ドーンヴィル、それぞれの初冬3
ヴァレルは田舎の町だからつまらないだろうというけれど、そこまで悲観するほどのものでもないと思う。そもそも貴族の領地というものは田舎にあるのが常なのだ。アレットだって小さなころは領地のお屋敷で毎日を過ごしてきた。社交時期に王都ルーヴェに訪れるのは基本的にはそれなりに分別のつく年頃になってから。幼少時はずっと領地の屋敷に閉じ込められていて、乳母や家庭教師たちに囲まれて生活をしていた。そういう生活には慣れている。
とはいえ、話し相手がいるというのは嬉しい。アレットの現在の話し相手といえば義母のエルヴィレアと侍女のソレーヌだけ。エルヴィレアはつい先日シレイユのことが気がかりだからとダガスランドへ戻ってしまった。またこちらに戻ってくるわね、と言っていたが彼女にも生活というものがある。あまりアレットにばかり付き合わせるのは忍びない。
そういうわけでやってきたアマンダ・ウォーラムは黄褐色の髪に明るい茶色の瞳をした娘だった。ウォーラム夫人と一緒に屋敷を訪れ、アレットはヴァレルの妻として町長の妻と娘を歓待した。
料理番が焼いたクッキーやケーキに、遠い南国の国から輸入をした上等の紅茶。初日は三人で当たり障りのない話題で場をにぎやかし、翌日の午後はアマンダが一人で屋敷へとやってきた。
「アレット様はフラデニアでは公爵令嬢だったのでしょう? わたし、フラデニアでの生活が聞きたいですわ」
昨日は母の手前大人しくしていたのか、二人きり(ソレーヌは同室に控えているが)になった今日、アマンダはきらきらとした瞳をアレットに向けてきた。
「そんなにも大層な暮らしはしていないわ」
アレットは微苦笑をする。アルメートに嫁いできてからというもの、この手の質問ばかりである。珍獣の扱いにもだいぶ慣れてきた。そして自分も初対面のヴァレルに好奇心の赴くままアルメート暮らしについて質問をしていたことを思い出す。
貴族の暮らしというのは基本的に領地と王都の往復だ。たまに付き合いのある近隣の貴族の家に招かれたり招いたり。それにアレットはずっと寄宿学校に入っていたため、領地の屋敷に戻るのは基本的に休暇の時だけだった。それでも、自然豊かな領地や広大な庭園を有する屋敷を懐かしく思い出しながらアマンダに話して聞かせた。彼女はアレットの言葉に目を輝かせる。
「わたしアレット様のようなおきれいな方とお話をすることができてとても嬉しいですわ。ヴァレル様の奥様ってどんな方なんだろうって、みんなで話していましたのよ」
「ま、まあ。ありがとう」
「女神さまのようにお美しくって。ヴァレル様ととってもお似合いですわ。コンスティーヌはきっと地団駄を踏んで悔しがるに違いないわ。だって、アレット様がとってもおきれいなんですもの」
フラデニアの話題が一通り過ぎるとアマンダはアレットをうっとりと眺めた。それにしてもコンスティーヌとは誰だろう、と訝しがっているとアマンダがそのまま教えてくれた。というか、彼女は得意そうに語り出した。コンスティーヌというのはグランストンに住む、さる銀行家の一人娘らしい。グランストンとは、列車の終着駅のある町だ。ドーンヴィルを含むこの一帯で一番賑やかな町である。その町に住む現在十八歳の彼女は何かにつけてアマンダを田舎娘と馬鹿にし、またヴァレルとの交際を夢見ていたらしい。ヴァレルが連れてきた花嫁がとてもきれいで、コンスティーヌには太刀打ちできるはずもない云々。知らなければ心穏やかに過ごすことができたのだが、思いもよらぬところからライバルの情報を仕入れてしまった。
(やっぱりヴァレルってモテるのね……)
見た目も精悍だし、上背もあるし仕事はできるし、むしろモテない要素が無い。
「そうだわ、アレット様は舞踏会にどんなドレスを着ますの?」
「そうねえ、まだ決めていないのよ」
アマンダの話題は移りが速い。ひとしきりコンスティーヌのことを話し終え満足したのか、今度は年の瀬に開催をするカイゼル家主催の舞踏会の話題へと移った。鉱山の落石事故は幸いにも死人が出ることもなく、重傷者も隣の町で治療を受けている。経過も順調とのことだ。ヴァレルはアレットのお披露目も兼ねてドーンヴィルの町で小規模な夜会を主催することにしたのだ。アレットも準備を任されている。主催はヴァレルだが、彼は多忙のためアレットが決定権を持つ事柄も多い。嫁いできて初めての主婦としての仕事でもある。
