第11話 収拾
「大丈夫か?」
コーツが去った後、蔵道は倒れたままの蘭を起こして容態を確認した。幸いなことに彼女の意識はハッキリしており、蔵道は胸をなでおろす。
「申し訳ない、私のせいで君を危険な目に合わせてしまった。家まで送ろう。……いや、君は確か」
蔵道の言葉が詰まる。彼女に帰る家は無いのでは?
どうしたものかと悩んでいると、蘭の方から口を開いた。
「あたしはホームレスじゃない……あなたと同じ転生者だよ」
「……そうだったのか」
「痛みも少しずつマシになってきたし、元の世界よりも体に恵まれているのかもしれない。あたしのことより、あの子の方を見てあげてよ。たぶん本当のホームレスだから」
「あの子……?」
蘭が指を差した先には誰もいなかった。
あれ?と蘭の小声が漏れる。
「ここに倒れていた子なら、もう逃げていったわ」
代わりに現れたのはガブリエラだった。
近くの軒先に移動し、雨を避けながら彼らは互いに自己紹介をする。とはいえ、そのほとんどは蘭に向けての現状の説明だった。
ノイセ村に居を構えるレクシド、神の石の盗難、ホームレス狩り。蘭は黙ってその内容を聞いていた。
「何か質問があるかい?」
蔵道の問いかけに、ようやく蘭が口を開く。
「……どうしてまだ、神の石を返していないの?」
「それは……その時が来ていないからだ」
「どういうこと?」
「ふーん……なるほどね」
ガブリエラは蔵道から受け取った砂時計をじっと見つめていた。横にしたり逆さにしたり、手の中でくるくると回して興味津々といった様子だ。
「この砂時計、常に砂が落ち続けているわ。こうやって逆向きにしても、重力を無視して時を刻んでいるのよ」
「よく見ているな。『
「砂時計のまま保管することはできないということね。せっかく置物に良いかと思っていたのに……これでは砂上の楼閣だわ」
「えっと……つまり、砂が落ちきらないと神の石に戻らないってこと?」
「あぁ、あと二日だ」
「そんなに……!?」
ガブリエラの持つ砂時計に蘭の目が注がれる。絶え間なく落ちる砂の量を考えれば、それほどの時間を要するとは思えない。ただ、下の器に溜まっていく砂の量はほとんど変わっていないようにも見えた。
「リエラ、落とさないようにしてくれ」
「あら?神の石の方はあなたが持っているのでしょう?」
「それはそうだが……」
「分かってるわ。砂時計が壊れれば、砂が落ちきる前でも元の物質に戻る。ただし戻った物質は破裂して周囲に飛び散る。そうよね?」
蔵道が頷く。
蘭はゾッとして思わず距離を取った。先の戦闘で、矢が飛び散った瞬間を彼女は見ていたのだ。この至近距離であのような破裂が起これば怪我では済まないだろう。
「縦方向に落とすなら多少は耐えるが、横は駄目だ。砂時計のガラスも、それを囲む柱もポキリといくぞ」
「くす、大丈夫よ。細心の注意を払うから。それよりも……」
ガブリエラは一つ、息をついて言った。
「やはり、このまま砂が落ちきるのを待つべきではないわ。砂時計をレクシドに渡して事情を説明するべきよ」
「……そうかもしれないな。このままホームレス狩りが中止されるとは思えない」
「危険だよ、そんなの!」
蘭が声を張り上げる。
「女子供の命を何とも思っていない、自分の利益ばかり考えてる奴らだよ!転生者の固有スキルでおいそれと納得するとは思えない!」
「体験者の意見ともなると説得力があるわね。でも相手が同じ転生者ならどう?納得してくれるのではないかしら?」
「それは……そうかもしれないけど、レクシド側に転生者がいるっていうの?」
「えぇ、ちょうどそこの物陰に隠れているわ」
「えっ……!?」
ガブリエラの言葉に呼応するかのように、ガタンと物音が鳴る。
「気づいていたのか……!」
「あ、あいつ……!!」
蘭の声が怒りに震える。姿を現した保哲は悪びれる様子もなく、ガブリエラに向かって言った。
「ガブリエラが館に忍び込むなんて妄想に過ぎなかったな」
「何の話?」
「いや、なんでもない……!それより神の石だ!」
保哲にとっては思ってもない出来事だった。役に立たない兵士たちに言われて戻ってみたら、まさか見覚えのある女に出会うとは。挙句の果てに、神の石を持っていると言うではないか。
「神の石を渡してもらおう。それで全て終わりにできる」
「……イーナの命は戻ってこないが」
「あれは俺がやったんじゃない!」
保哲は苛ついた言葉で返す。蔵道は静かに答えた。
「他の誰かを責めるつもりは無い。全ては私の愚かさが招いたことだ」
「なら、もういいだろう!神の石は!?」
「これだ」
懐から取り出された砂時計を保哲は黙って見つめる。彼らの話は盗み聞いていた。今更、驚くことはない。
「二日待てば神の石に戻る……落として割ったりしなければな。それで事態は解決する。これ以上、命を奪わないでくれ」
「……分かったよ、兵士への依頼も取り消す。もうホームレスに用は無いからな」
保哲が砂時計を受け取る。
これで償いになっただろうか。蔵道は思った。無論、イーナの命はこれからも背負っていかなければならない。それでも、この一連の騒動が一区切りになるよう願うばかりだ。
「ちょっとあんた……!」
すぐさま背中を見せて去ろうとする保哲を蘭が呼び止めた。
「何か他に言うことはないの……?」
「何があるんだよ」
それ以上は何も言わず、保哲は歩き出す。すぐにその姿は雨に遮られて見えなくなった。
「……申し訳ない」
「何で蔵道さんが謝るんだよ……!」
拳を震わせる蘭に蔵道が頭を下げる。彼なりの気遣いだったのかもしれないが、今の蘭には何も理解できなかった。
「宿に戻りましょうか。この子も、そのままだと風邪を引くわよ」
「そうだな。私にできることはそれくらいしか無いが、今日はゆっくりと休んでくれ」
「……分かったよ」
三人は再び、雨の中を歩き出す。
ガブリエラの体は相変わらず濡れておらず、どういうわけか雨粒が彼女まで達していなかったが、蘭は特に気にしなかった。
蘭の心は悔しさで溢れていた。その悔しさが蔵道への感謝の言葉を妨げていたことに気づき、さらなる悔しさに苛まれていった。
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