第26話 目一杯楽しんで
「じゃあ、行ってきます」
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
母さんに送り出されて、家を出る。隣には明音ちゃんがいて。
「じゃあ、いこっか」
「うん」
二人で歩き、電車に乗ることに二十分。そこから歩いて十分にあるショッピングモールに来た。
会話は誕生日会のおかげか幾分かぎこちないけれどちゃんとできている。
「兄さんって本以外で何が好きなの?」
「えっと……」
僕ってなにが好きなんだろう。今まで考えたことがなかった。
小さい頃、父さんが本を買ってくれたから本を読むことが好きになったけど他の趣味と言うか好きなものが見つからない。
「......ごめん。僕、好きなものがあんまりないというか、今まで経験したことがない事ばかりだから。好きなものとかあんまりなくて」
でも、大事なものは増えたな。母さんと明音ちゃんから貰ったハンカチとか、凛さんに貰った本とか、母さんに貰ったマフラーとか、今明音ちゃんといる時間とか。
「......そっか」
「だからさ、明音ちゃんに教えてもらいたいなって。普段どこ行ってるの?」
「え、っとね。うーん。……そう言えば私もあんまりないかも。姉さんも私も行く場所は限られてるから」
「じゃあ、二人で一緒に見つけよう。好きなもの。好きな事とか」
「う、うん」
今日は絶対、明音ちゃんと一緒に一日を目一杯楽しむぞ、っと心に誓って一歩踏み出した。
「あー、また取れなかった」
「難しいね、これ」
今、明音ちゃんと一緒にゲームセンターのクレーンゲームと格闘している。大きなクマのぬいぐるみは少しづつだけ前に動いているけれど、一向に取れる気がしない。
「じゃあ、これで最後」
と明音ちゃんが言って100円玉を少し気合を込めて入れる。ゆっくりクレーンが動き、人形の胴体を掴む、そして、持ち上げ......ストンとその場に落ちてしまう。
「んぅ。……まぁ、しょうがないか」
明音ちゃんが「次、どこ行こっか」と吹っ切れたように言うけれど、視界の端に熊のぬいぐるみが写っているように見えて。
「ほら、次は、あそこ行こ?兄さん」
「え?あ、う、うん」
明音ちゃんは気を紛らわそうとして、僕の手を握って次へ行こうと促され、考えていたことが吹っ飛んでしまった。
それから、洋服屋で僕に似合いそうな服を選んでもらって、誕生日のプレゼントするんだから明音ちゃんが払うとか、選んでもらったんだから僕が払うとかで少しだけ言いあって、結局僕が意地を通して払ったり。
某コーヒーチェーン店で一緒に話をして、明音ちゃんがパンケーキを前にして目が輝いているのが微笑ましかったりとかなり充実していたし、明音ちゃんが僕と一緒にいて笑ってくれていることが嬉しくて、ニコニコしていたら心配もされたり。
ふと、店に飾ってあった時計を見ると、五時を指していた。
「もう、こんな時間か」
「え?あ、そうだね。......お母さんたちが心配するし帰る」
「そうだね」
明音ちゃんが一瞬帰りたくないような雰囲気を出したのが気のせいじゃなかったらいいな。
そう思いながら外に出ようと思い歩いていると、あるものが置いてあって。
「ごめん、明音ちゃん。ちょっとトイレ行ってくるから、待ってて」
「うん」
喜んでくれるといいな。
あーちょっと、時間かかっちゃったな。並んでいる人が意外と多くて十分ほどかかってしまった。
会計を済ませ、急いで元の場所に戻る。
「ごめん、明音ちゃん」
「いいよ」
そして二人で歩き、外に出る。途中、公園があって明音ちゃんが寄りたいと言ってきたので二人でベンチに座る。まだ外は寒くて、ベンチは少し冷えていた。
丁度いいと思い、渡そうとすると
「兄さん」
「明音ちゃん」
声が被る。
「先、兄さんからでいいよ」
「ありがと。じゃあ……これ」
「え?」
僕は、袋を渡す。
「中、開けていい?」
「いいよ」
「……え?」
「ごめんね、クレーンゲームのクマより小さいけれど」
「......ありがと。大事にする」
そう言って、大事そうにクマを抱きしめて顔を埋める。
良かった、喜んでもらえて。
「じゃあ、次は私。今日結局兄さんが頑固で洋服買わせてくれなかったから。それに…手握った時冷たかったから」
「ありがと明音ちゃん」
貰ったものは温かそうな手袋だった。どうしよう、使いたくない。ずっと保存しておきたい。
「そう言えば、明音ちゃんいつ買ったの?」
「兄さんがトイレ行った時。私が言おうとしたら兄さんが言ったからちょうど良いなって思って」
「そっか。……僕たち考えること同じだね」
「ふふっ。そうだね」
明音ちゃんがぎゅっとクマの人形を抱きしめて微笑んで、僕も手袋をつけて自然と頬が緩む。
今日一日、目一杯楽しんだ。そう思える一日にできた。
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