第23話 忍び寄る虚無〈バグ〉の影

「ありがとう茂手くん。おかげで勉強がすごくはかどったわ。正直、先生よりもわかりやすかったと思う」


「ははっ、どういたしまして。お役に立てたようで何よりだ」


 彼女の勉強が終わり図書館を出た俺は、チラリと目線だけで空を仰いだ。

 入るときはまだ東の空で輝いていた太陽だが、今は俺の上で輝きを放っている。


 もうすぐ12時――正午だ。

 戦いの舞台は第三ステージへと移行しようとしている。

 第一、第二ステージでの結果は上々……困っている彼女を颯爽と助けたヒーロー的な出会いイベント、図書館での初々しい青春イベントを経て、ただのクラスメイトから気になる人へと、彼女の中で徐々に俺の存在が大きくなりつつあることだろう。


 その証拠に数時間前はどこか余所余所しい雰囲気だった俺たちだが、今はもうそんなことはなくなっている。

 やろうと思えば恋人繋ぎどころか、腕を絡めてることだってできそうな距離感だ。

 確実に俺と彼女の距離は縮まっている。


 ここまで来たらあと一歩だ。

 気になる人から好きな人へと次で変えてみせる。


 ――キーンコーン

    ――カーンコーン


 正午の鐘が鳴った。


『来る!』


 決戦の舞台は第三ズテージに移り変わった。

 さあ、いつでも来い。心の準備はすでに完了している。


 好きな人に食事に誘われるという、嬉しさが顔に出てきそうなシチュエーションだが、涼しい顔で受け流してデート続行してやるぜ。

 そして、彼女との関係を絶対的なものにして、幸せな未来を取り戻してやる!


 俺は彼女からの誘いを今か、今かと待ち続けた。

 相手がいつ来るのかタイミングを見極めようとするこのさまは、どこか西部劇の決闘に似ているな。


 俺の心境に気づいたキズナのほうも、臨戦態勢に移行したのが雰囲気でわかった。

 第二ステージから続いている、何かに怯えたような雰囲気が身を潜め、戦闘意欲が高まっているのを感じる。


『太陽、そろそろだよ。心の準備は良い?』


『当たり前だ。とっくにできてる』


『グッド……あと数秒で彼女が一歩出る。振り向いて食事に誘ってくるから、何食わぬ顔でそれに乗るんだ。変に色気をだすなよ? あくまで自然に。彼女に『興味を持って欲しい』と思わせることが大事なんだ。恋の駆け引きだぞ!』


『わかってるっての!』


 マンガや専門書で読んだから知ってるわ!

 こういう時は、好意を顔に出したらその時点で相手の興味を引きにくくなる。

 人間という生き物は、自分にないものを欲しがる人間なのだ。


 あくまで、彼女に「振り向かせて見せる」「興味を引いて見せる」と、思わせることがここのポイントだ。

「好き」に至るのは今じゃない。

 今日のラスト、別れ際がベストなのだ。


 これは、そのための布石の一つ。

 絶対に失敗するわけにはいかない。


 ――タンッ。


 ――来た。シナリオが動いた。


 俺のすぐ横を歩いていた八舞さんが、一歩前に飛び出した。

 かわいらしさを強調するようなワンステップで俺の前に出ると、キズナの言った通り振り向いた。

 その笑顔の眩しさに、思わず俺は惚れ直してしまいそうになるが、懸命に顔に出るのをこらえて無表情に徹する。


 彼女の微笑みは、密かに想い続けた俺にとっては、正に爆弾級――微笑みの爆弾だった。

 しかし、そんな爆弾も、来るとわかっていれば対処はできるもの。

 心の準備ができていた俺にとって、無表情を貫くことなど造作もなかった。


 そう――、、

 シナリオ通りならば。


「茂手くん、今日はありがとう。それじゃあまたね」


 予想外に出てきた言葉が、俺の心を粉々に崩した。

 無表情を貫けた同課は、今の俺にはわからなかった。


     ★


『……どういうこと!? ここまで順調に好感度は上がっている! なのに何で!?』


『それはこっちが聞きてえよ! モテ電に搭載されている《Wish Star》ってアプリケーションは、俺たち人間の運命、アカシックレコードを直接書き換える代物じゃなかったのか!? ここで「さよなら」、ここで終わりなんて俺は書いてないぞ!?』


