第28話 スペシャル・バウト

【前回のあらすじ】

 謎の少女テオとの遭遇を果たしたクィント。彼女の正体に思いを馳せる一方で、どういうわけか因縁の相手マシューとの再戦が始まってしまう。




 第一回戦――知力。


「あんパンと、食パンと、カレーパンが道を歩いておりました。後ろから、おーいと声を掛けます。さて、振り向いたのはどのパンでしょう。理由も答えなさい」


 おっとりとした口調でサクラが問題を読む。

 直後、ホァンが急ごしらえした早押し装置がピンポンと鳴り響いた。

 クィントである。


「クィント君、お答えをどうぞ」


「食パン!」


「その理由は?」


「食パンには耳があるから!」


「正解」


 沸き上がる歓声。食堂はクィントの正解で一体となり、さらにヒートアップする。

 ルカなどはクィントの首に飛びついて、ホァンの心臓を一瞬止めに掛かった。


「ちょっと待てこら! なにが知力の勝負だ。なぞなぞじゃねえかっ! おうサクラ、もっとこうアダルトな問題はないのか? 女を鳴かせるにはどこを押せばいいとか」


「セクハラです。それ以上言ったら、退場にしますよぉ」


「くぅ……」


 第二回戦――体力。


「ふおおおおおおおおおっ!」


「ぬぅうううんんん!」


 テーブルを挟んで両雄の顔が紅潮する。

 全身の力を利き腕に集約させ、相手をただ腕力のみでたたき伏せんと筋肉が隆起した。

 左手でテーブルの端をつかんで身体の浮き上がりを防ぎ、肘は微々たる力も逃すまいと、天板に食らいつく。


 体格に秀でたマシューと、理不尽な底力を持ったクィント。

 勝負は互いに譲らず、ついにはテーブルのほうが先に根負けする

 真ん中から「バキィッ」と快音を響かせてへし折れ、ふたりは勢い余って、別方向へと飛んでいった。


 第三回戦――時の運。


「フルハウス。おれの勝ちだ」


「ぬわぁ~っ。ポーカーは三回勝負だ! まだもう一回ある!」


「まあ何度やったって同じだろうがな」


 配りなおされたカード、クィントには初手からジョーカーを含むフォーカードがあった。

 こみ上げる笑みを抑えることもせず、チップ代わりの貝殻を大量に賭ける。

 すると、それを見たマシューは、カードを伏せて「降りる」と言った。

 クィントは、まるでこの世の終わりみたいな顔をして残念がる。

 そしてネクストゲーム、


「スリーカード。おれの勝ちだ」


「ぬがぁーっ! さっきので勝負してたら勝てたのにっ!」


「……おまえギャンブルに向いてねえぞ」


「そ、そう?」


 不思議そうな顔をするクィントに対して、残念な子を見るような目を送るマシュー。

 ポーカーフェイスとは、むかしのひとはよく言ったもんである。


 ここまでの勝負はまったくの互角。

 三回戦では勝敗が決せず、プリンの行方は最終決戦である「船内スプリント」の結果に委ねられることになった。


 狭い通路にひしめき合うギャラリーに見守られ、スタート位置に着いたクィントとマシュー。食堂~第二艦橋間を一気に駆け抜ける短距離一発勝負である。

 泣いても笑ってもこれで最後、ゴールの瞬間どちらかがプリンを失うのだ。

 スタートまえの緊張からか、両者共に口を開かず目も合わさない。


「位置に着いて。ヨーイ……」


 野次馬が静まり返り、サクラの声が浸透する。

 ぶつかり合う闘気がスパークして、見る者の心までをも奮わせた。


「ドンっ!」


 一斉に床を踏み切ったふたり。

 激しく肩をぶつけ合いながら、最初の隔壁へと突っ込んでゆく。


 ハードルの要領で段差を飛び越え、空中でも体当たりによる制空圏の奪い合いが続いた。

 かつては通路に散乱していたゴミも、クィントの働きにより一掃されている。

 そのため足許に憂いなく加速していくクィントだが、それは相手も同じこと。荒波に鍛えられたクィントの強靭な脚力と、マシューのストライド。

 どちらが勝つか、それはゴールまで誰も分からない。


 怒号とも罵声ともつかない声援を受け、ふたりのスプリンターは通路を激走する。

 オッズはわずかにマシューが優勢だ。

 野次馬達にとっても真剣勝負である。自然とコース上は熱を帯びた。


 ゴールまであと二区画。

 マシュー、わずかに先行。

 いやらしく横目にクィントをねめつけながら、最後の段差を飛び越えた。

 勝ちを意識したのか下を向き、頭から第二艦橋ゴールへと突っ込んでゆく。

 クィントも負けじと最後の力を振り絞った。


 勝者はいかに――誰もがそう思った時である。

 第二艦橋から突き出した細腕が、ゴール手前でふたりの頭をわしづかみした。


 あわれ、絞められたニワトリではないが、ぶらりと吊るされるふたり。

 野次馬達も皆、クモの子を散らすようにしていなくなった。


「うっさい。よそでやんな!」


 かくして優勝杯であるプリンは、船長ヴィクトリアの手に輝いたのである。



〈つづく〉

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