第25話 ラブコメはまだ終わらない
八舞さんの口から別れの言葉が紡がれた。
彼女は「トトトト……」と歩道橋を降り、バスへと駆け出した。
彼女の恋人でも何でもない、ただのクラスメイトの俺には引き止めることなどできない。
『そんな……なんで……? 間に合ったのに……間に合ったはずなのに…………』
俺の頭に悔しそうな絆の声が響く。
――何が、いけなかったんだろうな?
シナリオは予定通りに上手くいっていた。
行動の選択肢も間違ったものは選ばなかった。
彼女の好感度も上昇、好感度は最大値で、予定通りの未来が訪れるはずだったのに――この有様。
――結局、縁がなかったってことなのかな……。
歩道橋の柵に寄りかかり、倒れそうになる自分の身体を支えながらそんなことを思う。
片想いが失恋に終わったというのに涙は出ない。
失恋をきっかけとして、心に空いた巨大な空洞があらゆる感情を四散させている。
『ごめん太陽……本当にごめんなさい…………。オレが、オレがもう少し早く更新していたら……』
『いや、お前はよくやってくれたと思うぜ? 俺だけだったら、たぶん最初の一発目で失敗していたさ』
事実、あやうく遭遇しそうだったからな。
キズナがいなければ、最初の一歩目で全てぶち壊しになっていたと思う。
『こんな結果になっておいてアレだけどさ、最高のサポートだったよ。それに、最後だって間に合ってたんだろ? お前は自分のできることを精一杯やってくれたんだ。昨日出会ったばかりの俺に。謝ることなんてなにもないって』
『でも……でもっ、これで太陽はもう二度とあの子と……』
『〈Wish Star〉を使って恋人になることはできないってだけだろ。普通に恋愛するぶんにはまだ可能性は残されているって。だから大丈夫だ!』
俺は、一つ嘘をついた。
確かに〈Wish Star〉を使わず、普通に恋愛するぶんには可能性は残されているかもしれない。
けれども、それは俺の運命に巣食ったバグが修正されていることが前提だ。
このまま恋愛しようとしても、フラグは立たずただ撃沈するのみ。
それを回避するには一度誰かと結ばれ、バグを消してからでなければ、挑戦のスタートラインに立つことすらできない。
彼女とつきあうために、いったん別の女の子とつきあい、バグがなくなったら別れてチャレンジする。
彼女とつきあう可能性はもうこれしか残されていない。
しかし、そんな人間のクズみたいなことは俺はしたくない。
本命の女の子とつきあうために、わざと他の女の子とつきあうなんて不実なこと、死んでもゴメンである。
そんなことをするくらいなら、彼女のことはスッパリと諦める。
『……ごめんなさい太陽、…………本当にごめんなさい。(グスッ)力になれなくて……役に立てなくて……。最後までオレを信じてくれてたのに、期待を裏切って……。ごめん……ごめんよ……太陽…………うぅ……』
『だ・か・ら! そんなことねーっての! 最高のサポートだったって言ってるだろ! それでもダメだったのは……ほら、運が、運が悪かっただけだよ! 俺の!』
それに、いつまでも諦めずにウジウジしているわけにもいかないだろう?
当事者の俺がずっと気にしていたら、キズナがずっと泣くことになってしまう。
仕事とはいえ、会ったばかりの俺のために泣いてくれるなんて、本当にいい奴だと思う。
ちょっと口調はガサツだけどな。
キズナには元気な笑顔が良く似合う。
昨日教室で出会ったときのような、強引なくらい元気なのがこいつには丁度いい。
まだ出会って間もない俺だけど、自然とそう思う。
『ほら! もう泣くの禁止だ! 〈Wish Star〉そのものが使用不能になったわけじゃねえんだから、次の恋のシナリオでも考えようぜ! な?』
って言っても、失恋したばかりで別の好きな人なんてまだいないけどな!
でも、そのときのために準備しておくのは悪いことじゃない。
背中で柵を押しその反動で立ち上がる。
俺の二本の足はしっかりと大地に根ざすことができた。
もう支えは必要ない。
『今から帰る。何か美味いモンでも食いに行くか? そのあとはビリヤードでもボーリングでもカラオケでも、何でもいいから遊ぼうぜ。疲れて、泥のように眠れるま――』
――Bbbbbbbb……
キズナを慰めていた途中でマナーモード中だった俺のスマホが震えた。
宛先は不明。
怪しいので取るのを躊躇っていた俺だが、1分経過しても依然として震え続けていたので、俺はとうとう根負けして通話ボタンを押した。
「……もしもし?」
『え!?』
電話向こうから聞こえた声に驚いた俺は、失恋の痛みも忘れスマホの画面を確認する。
画面には何も表示されていない、俺の知らない番号だ。
だけど、俺は声を聞いた瞬時に、相手が誰だか一瞬で理解することができた。
なぜなら俺は、失恋した今も、シナリオを描いた昨日も、1年前入学式で出会ったときからずっと変わらず、この相手のことが好きだったからだ。
「八舞、さん?」
「うん。そう、私」
「どうしたの? それに俺、番号教えたっけ?」
「助けてくれたことと勉強を教えてくれたこと、ちゃんとお礼が言いたくて。これから茂手くんの家に改めてお礼に行きたいと思って予定確認のために電話したの。電話番号はクラスの連絡網があるでしょ? 私クラス委員だから、何かあったときのために、全員の家の番号を登録しているのよ」
そういえばそんあもんあったな!
個人情報保護が叫ばれるこのご時世、ほとんどの学校で廃れて久しいそんな文化が、俺の学校ではなぜか残っていたっけ!
『キズナ、涙を拭け! 画面を見ろ! 戦いは……俺の運命を取り戻す決戦の舞台は、まだ終わってなかったかもしれない!』
『……えっ?』
感情が切り替わったとわかる声が、頭の中に響き渡った。
もう絆は泣いていない。
仲間の復帰を確信した俺は再び戦いの舞台へと上がる。
「そうだったのか。お礼なんて別にいいのに。誰かが困っていたら助けるのが当然だと俺は思ってるから」
家にまで来てわざわざお礼を言われるようなことはしていない――と的確に、俺という人間をアピールする。
この一言で、きっと彼女の中での俺の評価がわずかだが上がったに違いない。
『このまま五分に戻してやる!』
俺は更なる攻勢に打って出る。
「っつーわけで改めてお礼なんてしなくていいよ。やって当然のことだし、助けたときも教えたときも、『ありがとう』って言ってくれただろ?」
『太陽! 今のセリフで彼女の好感度が最大値を振り切った! 運命も意味不明な文章から徐々にまとまり始めている! こんなこと……あるの?』
キズナから上がる報告で、俺の繰り出した口撃の効果を確認する。
効果はバツグンだ!
あと一息!
「俺には……それだけで十分だよ」
届いた……かな?
ドキドキしながらキズナからの報告を待つ。
『太陽! 運命が! 運命が確定した! お前の、お前たち二人の運命が!』
成功か……それとも失敗か?
俺の運命は、どっちに転んだのか?
「……あのね、茂手くん。ううん、太陽……くん」
興奮気味なキズナからの報告とリンクする形で、八舞さんが小さく、掻き消えそうな、しかし己の中の勇気を振り絞り凝縮した声で、
「私……八舞真奈は、あなたのことが……………………好きです」
運命の戦いの終了を告げた。
想像していたよりも大分早く、俺たち側の勝利という最高の形で。
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