ドーンヴィル、それぞれの初冬2

 代わり映えのしない小さな田舎町に変化が起きたのは数年前のこと。ドーンヴィルの町から少し離れた土地で鉄鉱石というものが出たところからこの町は変わった。これからの時代、鉄鉱石というものは重要な役目を持っているらしい。大きな船や鉄道を作るのに欠かせないものなのだという。それまで作物を育て牛や馬を飼うだけの小さな町は一気に騒がしくなった。まず町に人が増えた。鉄鉱石を掘る男たちがたくさん雇われ、彼らの住まいがドーンヴィルの外れに作られた。人が増えればその人目当てに人が集まる。田舎の町は徐々に活気づいていった。


 クローディは今日もわら半紙を手に歩いていた。

 冷たい風が頬を撫でる。強い風にさらされ続けると耳の奥が痛くなる季節がやってくる。今日はまだ大丈夫だけれど、もう少しこの風の中に冷たさが増えたら帽子をかぶる必要があるな、とクローディは考えた。


「あら、クローディじゃない」

 小さな町である。街に一つしかない目抜き通りを歩いていると前から数人の少女たちと鉢合わせた。真ん中にいるのは黄褐色の髪をピンク色のりぼんで留めた少女だ。


「アマンダ」

 クローディは呟いた。そして心の中で、とその仲間たちと付け加える。全部で四人。みな旧知の仲だ。何しろ小さな町なのである。同じ年頃の娘たちは幼馴染も同然の関係だ。


「また一人で寂しくお散歩? あなた、変わっているわねぇ」

 アマンダが笑みを浮かべた。こちらを見下すような歪んだ笑みだ。クローディは特に何か表情を変えることもなく「ええ。森の近くにスケッチをしに」と答えた。


「まあ、スケッチですって」

「相変わらずつまらない趣味をしているのねえ」

「こんな寒いのに、風邪ひいちゃうわ」

 アマンダの後に続いて少女たちが続けた。皆アマンダの声の調子に合わせてクローディを小ばかにするようにせせら笑う。


「いいの。趣味だから」

「そうだわ。わたし、明日カイゼル家にお呼ばれしているの」


 素っ気ないクローディの返しにアマンダがひときわ高い声を出した。クローディは内心、今日の本題はこれか、と思った。案の定彼女の瞳は爛々と輝いている。


「すごいんだからアマンダったら。カイゼル家にお呼ばれしたのよ」

「町長の娘ですものね、アマンダは」

「ヴァレル・カイゼル様の奥様のお話相手に選ばれたのですって」

「まあ、そんな大層なことも無いわ。ただ一緒にお茶でもどうですかって誘われただけよ」

 アマンダは取り巻きの声に素っ気なく返す。しかしそれがポーズであることくらいわかり切っている。


「アレット・カイゼル夫人というのですって。十九歳で、今年結婚されてなんと西端海を越えたフラデニア王国から嫁いでいらしたのよ。あなた、フラデニアの場所はご存じ?」

 馬鹿にされてカチンときたクローディは「もちろんよ」と答えた。

「元は公爵家のお姫様だったのですって。そんなお方がわたしとぜひにもお茶をしたいっておっしゃったのですって。素敵だわぁ」


 いや、是非になんて絶対に言われていないだろう、どうせ社交辞令だろうとクローディは冷ややかな視線を送ったのだが、完全に自分の世界に浸っているアマンダは取り巻きたちからの羨望の眼差しに酔いしれている。なるほど、わざわざ目抜き通りまで出向いてきたのはこのことをクローディに自慢するためだったらしい。お暇なことである。そして、自分はこの暇人に付き合うほど暇ではない。


「奥様はとてもきれいな方なのですって。そんな人がわたしとお話したいのですって」

「ああそう。よかったわね」

 クローディは心のこもらない声を出し、さっさと歩き出した。

「なっ、ちょっと。もっと羨ましがりなさいよ」


 後ろから声が聞こえたがクローディは取り合わずに大股で歩いていった。

 自慢をしたいというなら取り巻きたちに盛大にすればいいのだ。


 クローディは町の外へと出た。すると農場が広がる。木の柵向こう側では牛たちがのんびりと草を食んでいる。もっと先まで行くと木立が現れ、野生動物が現れることもあるが、大人たちが追い払ってしまうため最近では滅多に出会うことはできない。クローディは木の柵に沿って歩いて、ちょうどいい倒木に腰を下ろす。動物を描くのは楽しい。表情が皆違うからである。しかしすぐに動いてしまうのでなかなかに難しい。黒鉛を取り出し輪郭のあたりをつけ、大まかに体を描いていく。


 描きながらアマンダの言葉を反芻する。

 ヴァレル・カイゼルの妻の話し相手。金色の髪をした娘なら、ちらりと目にしたことがある。町の外れにあるお屋敷に住まう若奥様はお付きの女を連れ散歩に出ることがあるからだ。つば付きの帽子とレースの日傘をさした貴婦人は田舎ではとても目立つ。帽子をかぶっているいるのと遠目で見たため顔の造作までは分からなかったが、帽子からこぼれる金色の髪の毛はきらきらと輝いていた。自分のようなくすみのある、かろうじて金髪といえなくもないような色ではない。生粋のお日様の光のような輝かしさをしていたのが印象的だった。若奥様は一人では出歩かず、お付きの女もしくは町で雇われた案内人の夫人を連れ立って歩いている。田舎の垢ぬけない町人たちは皆遠巻きにカイゼル家の若奥様を眺めては都会の人間ははなやかだなあと言い合った。


 実際、あの田舎に似つかわしくないきれいな装いをした貴婦人を見た年頃の少女たちのざわめきぶりはすごかった。絵本から飛び出したかのような華やかな女性が田舎の町に現れたのだから、クローディの周囲もその話で持ちきりだった。ダガスランドですらとても遠いと感じてしまうのに、彼女はもっともっと遠い異国から嫁いできたのだ。王様のいる国から、である。アマンダを含む年頃の少女たちは上等なドレスに身を包んだ奥様を眺めてはうっとりし、夢想する。彼女の住む世界を想像して。きっと都会では毎日夜会に出席をして、観劇をし、それから。あんなにも素敵な実業家を夫に持っているのだからドレスも宝石もそのほかのきれいなものも何でも持っているに違いない、と。


(でも、あんなにもきれいな人なんだし、きっと澄ましているんだわ。貴族のお姫様ってことはアマンダ以上に威張り散らしているのかしら?)


 どちらにしろクローディには関係のないことだ。

 クローディはさっさと手を動かして牛のスケッチを進めていった。


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