サキュバスとキャバクラ嬢

「ご指名ありがとうございます……

サキュバスのパリスンです」


かしこまって頭を下げるサキュバス。


くるんくるんの巻き毛に派手な顔立ち、

セクシーなキャバドレスを着た

ゴージャスな装いで

色香を振り撒きまくっている。


顔を上げて、客の男を改めて確認すると

そこで態度が豹変した。


「やだー!

たーさんじゃないっ! マジ、おひさー!

マスクしてるから、全然分かんなかったしー」


どうやらよく来る常連さんだったらしい。


そしてその男性、

口元にはマスクを着用している。


新型ウィルスが発見されて

世界中の人間達に感染が広まり、

何十万もの人類が亡くなった当時。


接触感染または飛沫感染であるが故に、

人々はみな一様にマスクを着用し、

ソーシャルディスタンスを余儀なくされた。


他者と近づくこと、

接触することを禁じられた社会。


ワクチンが開発されるまでの

数年間の我慢とは言え、

コミュニティで生きる

人間という種族にとっては

過酷な試練となっていた。



「カンパーイッ!」


「いいよねえ、

サキュバスちゃん達は、

マスクしないでいいんだもんね」


男性客はマスクを外して

グラスの酒を口に運んだ。


「ホント、ホント、

マジ、ご先祖様に感謝ですわー

始祖様どうもありがとうー!って感じ?」


濃厚接触が禁止されて

男達とまぐわうことが出来なくなったサキュバス達は

真っ先に死滅するのではないかと思われていたが、

実際のところは全く真逆だった。


元々は悪魔などと同様に、

実体を持たない

霊的な存在であるサキュバスの始祖。


そこから長い年月を経て、

セックス用の肉体を

魔的な方法で構築する術が生み出されたのが、

その系譜を継いだ子孫である現在の彼女達もまた、

精神体や霊体が物質化した存在に過ぎない。


つまり、人間とは根本的に体の構造が違う。


人間がかかる病気やらウィルスなどとは

そもそもが無縁な存在。


よくよく考えてみれば、

蝙蝠にも体を変化させることが出来る彼女達が

人間と同じ体の構造をしている訳はなかったのだ。



「あ、でも一応

普段はマスクしてるんですよー


人間のみなさんの感情を

害さないように配慮しろって

姐さんに言われてるんで、エェ」


人間の同調圧力にもバッチリ対応、

アイリンの躾け教育は

しっかり行き届いているらしい。


人間が人間と近づくことを拒否し、

ソーシャルディスタンスを遵守し、

濃厚接触することを禁じ手とした結果、


ウィルスには何ら影響を受けないサキュバスは、

その、人と人との間に空いた距離に、

隙間にスッポリと入り込むことに成功したのだ。


女性と濃厚接触出来ずに

満たされない欲求を抱えた男達、

そんな彼らと濃厚接触して

欲望を満たしてやることが出来るのは

今はサキュバス達しかいない。


このお店も感染の心配がないサキュバスが

嬢であることを売りにしていて、

遊びたいけど感染が怖いと思っている

男性客の集客に成功していた。



「アフター、行っとく? 行っちゃう?」


お酒も入り盛り上がって来たところで

サキュバスのパリスンは積極的に男性客を誘う。


「ほら、

サキュバスちゃんに精気吸われると

疲れちゃうからさ」


「ノンノンノン……

そんな沢山お情けをいただく程、

パリスンちゃんは欲張りではございませんよ……

なんちってっね!」


「ほら、

濃厚接触出来ないから

たーさんだって、本当は寂しいんでしょ?

奥様とも、随分ご無沙汰なんじゃあないのぉ?」


「いや、それは、その……」


「いやいやいや、みなまで言うな、

言わなくてもいいんだってばよ、

ちゃんとあたしには分かっているんだからっ


いいんだっ、いいんだって、

そういう人達のために

あたし達みたいなサキュバスがいるんだからぁ」


酒の席でなければ

まぁまぁイラっとするタイプだと思われる

サキュバスのパリスンさん。


「でも、ちょっと

悪いかなとも思うし、奥さんに……」


「いやいやいや、ちょっと待って

なに言っちゃってんの?


超ウケルんですけどー


サキュバスとの性交は

浮気にならないに決まってるじゃん!」


「えっ、そ、そうなの?」


「そりゃそうですよ、お客様ぁ~

よく考えてみてくださいよぉ?


人間の体とは全く違うんですから~


それどころか

この世界の生き物ですらないんですから~


それはもう

ダッチワイフとかラブドール抱いてるのと

変わらないじゃあないですかぁっー やっだー」


そんな定義があるかどうかは定かではない。



「大丈夫、大丈夫

絶対にバレないから、ヘーキ、ヘーキ


絶対に感染させないし、

絶対に感染しないから、

安心安全のクリーンなサキュバス、

クラスター知らずのパリスンちゃんだからぁ」


あの手この手で

男性客を口説き落とそうする

肉食系女子のパリスンさん、

もはや立場がまるで逆。


ここはキャバクラであるはずなのだが、

もはやサキュバス達の

餌狩り場のような有り様になっており、

男性客をアフターに連れ出そうと、

どのサキュバスもみな必死。


キャバクラ以外にも、

もっとダイレクトに性的な

接客サービスで活躍するサキュバス達も

次第に増えはじめている。


サキュバスのリーダーであるアイリンも

女性と濃厚接触したくても出来ずに

悶々と身悶えている人間の男達を見て、

さすがに放ってはおけないと思ったのか、


稼いだ金を

接客サービスに従事している

人間の女達にシェアするという条件付で

サキュバスの同胞達が

こうした仕事に就くことを認めていた。


サキュバスにとってみれば、

人間の男から精気を摂取できるのなら

食事代は要らないし、

衣服は変幻自在に自分で変えられる、

蝙蝠の姿であればどこででも寝られるので、

人間社会のお金には

それ程までの価値は感じない。


つまり、お金よりも男の精気ということなのだ。



男性ばかり濃厚接触してずるいではないか、

女性達からのそんな意見もあったが、

そこも男の淫魔であるイケメンインキュバスが

ホストの代わりとして大活躍していた。


少子化によって労働力が減ったことが

移民を受入れるきっかけであった筈なのだが、

結果として、

より一層少子化が進むことになりそうなのは

何とも皮肉なことではある。


しかし、今

人類全体が直面している一大事でもあるので

こればかりは仕方がない。


早く終息するこを祈るばかりである……。





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