第7話 レベル4
「……マジで?」
「うん、マジマジ。なんなら見てみる? 過去の記録も見ることができるから、それで真偽のほどは判定できると思うけど」
はい――と言って俺にLOVEを渡すキズナ。
俺はこれをどうすべきだろうか?
キズナの勧めに従い見るべきなのだろうか、自分の未来を。
過去はいい、すでに今の自分にとっては終わったことなのだから。
でもこれには未来の情報も表示されているらしい。
《パンドラの箱》という話もある。パンドラという女性が決して開けてはいけない箱を開けてしまったため世界にありとあらゆる不幸が散らばったが、唯一箱の中に希望が残っていたため、人は未来の希望を信じて生きてゆけるというあまりにも有名な物語だ。
その希望を、未来を、知ってしまうべきなのだろうか。
キズナの言ったことが何かの冗談で、何年の何月何日に何と告白すれば彼女と両想いになれると書いてあればいい。未来を知ることにはなるが希望があるということも知ることができる。
だがもしも、キズナの言ったことが本当なら?
本当に俺が「お友達でいましょう」みたいな感じでフられるとしたら?
未来を知ってしまいそこに希望などどこにもなく、ただ絶望のみが確定した情報として載せられていたとしたら?
はっきり言おう。俺は知るのが怖い。
自分の未来など知らないほうがいいと昔の偉い人が言っていたが、本当にそうだと思う。
怖い……知りたくない……。
しかし俺のその想いとは裏腹に、俺の中にわずかにあった「未来を知りたい」という想いが俺の身体を支配し……俺は見てしまった。
「………………………………」
……知らなければよかった。
知らないほうがよかった!
何で俺は……誘惑に負けてしまったんだ!
わずかでも「未来を知りたい」なんて思ってしまったんだ!
こんな……こんな未来なら…………知りたく、なかっ、た……。
「見てくれたからわかってもらえたと思うんだけど、ご覧の通りお前の未来には……希望が、救いがないんだよ」
「何だよ……コレ…………。大学入学まではいいとして、卒業してからが地獄じゃねえか! 数年間のニート生活。その間に親が死亡。残した遺産を食い潰しつつ生活し、28歳で賭けにでて企業設立。しかしそれも軌道に乗らず30歳で会社は倒産、借金まみれで借金取りに追われる日々を送る。32歳で借金取りに捕まり腎臓一個、肝臓の半分を売られまともな生活ができなくなり、その後数ヶ月で死亡。生涯全く女っ気がなく童貞のまま障害を終える……」
大学入学までじゃねえか……俺のまともな人生。そこから崖を転がり落ちるどころか大気圏から落下するくらい真っ逆さまの転落人生じゃねえか……。
借金まみれの末に臓器転売。おまけに一生童貞のまま……。
なんなんだよ……。
俺の人生なんなんだよ!
「何かの冗談じゃないのか!? こんな……こんな悲惨な人生って! こんな目に会うような日常送ってねえぞ! こんな酷い目に会うような悪いことなんて俺は……俺はっ!」
「そう、こんな目に会わなくちゃいけないような悪いことはしていない。現世も前世も。太陽は本来もっといい人生を送れるはずだったんだ。事実オレの先輩――日本の関東地区を担当していた天使の話だと1年前はこんな人生じゃなかったらしい」
その先輩が言うには――卒業後、一流企業に就職して実力を積み28歳で独立。
仕事も軌道に乗って会社は成長、32歳をすぎるころには社員数300名規模の大会社に成長し、俺が55歳で引退するころには世界有数の大企業にまで発展するはずだったとのこと。
恋愛運も順調で、高校3年次に恋人ができそのまま大学、社会人と関係は続き、会社設立と同時にその子にプロポーズ。
子供も男女二人ずつの合わせて四人。両親も俺が60歳になるまで生きるはずだった――。
「だったら、何でこんなことに……?」
「《バグ》……だよ」
「《バグ》って……、コンピューターとかの専門用語で使われるあの?」
「似たようなものかな。アカシックレコードに記録されている情報が不安定になり、その不安定になった人、または周りの人に不利益をもたらす変化のことをオレたち天使は《バグ》と呼んでいるんだ」
俺からLOVEを受け取ると、キズナは電源を落とし、頭の上に浮かんでいたリングにしまった。
「バグにも色々あってね、軽いものからレベル1とし、四段階にわけているんだ。1ほど頻発して数字が大きくなるほどその頻度は少なくなる。レベル1は1ヶ月に数百件単位で2が数件、3にもなると数年に1回程度、四なんて数十年に1回起こるか起こらないかなんだけど……」
「俺のは……4、なのか……?」
「うん……、言いにくいんだけど…………」
「……どんなバグなんだ?」
「バグの名前は《ヴォイド》。どんなに頑張ってもその結果が実ることはない、一生懸命努力して何かのフラグを立てようとしても絶対立たない。名前の通りあらゆる努力、あらゆるフラグがゼロ、《無》になる。個人に引き起こされるバグの中では最低最悪のものだね……」
「し、死ぬほど努力しても……?」
「過去、同じバグを抱えた人の中に、血を吐いて倒れるほど努力して現状を変えようとした人が何人かいるけど、その全ての人に努力が実ることはなかった。だから……多分太陽も同じ結果を辿ることになると思う」
「そん、な……」
そんなことってアリなのか!?
何も悪いことなんてしていない、普通に生きてきた一般人なのに、これから先の未来に絶望以外何もないなんて!
家族が消えるのか……?
俺は早死にするのか……?
一生童貞のままなのか……?
日もすでに暮れ、黒いカーテンですでに空が覆われた時刻、未だ様々な年齢層の人々が行き交う公園だが、そんなことは気にせず狂ったような大声で慟哭の声を上げたい気持ちに駆られる。
溢れ出そうとする声を押さえつけるように頭を抱え込みベンチに座ったままうずくまる俺の肩に、温かく柔らかい小さな手が乗せられる。
「大丈夫、そんなことはさせない。悪いことなどしていない、普通に毎日をすごしてきただけの人間にそんな未来は似合わないし必要ない。そのためにオレが来たんだ」
キズナはそのまま俺の頭を自分の胸の中に抱え込んだ。
後頭部のあたりにマシュマロをさらに柔らかくしたような感触が、鼻からはどこまでも甘く、それでいてどこか温かさを感じるにおいが伝わってくる。
キズナの胸と密着した耳からはドクンドクンと、一定の時を刻む命のメロディーが聞こえてきた。
普段の俺ならば喜びつつも興奮するところだったろうが、このときはなぜかそのような邪な気持ちは働かなかった。
もしかしたらキズナの中に母性を感じたからかもしれない。
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