第40話 アタック
【前回のあらすじ】
人格操作が続いているフリをして、ミレニアは仲間たちのもとに帰還した。それを訝しむカーラとの戦闘を経て、本当の狙いを副長トルーニーに明かした。
フルーレ海の東方に位置する険しい山脈地帯の裾野に、人口およそ千人の共同体がある。
豊かに生い茂った緑を切り拓き作られたそのコミュニティの名前は「グリーニー」、いまや限られた面積した残されていない陸地に育つ貴重な木々を、伐採してまで生きねばならない自分達の無力さをわびて、いつの頃からかそう呼ばれるようになった。
この地には『ミラクル・エド』という最高のサルベージャーが住まい、産業には事欠かない。だからこそ彼らは自然を愛し、その保護に努めるのだ。
はるかなる先の未来まで、生命の火を灯すために。
島の海岸線をぐるりと囲う防波堤。
高波で陸地が削られるのを防いでいる。
そこから出た桟橋の袂に、ジュピター号のもやいを解くクィントの姿があった。
荒波に鍛え抜かれた浅黒い体躯に、海パン一丁。
いわば彼の正装ともいうべきその姿を咎める者も、もういない。
悲しいかな、いまではこのジュピター号だけが、クィントがブルーポラリス号に乗船していたということを証明するすべてだ。
「ごめんよ船長……あれは『目覚めの宝』なんかじゃないんだ……」
そっとジュピター号に語りかける。
冷たい装甲の向こうに宿る、喧騒の毎日に思いをはせて――。
パタタタタっと軽いレシプロエンジンの排気音が、クィントの耳を打つ。
島影から桟橋に向かって一層のボートが走ってきた。荷台に大きな幌をかぶせたその船の舵を握るのは、熊のように大柄な男。
紛れもないエドリック・カルロそのひとだ。
エドリックはそのままジュピター号の隣へとボートをつけて、エンジンを止める。そして船上から静かに愛弟子を見つめた。
「行くのか」
「うん。ルカは先に様子見に行ってる」
「……そうか」
エドリックは一度、寂しそうな表情を見せると嘆息をもらした。
「そういやおめえ、お袋さんの遺灰は故郷の海に帰してやれたのか?」
クィントは親方の元を離れて最初に向かったビル礁のことを思い出し「うん」と答えた。
夕日に照らされた母の遺灰が、キラキラとまるで宝石のような輝きを放っていたのが、いまでも彼の目に焼きついている。
「おめえのお袋さんは、自分の命を懸けておめえを守り通したんだ。それだけは忘れちゃいけねえ。クィント……それでも行くか」
「あのね親方。おれは死にに行くんじゃないよ。それに戦争をしに行く訳でもない。この海をこれまで通りにするんだ。命の輝く美しい海に!」
「……ったく、呆れたモンだ」
二度目のため息は苦笑めいていた。
エドリックはボートの荷台を覆っている幌を引き剥がし、積荷をさらす。そこには、巨大な円筒形をした鉄の塊が据わっていた。
「コイツを持っていけ。魚雷発射用のロケットランチャーだ。一発しか撃てねえが威力は保証してやる。これで海をテメエ勝手にしてるヤツを懲らしめて来い!」
「親方……」
「おめえの頑固はおれ譲りだよ。気の済むようにやりやがれ」
がっはっは。
いつもの高笑いが出撃のファンファーレか。
ロケットランチャーを装備したジュピター号は、静かに海へと船出して行く――。
ユニオン海洋調査隊の駐留する場所から十キロほど離れた水域、海面からおよそ一〇〇メートルほど潜ったところ。
そこはかつての文明が沈んだ都市の墓場である。
地すべりの影響で内陸から押しやられ、こんな沖のほうまで流れされてきた。破壊の程度は凄まじいものだが、優れた耐震性から街だと分かる原型をとどめており、それがかえって人間の無力さを伝えているようで物悲しい。
大きなビル礁の陰に隠れて一体の武装マリナーが、ユニオン船団の様子を窺っている。ルカのマーキュリー号だ。深いブルーの機体は浅深度の海に溶け込み、完璧な穏行を披露している。
ジュピター号はその隣に舞い降り、マーキュリー号の手をとった。
「どう様子は?」
クィントが通信回線を開いてルカへと問いかけた。機体同士を接触させることで通信の感度が上がり、外部への電波もれも少ないため傍受もされにくい。
「海上船で一番でかいヤツいるの分かる?」
現在地からはるか遠方にいるユニオン船団。数隻の潜水艦に守られるようにして海上に浮かぶ船がある。大小の船舶に混じり、潜水艦も何隻か海上にあるが、そのなかでも飛びぬけて巨大な船がひとつあった。巡洋艦である。
「ああ見えてるよ」
「相変わらず凄い目してるわね。こっちは望遠鏡使ってるってのに」
「ん? なんか船底から出てるな。でもイカリじゃないよね」
巡洋艦の底、正確には船尾のクレーンに吊られて海中に沈められているのだが、太いワイヤーの先端に奇妙な機械がぶら下がっていた。巨大なブイ・アンテナのようでもあるが、まるで釣鐘のような恰好をしている。
「ソナーを見て。ちょうどあの機械から変な音波が出てる。きっとあれのせいでベガが近づけないんだわ」
「魚避けか。そういやホァンがそんなこと言ってたな……」
ジュピター号のベースとなったUM501、その基本装備である超音波発生装置の応用技術。かつて友の示唆した可能性が、いま現実となっている。
クィントはあらためてホァンの聡明さを知り、感嘆をもらす。
