第4話

三人はそのあと探索のために必要なものを話し合った。共用できるものは三人のうちの誰かが持っていき、余計な荷物を増やさないこと、それが彼らが決めたルールだった。何度も廻廊に出向いていると言っても、以前と同じように事が運ぶ保証はない。慢心は禁物、故に身は軽くいつでも迅速に対応できるようにせねばなるまい。

 「俺もいつも通り携帯食料と水を用意するぜ」

 「僕は筆記具と紙を準備しとく」

 「医療道具と薬は俺が持っていく」

 「よし、じゃああとは個々で必要だと思うものを頼むよ」

 このように自分が入手しやすいものを持ち寄るのはいつも通りのことである。

 「そうだジズ、《ローゼラ》も念のためお願い」

 《ローゼラ》、その名前を聞いた瞬間、場の空気がピリリと張りつめるような心地がする。当然だ、《ローゼラ》とは《コバルティア》に住む人々の痛み止めの常備薬。しかし、常備薬と言えば聞こえはいいがその実態は依存性のある麻薬のようなものであった。

 それをよく知っているジズは心配そうにヴェーチェルを見上げた。すると、やや目線の高いこの少年はジズの頭を優しく撫でながら、心配ないよ、と朗らかに笑って見せた。

 「念のためだって。探索中に動けなくなるのは困るからね」

 「でも、少しでも心配があるなら探索自体やめた方が…」

 それでもなおもなにか言おうとするジズの唇に彼は人差し指を押し当てる。

 「悠長なことは言ってられないんだよジズ。僕の予想した通りの探索任務だとしたら、この都市の生活に関わる案件なんだから」

 そこまで言われては……。

 「……わかったよ、無理は禁物だからね」

 納得はいかないが、受け入れないわけにもいかない。事の重大さはジズもよくわかっている。今回の探索には薬を少し多めに持って行こう、そう決めて話を終う。

 昼を済ませた三人が解散したのは午後の祈りの時間が迫っているエレオスに合わせ、大体二時間後ぐらいであった。


 ジズが診療所に戻ると、カダベルが難しい表情をして書類に目を通していた。客人の姿はない、どうやら帰った後のようだ。ジズが手袋をはめて部屋に入っていくと、カダベルは顔をあげて困ったような表情で彼を見た。

 「お帰りジズ」

 「どうしたの?なんか厄介事?」

 「そうだね、かなり」

 彼が言いつつ差し出した紙面には今週の診療所の資材の必要個数と在庫数をまとめた表があった、一つ一つ目で追っていくと、在庫数が極端に少ない項目に目が止まった。

 「《夜光草》……」

 「うん、さっき第五階層の友人が困り果てていたから二つほど譲ったんだ。断れなくてさ……」

 まいったな、と机に突っ伏しながらため息を一つ。

 「御人好しにも程があるよ、師匠。次の配給まで七日もあるんだよ?」

 「うーん、何とかやりくりするしかないね……」

 まず、夜の診察は緊急時を除いて断るしかないね。それで節約できない分は、灯りをともさずに我慢するしかなさそうだ。配給まではなんとかしのがないと、とため息をもう一つ。

 一応、公共施設として位置付けられているこの診療所は通常の家庭よりも少し多めに《夜光草》が配給されているはずだった。それでも足りないというのだから、通常の家庭が《灯り切れ》を起こすのは至極当然のことと言えるだろう。

 「そのことなんだけど師匠、俺四日後に急遽探索決まったんだ。多分、その《夜光草》に関することだと思う」

 「そうかい。君が行くということはヴェーチェルとエレオスも行くんだね。じゃあ安心だ。今回の《灯り切れ》が長く続かないように祈るとしよう」 

 カダベルは疲労の色が濃い顔に安堵の表情を乗せて、頼んだよ、とジズの肩を優しく叩いたのであった。


 

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