衝動煙
結城彼方
衝動煙
(あ・・・・来た。)
だいたい、いつもこのぐらいの時間だ。夕方3時~4時頃、モヤモヤとした薄く黒い煙がやって来て、私を窓の方へ押し始める。時間が経過すると、どんどん濃く強くなっていく為、私は錠剤を飲んで煙を散らす。完全には消えないが、煙はほとんど見えないくらいに薄くなる。だけど、煙がそこに存在していることは常に感じている。
ある日の昼頃、私は上司に残業を頼まれた。急ぎの仕事なので今日中に終わらせて欲しいとのことだった。それを聴いていた煙が少しざわついた。
いつもの時間、また煙がやって来た。私は、錠剤を取り出そうとピルケースを開いた。すると中には何も入って無かった。
(しまった。昨晩、想定外の煙の登場に使ってしまったんだった。)
冷たい汗が背中をつたって腰まで落ち、二つの山の谷間に吸い込まれていった。
(錠剤無しで乗り切れるだろうか・・・・)
頼まれた残業と煙の濃さを見て、可能な量だと判断した。
気を引き締め、集中して残業に取り組んだ。やっと残業を終わらせ、腕時計を見ると夜の10時になっていた。予想以上に時間がかかってしまった。やっと終わったと気を緩めた瞬間、自分のまわり、いや、部屋中が黒く濃い煙で充満していることに気がついた。
(マズい・・・早く家に帰って錠剤を呑まないと。)
煙を掻き分け、職場から出ようとした。だが、煙の力は強く、じわじわと彼女を窓の方へと追いやった。そしてついに、窓ガラスに押し付けられた。ビキビキと音をたて始めたガラスに、彼女は絶望した。
(ああ・・・・もうダメだ・・・・)
諦めと同時に窓ガラスは割れ、彼女はビルの外へ放り出された。彼女は空と反対に飛んで行く最中、確かに煙が消えていくのを見た。そして、煙が消えるのと同時に、安らかな解放感に包まれていくのを感じた。
「これだ。これこそ私がずっと求めていたものだったのに・・・それなのに・・・手に入ったのは最後の最後だったね。」
彼女は子供を慰めるように、自分自身を慰めた。空が遠くなっていく中で。
衝動煙 結城彼方 @yukikanata001
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