「あれさえ壊せばベガ達もこのあたりに戻ってくるし、船団を混乱させられる。ミレニアも『仕事』がやりやすくなるはずだ」
「そんなことより、あたしはマシューの馬鹿を引っ張り出してやりたいよ! 顔見たらソッコーで殺してやるっ!」
「そ、そうだね、アハハ」
スピーカー越しにも伝わるルカの迫力にクィントは苦笑い。ついぞ相容れることのなかった、あのニヤついたマシューの顔が脳裏に浮かんだ。
「よし……そろそろ時間だ。行こう!」
二体のマリナーが潜航艇へと可変して海底廃墟をあとにする。ふたつのスクリューに生み出される真空の泡は、浅い水深ならではのもの。潜水を続けていると、それも次第になくなっていく。大水圧によりスクリュー表面から海水が乖離することがなくなるからだ。
だからこそスクリューは最大速度で回転することが出来るのだ。
クィントとルカは、圧倒的なスピードでユニオン艦隊の防衛線を突破する。彼らの特攻に対する敵潜水艦の動きは緩慢で、迎撃のマリナーもまだ少数だ。
クィントはルカにその場を任し、単騎で超音波兵器の破壊へと急行した。
立ちはだかる敵マリナーの間をすり抜け、最短ルートで全速先進。後ろでは火の手が上がる。すでのルカが大暴れしているらしい。敵はそちらに手を焼き、追ってくる様子はない。
「あれだ!」
クィントはコクピットで叫んだ。
ジュピター号の前方に浮かぶ奇妙な物体。巨大な鳥かごのようにも見える鉄の塊は、ジュピター号とほぼ同程度の全長を有すが、外周はその倍はある。通常のマリナーであれば、二体で抱えてまだ余るほどか。
ソナーの反応を見ても、これが超音波を発していることは明白だ。
ジュピター号の変形を解いたクィントは、師であるエドリックから贈られたロケットランチャーを構える。発射は一回こっきりで外せば次弾はない。だが、威力は潜水艦の魚雷クラス、というかそのものが撃てる。
命中さえすれば、一撃必殺の代物だ。
爆発による二次災害を考慮しても威力的にはかなりの至近距離。加えてクィントの『ギフト』と称される異常視力の前には、直撃の二文字以外ありえない。
ランチャーの照準をターゲットに合わせ、銃爪に指を掛ける。
が、しかし、
「しまった! 集中しすぎた!」
ソナーには警戒信号。ジュピター号の背後に敵マリナーが迫っていた。慌てて振り返るジュピター号だが、敵はもう目の前だった。手には取り回しの利かないロケットランチャー。銛を握りなおしている時間はない。
ユニオンの白いUM501が、深いブルーに浮かび上がった。振り上げた大剣の刃が輝きを海に吸われて鈍く光る。
「くそおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
成す術もなく慟哭す。それは海人にあらざる少年クィントの魂の叫び。愛しき者の背を押してやれぬ悔しさの発露だった。
それでも生きようとする彼の本能が、敵を射殺さんと目を見開く。その瞬間、まさか本当に敵マリナーの頭部が吹き飛ぶだろうとは夢にも思わなかった。
「何やってんのよ! 油断しすぎじゃないっ」
「ルカ!」
一撃目で敵マリナーの頭部を破壊したマーキューリー号は、二撃目の回し蹴りで同機を完全に破壊した。腹部にあるコアから斬り上げるようにしてコクピットまで蹴り抜ける。おそらくパイロットは即死だろう。
動力部をやられた敵マリナーの機体は、派手な閃光を振りまいて爆発する。それがまるで誘蛾灯でもあるかのように、続々とユニオン兵が押し寄せてきた。
ルカがマーキュリー号の背をジュピター号のほうに向けて敵陣へ立ち向かってゆく。去り際にグッと親指を突き上げて。
「了解! 今度こそ……」
ジュピター号がランチャーを構えなおした。照準が再びターゲットにピタリと合う。ゴツゴツとした機体の指先が、しっかりと銃爪を捉え、クィントはそれをゆっくり絞り込むようにと操作する。
「……当たれええええ――ッ!」
耳元で爆音が轟く。その瞬間、五〇〇メートルは先にある超音波兵器が強烈な光に包まれた。遅れて衝撃波と重低音がコクピットに伝わり、周辺海域は徐々に広がる爆煙へと飲み込まれてゆく。
ソナーに検出されるのも、爆発による情報だけだ。
すでにあの魚避けの超音波は消失している。
「やった!」
ひとり叫ぶクィント。しかし彼の胸裡には、言いようのない危機感で満たされていた。あたりに濛々と立ち込める爆煙のベール。その向こうになにやら途轍もないプレッシャーを感じる。
まるで地獄の釜から這い出した湯気が、ジュピター号を捕まえようとしているかのように。ゆるゆると伸びてくる爆煙を、これまたゆるゆるとした後退でジュピター号はしのいでいる。
ふと目にやったソナーには、一瞬、小さな光点が瞬いた。
ほぼ反射的にそれは行われた。
煙幕のなかにクィントが投げつけた使用済みのロケットランチャー。そのずんぐりとした鉄の円筒が、何もないはずの煙の中で輪切りにされる。
まるでロールケーキでも切り刻むようにあっさりと。
クィントは握りなおした銛で、煙幕から高速で繰り出された赤い刃を弾く。
「マシュー!」
無秩序に漂う灰燼を割って、『赤鬼』はその血の滴るような威容をついにクィントの目のまえへとさらけ出した。
〈つづく〉
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