第9話 分断
「皆、作戦は分かっているな?」
「十分だよ!」
「よし。お前たち、剣を貸してくれ」
「は、はっ!」
勉太の言葉に兵士たちは素直に従った。三本、四本と抜身の剣が地面に突き立てられていく。
「行くよ!」
三人組が一斉に動いた。安田が左に、近藤と相澤が右に、家の中や路地裏へ姿を隠す。
勉太はその場で、スティング神を観察していた。
敵の目線が左右に動いている。確かに動体視力は高いが、視野は広くない。
──それならば勝機はある!
「どこを見ている!」
腕力を強化した勉太が、スティング神に剣を投げつける。
当たるとは思っていない。敵の注意を自分に引きつけるためだ。
カチ、カチ、カチ!
不気味に顎を鳴らしながら、スティング神は何度も周囲に針を突き出していた。
まるで素振りだな。勉太にはそう見えた。
次は無い、確実に殺してやる。そう言っているのだろうか。
上等だ、僕らも同じ気持ちだ。
(準備はできたよ)
ナイフを通して安田の声が聴こえる。三人とも持ち場についたようだ。
「相澤、行けるか?」
(ごめん、勉太。やっぱり効かない……!)
「……そうか」
相澤の『
無論、そのくらいは想定していた。隙なんて別の方法で作ればいい。
「ウオオオオオオオォォォォォォッ!!」
勉太がありったけの声で吠える。そして走り出す。あえて敵の視野に入るように、真正面から挑む。所謂、囮作戦だ。
スティング神が勉太の方を向き、迎撃態勢に入る。その背後、三方向から飛び出す影には目もくれない。
もっとも、気づいた所で関係無い。相手が振り向いたのであれば、その時は囮の自分が本命になるだけの話だ。
安田たちが飛ぶ。狙いは全生物共通の急所、首筋。
スティング神の目線は変わらない。勉太の方を向いたままだ。
勉太は勝利を確信した。
──それは一瞬の出来事だった。
スティング神の羽が何重にもぶれ、周囲の空気が歪んだ。次の瞬間、背後に迫っていた安田たち三人は、破裂音と共に後方の建物へと叩きつけられていた。
何が起きた……?
建物に亀裂が入り、崩れ落ちていく。ガラガラという瓦礫の音は勉太には聞こえていなかった。静寂の支配する感覚の中、埋もれていく彼女たちの姿をただただ見つめるだけだった。
「皆……!」
勉太の足が止まる。
スティング神に視覚など必要なかった。雀蜂の身体的特徴を考えれば、女王蜂のフェロモンを探知するための嗅覚に、空気の流れを読むための触覚など、周囲の状況を把握する手段などいくらでもあったのだ。
そして、スティング神は背後への攻撃手段まで持ち合わせていた。羽を音速で羽ばたかせ、衝撃波を繰り出したのだ。
カチ、カチ、カチ!
スティング神が顎を鳴らす。溢れ出る残虐性が、勉太の心を蝕んでいく。
彼の脳が退却の二文字を啓示した、その時だった。
「うぐっ……」
勉太は自分の足が震えていることに気づいた。頭が重い。ナイフを握る右手が痺れる。
「ど、毒……!?どうして……」
刺された覚えなど無いのに。
──まさか!勉太は先ほどのスティング神の素振りを思い出す。あれは針から毒液を散布していたのか?そんなことができるのか!?
ガチッ!
「ヒィッ!」
もはや獲物と化した勉太の喉元に、スティング神が食らいつく。『
ミシミシという音が体の内側から聞こえ、視界が紫色に点滅し始めた。絞め上げられた喉からは声も出てこない。
(勉太……!)
(こ、近藤……)
勉太の心に一つの声だけが響く。あの一撃を受けて尚、無事だった仲間の声が。
近藤が今現在、どうなっているのかなど分からない。だがこの状況では、それだけが彼にとって唯一の希望だった。
(助けてくれ……助けて……)
(勉太……勉太……!)
(……ごめん)
(…………え?)
消え入りそうな声で、近藤は確かにそう告げた。彼女の存在が徐々に遠ざかっていく。
(近藤……!嘘だろ……!?)
返答は無い。
(嘘だ……嘘だ!嘘だ!!)
全身が急速に冷えていく。温かな、それでいて大切な何かが失われていくような感覚。絶望の中で勉太は声にならない声を上げ続けた。
(嫌だ……嫌だ嫌だ……!僕は……まだ死にたく……な)
「【
ボン!
勉太の体を浮遊感が包む。甲高い悲鳴を上げながら、スティング神が離れるのが分かった。
未だハッキリしない視界の中に、彼は見覚えのある二つの影を見つけた。
「引き立て役の役目は終わったわ。次は私たちの番よ」
「スティング神……その正体は、神の皮を被った害虫だったわけだ」
「さぁ、誤った信仰を正すとしましょうか」
駒島杯鬼、そしてガブリエラ。そこまで知覚した所で勉太は気を失った。
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