あるいは、やたらと薄さを強調した奴か。


 なんにしても廸子。

 突き出される無自覚なセクハラに、お前のような見た目ヤンキー中身はおぼこちゃんが耐えることができるかな。


 棚の前で俺は立ち止まる。

 ふっとひとつため息を吐きだして、俺は静かに視線を廸子の方に向けた。


「廸ちゃん!! ごめん!! どこにあるかわかんないや!! コンドームどこにあるの!!」


「大声で騒ぐな!! 馬鹿!!」


 俺ってさ、童貞だからさ、コンドームとかよく分からないんだよね。

 どこで売ってるかとかそういうの、あんまり詳しくないんだよね。


 いやー、迂闊だったわ。

 通販サイトでパッケージは見たことあるから、分かるって思ってたわ。

 きっと分かると思って探してみたけど、全然見つからないわ。

 びっくりだわ。


 狭いコンビニだ、きっとすぐに見つけられる。

 そうたかをくくっていたけれど、こりゃ廸子に聞いた方が絶対早いわ。

 ガチで探さなくちゃならなきゃいけない奴だわと。

 すぐに思い至ったわ。


 そんでもって、まさかコンドームよりもでかいゴムが、また飛んでくるとは思わなかったわ。


 廸子。


 そういや、学生時代は陸上部で、投げやりしてたもんな。

 ちょっとしんみり。


「そういうのはあれだ!! 最近は無人レジとかそういうのがあるから、そっちでやってくのが多いの!! だから大丈夫!!」


「えー、年齢確認とかしなくて大丈夫なんですかー?」


「コ……こいつはしなくていいんだよ!!」


 いま、コンドームって言おうとして、あわてて軌道修正したな。

 恥ずかしくなって軌道修正したな。


 まったくやれやれだな、柚子め。

 なんだかんだで恥ずかしいんじゃないか。


 そんなんじゃ、まだまだコンビニマスターは程遠いな。


 そして――。


「ごめん廸子。俺も、実は、大声でコンドームとか叫んで、ちょっと恥ずかしい」


「だったら最初からすんな!!」


 俺もコンビニセクハラマスターにはほど遠そうだぜ。


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