ヴァンパイアと外来種

「どうしてこうなった!?」


異世界に里帰りしたヴァンパイア、

その実家とも言える

古城の窓から外を覗くと、

城の前には多勢の人間達が詰めかけている。


人間によって投げられた石が

窓ガラスを突き破って

危うくヴァンパイアに

当たるところでもあった。


昼間だというのに

松明を手にした者達もおり、

これから城に火でも放ちそうな勢い。


これまで近隣住民の人間達とは

穏やかな話し合いにより

揉め事は避けて来たというのに、

どうしてこうなったのか、

ヴァンパイアからしてみれば

皆目検討もつかない。



慌てふためいて

外へ飛び出したヴァンパイア。


「落ち着いて、

みなさん、落ち着いてください」


今にも袋叩きにされそうな

殺伐とした雰囲気。


アンデッドなので

死ぬということはないのだが、

それでも痛いのは堪らない。


なんとか宥めて

対話へと持ち込むことに。



「一体、どうしたんですか!?


これまで平和的に

共存出来ていたじゃないですか?」


「何が共存だっ!


あんな蝿みたいな小さい使い魔を使って

俺達から血を集めるような真似しやがって!」


「お陰でこっちは五月蝿くて

夜もオチオチ寝てられないじゃないかっ!」


「あんたが戻って来てから

あいつ等が出て来るようになったのよっ!」


「あんな、

人間の血を吸うような使い魔、

あんたじゃなければ、

一体誰の仕業だって言うんだっ!」


集まった人間達は

口々に文句を言ったが、

ヴァンパイアからしてみれば

一向に身に覚えがない。


だが苦情の内容自体には

なんだかとっても覚えがある。


「うーん、なんだか

人間世界で似たような経験をした気が……」



まさかこちらの世界で

人間世界にいた蚊が大量発生しているとは、

向こうに長いこと暮らしていた

ヴァンパイアですら思いもしない。


実はヴァンパイアが帰省する際、

数匹の蚊が彼の体や衣服についていて

一緒にこちらの世界に

渡って来てしまっていたのだ。


蚊は異世界の環境にも問題なく適応し、

あっという間に数を増やして

人間の血を求めて

飛び回るようになっていった。


異世界転移という仕組みで、

人間やいろんな種族が

各々の世界を行き来できて、

身体にも特に影響がないのだから

蚊が異世界に渡ったとしても

不思議なことではないだろう。



そうやって、

押し寄せた人間達とヴァンパイアが

ああだこうだと言い合って揉めていると、


何やら空から得体の知れない圧力を感じる。


「なんだ? なんだ?」


その場に居た皆が

何かの異変が起こっていることを感じとり、

口々にそれを訴えはじめた。


その圧力は次第に強くなり、

やがて空気中から物凄い振動が伝わって来る、

しかも途切れることなく継続的にだ。


それは明らかに地面からの振動ではなく、

空気振動によって周囲を、大地を

激しく揺らしている。



プゥゥゥゥゥーーーーーン


あの耳障りな羽音が

大音響で空気と大地を震わせながら

こちらの方に近付いて来る。


その場に集まっている人々は

堪え切れずに耳を塞いで苦痛に顔を歪めた。


地上に大きな影を落として

空を覆い尽くさんばかりの巨大な蚊。


空を飛ぶ音だけでも

まるで超音波兵器か何かのようだ。


「馬鹿な!

何故、あっちの世界の蚊がこんなところにっ!

しかもこんなにデカくなって!」


人間世界で蚊を見ていたヴァンパイアには

それが巨大な蚊であることは分かったが、

異世界の住人からすれば、それは

ただの新種のモンスターにしか思えなかった。


「クソッ!

あれもお前の仕業かっ!?」


「血を吸う小さいお前の使い魔に

そっくりな見た目をしているじゃないかっ!」


こちらの人間達の間では

もはや蚊はヴァンパイアの眷属、

もしくは使い魔ということになっているようだ。



どうやら異世界にやって来た蚊が、

こちらに生息している

巨大モンスター達の血を吸いまくった挙句、

蚊自らも巨大化を果たしたらしい。


どれぐらい大きいかと言えば

通常サイズのドラゴンぐらい、

人間世界の物差しで言えば

全長二十から三十メートルと言ったところか。


血を吸うための、

あの長く尖った口の針も

このサイズになるともはや悪夢でしかなく、

数メートルの先鋭な太い針に

串刺しにされる人間が後を絶たない。


血を吸われた者達は

一瞬で体が干からびて

即身仏のようなミイラとなって

そこら中に転がっていく。



もはやその場に居た人間達は、

ヴァンパイアを責めるどころではなく、

ただひたすらに走って逃げるしかない。


当然ヴァンパイアも

必死になって逃げるしかない。


人間世界で蚊に刺されたぐらいなのだから、

この巨大な蚊に血を吸われても

全く不思議なことではない。


まさか血を吸うことで

人間達に怖れられていた自分が、

血を吸われることを

怖れなくてはならいなどとは

夢にも思っていなかったヴァンパイア、

すっかり立場が逆転してしまっている。


「まさか、血を吸われるということが、

これ程までに恐怖を感じることだったとは……」


またしてもヴァンパイアの反省会がはじまる……。



命からがら、

なんとか逃げ切ったヴァンパイア。


こちらの世界に居ても

責任逃れは出来そうもないので、

夜逃げでもするかのように

人間世界へと戻ることに。


あの後、あの巨大な蚊がどうなったのか、

結果が恐ろしいことになっていそうので、

それすらも知りたいとは思わない。


  まさか異世界が消滅する原因って

  アレじゃあないだろうな……


  ま、まぁ、おそらくアレは

  勇者か魔王か、ギルドの冒険者達が

  きっと退治してくれるはずだから……


  ――もうあっちの世界には

  帰れねえな、こりゃ





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