「そうだわ。ファッションプレートが届いたの。一緒に見る?」
「いいんですか? わぁ、とっても嬉しい! ファッションプレートなんてめったに見ることができないから嬉しいですわ。これだって、このまえコンスティーヌに自慢されてとっても悔しい思いをしたんですの」
ドーンヴィルのような田舎町に書店はない。グランストンで手に入れるかもっと大きな街まで買いに行かないとファッションプレートは手に入らないのである。価格も庶民が手にするには背伸びをしなければならないため、ウォーラム家の娘であってもおいそれと手に入るものではない。アマンダは最新版のファッションプレートを食い入るように見つめた。
「ああとっても素敵だわ。わたしも新しいドレスを新調したいとお父様にお願いをしていますの。アレット様、当日のドレスの色が決まりましたら教えてくださいね」
項をぱらぱらとめくりながらうっとりした声を出すアマンダにアレットは「ええ、そうするわ」と頷いた。舞踏会のパートナー選びが難航していて誰を選んだらいいのか悩んでいて、とアマンダのおしゃべりはその後も続いた。アレットは誰か一人に肩入れしないよう慎重に相槌を打ち、お茶のお代わりをもう一度したところでアマンダは帰宅をした。嫁入り前の娘の悩み事というのは万国共通のことらしい。舞踏会のパートナー選びで大騒ぎになるのである。アレットも、もしもヴァレルが寄宿学校卒業後すぐに迎えに来てくれなかったらこういう悩みを抱えていたのだな、と思いを馳せた。
その日の夜、ヴァレルが帰宅をするとアレットはアマンダがお茶をしに来たことを話して聞かせた。アマンダから仕入れたこの土地の名士の家についてヴァレルがいくつか補足をしてくれた。
「ウォーラム氏も娘の相手を誰にしようか、悩んでいるようだけれど結婚についてはまだ早いと考えているようだよ」
「まあ。そうなの。わたしどなたにも肩入れしていないように返事をしたのだけれど。大変だったわ。アマンダったらわたしに決めてほしそうだったから」
アレットとしては会ったばかりなのにそこまでの大役は引き受けられない。下手をするとそのお相手が結婚相手に直結してしまう可能性だってあるのだから。
「まあ、最終的にはウォーラム氏が頷いた相手がパートナーになると思うからね。そんなに気にしなくて大丈夫だよ。ああ、そうだ。来週二週間ほどダガスランドに戻ることにした」
向こうの商会での仕事も溜まっているから、とのことだ。ヴァレルは家に帰ってきても手紙を読んだり返事を書いたり秘書と打ち合わせをしたりと忙しい。夕食を終えて寝る前になってやっと夫婦二人きりで団欒の時間が取れたのだ。
「きみも来るだろう?」
「いいの?」
二週間は長いと寂しく感じていたらアレットも一緒にということらしい。
「当たり前だろう。さすがに二、三日のことなら留守番を頼むところだけれど、二週間だからね。それに、夜会の準備もあるだろう? ドレスの採寸とか買い足すものだってあるだろうしね。向こうでも食事会に招待をされているし」
「ん、わかったわ。わたしも支度をするわね」
「といっても来週のことだからのんびりで構わないよ。先に手紙を出しておく」
「久しぶりにシレイユたちに会えるのね。楽しみだわ」
なんだかんだとドーンヴィルに到着をしてひと月以上が経過をしている。ダガスランドに戻ることになって胸が弾みだす。案外にあの街が恋しいようだ。自分もそろそろダガスランド、いやアルメートの生活に馴染んできたらしい。
「シレイユと遊ぶのもいいけれど、俺のことも忘れないでね、可愛いレティ」
「ん、もちろんよ」
ヴァレルがアレットの呼び方を変えてどきりとした。彼がこう呼ぶのは、仲良くしようか、という合図でもある。アレットの胸が高鳴って身体に熱が籠っていく。
「どこか行きたいところを考えておいて」
「ええ」
アレットは夫にこてんと体を預けた。
彼の手がアレットの頬に添えられて、それからゆっくりと上を向かされる。目が合って、ヴァレルの口付けが落ちてきたのはその直後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます