第33話
「それにしても、あのレオがへばってるってなぁ。相当精神削られたってことか」
ヴェーチェルは読みかけの本を何冊かと紙の束とを小脇に、右手には燃える灯明の入った入れ物を持ってジズの元へ歩み寄った。休憩と言いつつ、今調べているものがかなり気になっていると見える。
「あれじゃしばらく動けなさそうだよ。
気付け薬を作るためカウンター近くに薬草を広げながらジズが言う。すると、ヴェーチェルに続いてやってきたレウムが向こうでぐったりしているエレオスを見て驚き目を見開いていた。
「あれ……、本当に、大丈夫、なのか…?」
力なくだらりと下がる手、椅子の背もたれに胸を置き身をうつ伏せに二つ折りした姿。さながら竿に干された布団だ。
ヴェーチェルはそれをチラッと見て、
「ほんっと、大袈裟だよね」
盛大なため息と呆れた表情をこしらえて言う。すると、弱々しいがさらに盛大な舌打ちが聞こえるが、当のヴェーチェルはどこ吹く風だ。
「やめなよ、そうやって今際の際の精神踏みにじるのさぁ……。ほら、息吸って」
ジズも同様の表情をこしらえながら、磨り潰した薬草を染み込ませた布をエレオスの口に押しつける。香りでも効果がある気付け薬だ。嚥下する気力がなさそうだと見たジズの判断だが、突然青臭い香りをかがされたエレオスは激しく咳き込みながらジズをにらみつけた。
「てめぇ……」
「あ、起きた?気分は?」
「最悪だ」
低い声で応じる。血管が何本か切れているのではないかと思われるぐらいの剣幕だ。
「こわっ!にらまないでよ」
ジズも負けじとエレオスをねめつける。一触即発な空気が流れ出したその瞬間、ヴェーチェルが二人の背を強く叩いた。
「ほらほら、もうその辺にしときなよ。……僕も大概だったけどさ、ジズもなかなかひどいからね」
「ふざけんな、どっちもかわんねぇよ」
「だからっ、もうっ!そうやって蒸し返さないのっ!」
怒号と一発拳をお見舞いしてから、ヴェーチェルはふぅと息をつく。エレオスが何度目かわからない舌打ちをするが、ヴェーチェルがふいに真剣な眼差しを向けると口を閉ざした。
「じゃあ、そろそろ真面目な話をしようか」
一瞬だけ朗らかに笑ってから、すぐに真剣な表情をするヴェーチェル。彼は灯明を机に置くと、小脇に抱えていた紙の束と本をすぐ隣の机に広げた。
「まずは、僕らの成果から話すのでいいかな?」
ジズとエレオスは軽く顎を引いた。
「成果は大きくわけて二つ、灯明の火と入れ物のこと、あとは触媒についてだね。灯明の方は魔法陣が必要だからレオに任せるとして……」
「おい……」
「触媒についてはレウムがまとめてくれたんだ。これを見てくれ」
エレオスの不機嫌そうな声を華麗に流してヴェーチェルは紙面の文字を指差す。箇条書きで書かれたそれの多くがあるのものの名前であることをジズもエレオスもすぐに理解した。
「一番用意しやすい触媒は、紙…?」
「そう。先祖たちが旧階層から貴重な本や書付の全てを持ち出せなかったのは、きっと蔵書の紙質が関係してるのだと思う」
レウムはそう言ってからいくつかの紙の名を指差して続ける。
「この辺りの紙は地上で作られたものだ。分厚く丈夫なもので燃えにくい。大してこちらは地下で作られた紙、少ない材料で作っているからか、紙自体が薄く燃えやすい」
彼が言うには、この図書館にある本は後者の紙にまとめられた蔵書の方が多いのだという。そしてこれらには地下で暮らすために必要なあるゆる知恵がしたためられているのだとも。
「リスクを置かして蔵書を持ち出して焼失させてしまうより、こうして封印してでも残すことを、彼らは選んだ」
いつか、この旧階層へ民が戻ってきたとき、皆が失ってしまったかもしれない記憶と知恵を呼び起こすためにと。
そう言うレウムはどこか遠くを見ているようだった。
「……というわけで、今は触媒に火をつけたときの明るさ、消えるまでの時間、毒性の有無を調べてるところ。《ロウアメ》が手に入れば、触媒と合わせてより明るく長く灯せるように実験したいんだけど、まだ《温室》内の様子はわかんないんだよね?」
ヴェーチェルが首をかしげると、ジズがそれに応じる。
「まだ内部の探索はできてない。……けど、ちょっと気になるのが、《温室》へ行く道中の植物が黒く変色してたんだ。側を通ったとき流れた風で崩れちゃって……」
「黒?……それって、こんな感じ?」
見せられたのは一枚の紙。先ほど触媒に使われた紙らしく、端が黒く変色しているのがわかる。触ると枯れ葉のようにパリッと微かに音を立てて崩れた。あの変色した植物に実際触ったわけではないが、簡単に形を失ってしまう性質はよく似ているように思える。
「多分、こんな感じだったと思う」
「どう思う、レウム?」
「どうも《温室》近辺はかなり火力が強かったらしいな。ちなみにその辺りの空気は薄かったか?」
「さあ……、でも動物の気配はしなかったよ」
それを受けたレウムは視線を床に落としポツリと呟いた。
「《温室》の入口付近に戸はない。その辺りの植物の生育状況は絶望的だろう」
だが、とレウムは続けた。
「目が痛み何も見えなかった、と言っていたな?それは恐らく太陽の光だ」
「太、陽……?」
地上をあまねく照らす火よりも大きな光源を持つ本の中でしか知らない存在。
「第一廻廊に存在する《温室》は、元々太陽の光がわずかに射し込む空間があった。目が痛むほど強い光が入ってきているということは、岩盤が崩落して地上につながる大きな穴が空いている可能性が高い」
「……もしかして、地上の空気が循環していたり?」
「十分考えられるだろう。どれほどの時間が立っているか定かでないが、有毒ガスの濃度はさがっているかもしれない」
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