俺の幼馴染がコンビニで働いているのでセクハラしにいくことにする
kattern
第一部 故郷に理想を求めるのは無謀でした(過去形)
第1話
俺の名前は豊田陽介。
まぁ、賢明な読者の諸君はお気づきのことだろう。
トヨタ創業家に産まれたかった系ふつうのニート(さんじゅっさい)さ。
いろいろあって今は実家で暮らしています。
いやぁ、実家暮らしはいいですね。
何もしなくてもご飯が出てくる、お風呂が沸いてるんですから。
あとこれでお小遣いも貰えたらいう事なし。
なんですが、それ言ったら親父に、えらい剣幕で睨まれたのでこの世はオワコンですわ。
つうわけで。
「廸子ォ!! 廸子、金貸してくれよぉ!! なぁ、幼馴染のよしみで、金貸してくれよ廸子ぉ!!」
「お客さま、当コンビニのATMコーナーは向かって右手の奥、雑誌コーナーの隅になっております」
「人の金で風俗に行きたいんだよ!! 幼馴染があくせく働いた金で風俗に行きたいんだよ!! なぁ、わかるだろこの気持ち、幼馴染の廸子なら!!」
「わかるわけねー」
鉄拳。
繰り出したのはコンビニのカウンターにいる三十路金髪女。
俺の幼馴染の神原廸子である。
爺譲りの空手は正拳突きには、長年の鍛錬かそれとも怒りか殺意が宿っていた。
同い年、中学まで同じ学校、家も近所。
ということで、まぁそこそこ仲良くしていた俺と廸子ですが、そこはほら時の流れは残酷。
三十年の月日は――幼馴染の拳を殺人拳の領域まで高めていた。
おのれ廸子。
まさか、あの間合いから、一切の殺気を放たず俺に一撃を喰らわせるとは。
よほどの修練を積んだに違いない。
さすが三十歳にもなって金髪ロングのヤンキーやってるだけあるぅ。
女の前に拳と技を磨くのに余念がない。
ほんと、そんなんだから行き遅れるんだZO☆
はい、青い炎がなんか背中から出てるよ。
これヤベーやつ。
俺はすっと廸子の間合いことレジ前から離れた。
「陽介。次は、本当に殺すぞ」
「やぁん、廸子ちゃん落ち着いて。ジョークジョーク、軽いジョークじゃないですか。心配しなくても、この辺りに風俗なんてありません。はい、これで安心してお金貸せるね!!」
「貸さないって言ってんだろ!!」
「なんでさ!! 風俗行くことができないことを証明したじゃない!! じゃぁ、借りたお金がやましいことに使われるはずないじゃない!! 何が不満なの!! 廸ちゃん!! 何がひっかかっているの!!」
「金を貸すことを渋ってんだよ!! そのくらい自分で稼げ!!」
「……えっ、そんな。町内会のおばさま方に抱かれて来いって。酷いわ廸ちゃん」
「いってねー」
はい、遠間からの衝撃波。
かめの波か波動の拳みたいな奴。
どういう流派ならこんな技使えるようになるの。
僕、空手とかよくわからないけれど、こんな格ゲーの技みたいなのリアルに放てるようになるんですね。
いやー、勉強になりましたわ。
うん、勉強になった。
めっちゃ痛かったけれど、勉強になった。
「そんなことしなくても普通にバイトすればいいだろ。おじさんおばさんに頼ってばかりじゃなくて、ちゃんと自活しろよ陽介」
「おじいちゃんと一緒に住んでる廸子ちゃんには言われたくない」
「アタシのは介護ってーんだ、ばかたれ」
「廸子のじーちゃんくたばりそうにないほど元気じゃん、なに言ってんの!!」
廸子のじーさんはね、そりゃもー元気な爺ですよ。
それこそね、ニート散歩日和で俺が町を歩いていると、いきなりエンカウントしてきて、「おらー、働けこのごく潰し」とコブラツイストかけてきますよ。
家族そろってストリートでファイトしかけてくる系一家ですよ。
えぇもう、神原家は。
介護必要ないじゃん。
はい、論破。
俺はドヤ顔で廸子を見る。
返す言葉もないのだろう、ぐぬぬと彼女は唇を噛んだ。
ま、ほんと冗談はさておきだ。
「じーさん、どうなん? 手術の予後は良好? まぁ、大丈夫だと思ってるけど」
「勇み足で看護婦やめたのが拍子抜けするくらいに元気だよ。つっても要経過観察だからな。しばらくはスケジュールの調整が効くここで頑張るよ」
「そっか」
幼馴染にもいろいろある。
家族に不幸が起こったり、思わぬ介護が必要になったり。
そりゃ三十歳なんだ、俺たちだってもう子供じゃない。
自分たちのことだけ考えて気楽に生きれる年齢じゃない。
家族が元気なだけまだ幸せな方なのだ。
まぁ、俺みたいなのはともかく。
廸子はしっかりものだ。
たった一人の肉親――彼女の祖父のために、市内の病院に勤めていたのを辞めて在宅看護に切り替えた。
爺さんは自営業だったから、そんなに蓄えがある訳でもない。
彼女自身も、ギリギリの生活をしていたに違いない。
こんなに派手な金髪をしているのに、派手な服を着ている姿を、俺は一度も見たことなかった。
心配っちゃ心配である。
心配することしかできないけれど。
「まっ、客がいないのをいいことに雑談するが、ぶっちゃけ学がない人間ってのは生きづらい世の中だよな」
「学があっても生きづらかったりするんだけれどね。さて、そんな廸子さんに朗報。実は、俺にお金を貸せば、倍になって返ってくるという不思議な投機が」
「スロットやめろな。お前、再就職しなくちゃいけないんだから」
はい。
そんな訳で。
いろいろあってニートやらなくちゃならないことになった俺は、実家のあるこの町につい最近帰って来た。
それから、ふとしたことで幼馴染の廸子がこのコンビニに通っているのを知り、彼女のじーちゃんが病気なのを知り、以降それとなく彼女を構うという体で、何かと気にかけているのだった。
まぁ、腐っても幼馴染だし。
いや、まぁ、今はいろいろあって、あれだけど、仲は悪くないし。
あと、そこは田舎の人付き合い。
しかたないよね。
けどまぁ、子供の頃は普通にかわいい女の子だったんだよな、廸子。
結婚の約束までしたような相手だし。
「うーん、なんで子供の頃のイメージで育ってくれなかったん廸ちゃん」
「知るかよ。人の自由だろ、どういう格好しようが」
「けどねけどね、昔の廸子ちゃんみたいに、清楚で優しくて温かい感じの女の子だったら、嫁の貰い手とか幾らでもあったと思うよ?」
「……」
え、なんでそれで俺を見る。
地雷か。
あれか、地雷を俺は踏んでしまったのか。
意外。
そんな身なりで結婚願望強いんだね廸子の奴ってば。
それなら本当に、さっさと金髪やめてお洒落したらいいのに。
もっと女性アピールしていったらいいのに。
というか、三十歳なのにヤンキーって、それ、相当ヤバい奴だからね。
相当ヤバい女のパターン入ってるからね、廸子。
自由だけれどさ。
「ま、けど、俺は廸子のそんな格好もいいと思うぜ」
「……陽介」
「企画モノのアダルトビデオみたい――ぐはぁっ!!」
「死!!」
殺す、でもなく、倒すでもなく、死で来たよ。
ほんと容赦ねえうちの幼馴染。三十越えたのに、容赦ねえ幼馴染。
もうほんと、はやく結婚して丸く収まってちょうだいな。
勘弁かんべーん。
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