『わかってる! オレだって送信するその瞬間その場にいた! 何で!? 何でこうなってるの!? 何で好感度が最大値までいってるのに、運命が絡まり合っているのに、確定しているはずの運命が訪れず違う結果がくるの!? こんなこと……このシステムが導入されてから今まで一度だってなかったのに!?』


『マジかよ!? これが最初のケースだっていうのか!?』


 LOVEのモニター向こうの太陽は平然とした顔をしているが、心の中はこの有様だった。

 確定しているはずの事象が発生せず、そればかりかここで戦いの終了を告げる、ある意味一撃必殺の即死攻撃が飛んできたのだ。

 表情に出さないだけで大したものだ。


『原因は!? 書き換えた運命が変わった原因はわからないのか!?』


『今探しているけど、正直見当もつかない。一体何がいけなかったのか……。何でこうなったのか……』


『クソッ! どうする……俺はどうすればいいんだ……。このまま彼女を帰したら後が続かない。俺の運命を……取り戻せないじゃないか……っ!』


『まだ……まだ諦めないで! 確かに原因はわからない。どこがどうなってこうなったのか見当もつかない。だったらオレが全部調べる! 始めから終わりまで、余すところなく、お前の運命も彼女の運命も! だから……だからとにかく時間を稼いで! 20分……いや、10分でいいから! とにかく彼女と別れないで!』


『わかった! 頼んだぜキズナ! お前だけが……お前だけが頼りだ! お前が原因を見つけてくれると俺は信じているからな!』


 心の中でそう念じ、太陽は時間稼ぎの作戦に打って出た。


「送るよ、八舞さん。さっきの奴等がまた絡んできてもいけないし」


 上手い――すでに役割を終えたキャストを引き合いに出し、自然な形で彼女と一緒にいる時間を作った。

 あの二人組は、この戦いでの役割が終了した時点で舞台から退場している。

 心配などしなくても、もう彼女を狙うようなことはしないのだが彼女がそれを知るはずもない。


「じゃあ、お願いするわね。茂手くん」


 真奈は快く太陽の申し出を受ける。

 何とか首の皮一枚は繋がった。

 だが大ピンチな状況には変わりない。

 RPGで例えるなら、HPゲージがレッドゾーンに突入しているようなものである。


 それに今の一手はあくまで時間稼ぎ。

 彼女の帰宅を止めるようなものではない。

 このまま状況に流され続けてしまえば、自分たちの敗北で戦いが終了してしまう。

 それだけは絶対に避けなければならない。


 《Wish Star》によるチャンスは一回。

 この機会を逃してしまったら〈ヴォイド〉に寄生されている太陽では、二度と彼女と結ばれることはなくなってしまう。


 片想いは実らず、バグも残ったまま。

 失恋という苦い記憶だけが残ってしまう結果となる。


 恋を取り扱う天使がついていながらそんなことにはさせたくない。

 キズナは努めて冷静に分析を開始した。


「まずは、ここ数時間の二人のデータを表示」


 ・対象者A 茂手太陽 備考=特になし

 ・対象者B 八舞真奈 備考=勉強道具一式を所持


 以下、本日のスケジュール。

 期間は午前10時~午後5時。 


 午前10時=駅前で男に絡まれている対象者Bを対象者Aが助ける。

      その後、中間テストの話題になり二人で図書館へ。

 午前11時=勉強中。対象者Bの質問に的確に答える対象者A。

      さりげなく難しい本を読んでいることをアピールし好感度を上げる。


 キズナは運命を視認する、LOVEに搭載されたアプリケーション――《ネクサス》を使い、太陽に宣言したとおり最初から調べ始めた。

 すでに過ぎ去った、ここ数時間の記録を確認するが見ての通りだ。変わったところは見当たらない。

 では未来は?


「次、未来のデータを表示」


 過去ではなく未来へとデータ表示を切り替える。


「何……これ……?」


 未来のデータを閲覧した瞬間、キズナは言葉を失った。


 午後0時 =便X…了。○象者Bps強のお………誌で殺り亜△ftオシャ〇NO2kl。        

 午後1時 =N死10ルカ。wpぉぉぉふんrq9もぐああえいいいぃぇ。

 午後2時 =…Iivbb えtvjxs,a1ぽあぶ4nnくぅぅうぇ。

 午後3時 =ふおCろqなmw5おおんqmぁyrwばゃえCP。

 午後4時 =くぉるE……あああぁぁぁう()あえwq貌なn0tyfMM。

 午後5時 =い…あ…Bおあt。ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ。


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