第11話 メガフロート

【前回のあらすじ】

 お互いの半生を語り合い、そしてユニオン党がクィントの母親を殺したという事実を共有したふたり。涙し、身を寄せ合いいつしか眠った。一方その頃、ミレニアを見失ったユニオン党内では――。




 かつて大西洋と呼ばれた海に、ユニオンのメガフロートはあった。


 全長二十キロにも及ぶ、巨大な人工浮島による構造体には、総勢三万を越えるユニオン党員と、その家族。またユニオン親衛隊の保有する全装備、並びに船舶の数々。そして、それらを円滑に運用するための都市機能すべてが収められている。


 もはや大地と呼んで差し支えない広大な敷地には、古代エジプトを彷彿とさせるピラミッド型の巨大建造物が立ち並んでいた。その中でも一際巨大なものを、ウルティモタワーと呼び、ユニオンの首都機能が収納されている。


 とある昼下がり、ウルティモタワー最上階に位置する一室のバルコニーで、シリウス・マクファーレンは日課である野鳥の餌やりに精を出していた。陸地の極端に少ないこの時代では、陸棲生物の保護は人類の責務であると彼は常日頃説いている。海鳥に渡り鳥、時にはハトやカラスでさえ、シリウスの慈悲に集まることがあった。


 いまでこそユニオンの最高指導者として、メガフロートの一番高い場所から世界を見渡している彼だが、元は、ユニオンの定めるヒエラルキーの最下層、労働者階級である四級党員の出身である。しかし、個人の優秀さが認められれば生まれに関係なく、いくらでも階級を上げることが出来るユニオニズムのシステムのなかで、苦学し、めきめきと頭角を現すようになる。


 アカデミーを首席で卒業し、有力な評議会議員の秘書を務めること数年を経て、自らも為政者としてユニオンの政策にくわわることとなった。


 いままでの常識を覆す革新的な政策で、彼は一躍急進派の若手ナンバーワンとなる。その後、数多くの役職に着任したが、彼がもっともその才覚を発揮するのは、海賊の掃討作戦であった。まるで水泡のように沸いてくる新興の海賊団が、一体どれだけ彼の手によって沈められてきたであろう。


 また先の最高指導長選出会議において、総統に選ばれる直前にも、あの『海賊ヴィクトリア』の駆るブルーポラリス号を電撃的に強襲し、壊滅まであと一歩というところまで追い込んでいる。


 そんな数々の武勇伝が、こんにちの支持につながり、また若者達にとって成功者の象徴となっているのだ。


 通常であれば、これから午後の公務が待っており、誰に時間を脅かされることなく、仕事に励むだけなのだが、その日は違った。

 なにやら部屋の外が騒がしい。

 ドアからもれ聴こえる怒号は、彼のよく知る人物のそれだった。


「お、お待ちくださいノヴァク書記長! 閣下はいま、ご公務に入られております!」


「すこしでいい! すこしでいいから時間をくれ! わたしには閣下とお話せねばならぬことがあるのだ! たのむから、そこをどいてくれカーラ!」


「出来ません!」


 シリウスは餌やりの手を止めて、執務机の横に立った。そして、怒鳴り声にならない程度の大きさでドアの向こうへと声を掛ける。


「ふたりとも、お入りなさい」


 騒然としていたドアのまえは静まり返り、ガチャリと厳かに総統執務室の扉は開かれた。


「閣下!」


「なにやら穏やかではないね書記長。カーラもご苦労様」


 カーラと呼ばれた女性秘書官は、一礼してドアのまえにひかえ、また彼女に向かって怒鳴っていた壮年の男性はシリウスに詰め寄っていた。

 彼の名はロベルト・ノヴァク。

 ユニオン評議会書記長にして、ミレニアの父親である。


「閣下、折り入ってお話がございます。どうぞおひと払いを」


 血走った目で懇願するロベルトに対して、シリウスは実に飄々とした態度で言い放つ。


「カーラはわたしの分身みたいなものですよ、書記長。直接耳にさせたくない内容なら下がらせますが、あとでわたしが伝えれば同じことですよ?」


「では、いまからなされる会話は、ここだけということにしていただきたい」


 ロベルトはちらとカーラを見た。

 彼女は小さく首肯して、それをシリウスも承認した。


「娘の話です」


 ロベルトはいきなり核心をつく発言をした。


 およそ四十時間前、第七洋区において当海域の専従調査団が壊滅したという一報が入った。

 幸いにも護衛艦『はるかぜ』の活躍により、多くの同志達が救助されたというが、なぞの衝撃波による第一波攻撃のあと、同水域に出没した海賊船ブルーポラリス号の迎撃に向かった彼の娘の消息は、ようとして知れなかった。


 護衛艦『はるかぜ』艦長アルフォート・ラザルの報告では、再び同水域へと潜航したところ、そこには爆発した機雷の残留物が浮遊していたのみで、ミレニア機はおろか、すでに海賊船の姿もなかったということだった――。


 ロベルトの鎮痛な面持ちには、シリウスも態度をあらためねばならなかった。


「報告は聞いている。甚大な被害を受けたが、想定していた最悪の事態に比べればはるかに軽度なダメージに抑えられた。ひとえに親衛隊の日頃の教練の賜物だが、幸運もあったかと思う。正体不明とされている第一波攻撃にも、大体の察しはついている。なあに、一両十中には艦隊を再編成して、対応策を」


「違うシリウス! そうではない!」


「書記長、口をお慎みくだ……」


 カーラの動きをシリウスは片手を挙げて制した。

 すこし間をとり、再びロベルトへと正対する。


「ご息女のことだね? 実は速報が届いている。現地に残った偵察艇が、彼女の消失地点付近で救難信号を拾ったと言ってきている。早急にマリナーを派遣したから、回収も時間の問題だと思うよ」


「そ、それは確かかっ」


「ああ。こんな大事なことでわたしが嘘をつくとでも思うかい、ロベルト。きみは昔から苦労性だな」


 娘が助かるという安堵からか、それとも自責の念か。ロベルトはしばらく沈黙を友とした。胸のあたりを押さえ、グッとなにかを飲み込んでいるようにも見える。

 やがて意を決したのか、ゆっくりと瞳を見開いた。


「閣下、いやシリウス。アカデミーからの友人として聞くぞ。この派兵の真の目的とはなんだ? なぜあんな危険をおかしてまで、辺ぴな場所にこだわる?」


「これは不思議なこと言う。派兵ではなく海洋調査だ。そこを間違えてもらっては困るぞ。きみは昔から飲み込みは速いが、応用が効かない。親衛隊の運用目的は、日々柔軟に変化していくものだよ」


「ならば聞く! 『海洋の守護者』を敵に回してまで優先すべき調査とはなんだ? そんなことをすれば、調査どころの騒ぎではなくなるぞ。一気に海洋生物との全面戦争だ! フルーレ海に一体なにがある? なにがおまえをそうさせる?」


 シリウスは執務机の横を離れ、窓辺に立った。吹き抜ける潮風と、燦々と照らす太陽。極上の贅沢がそこにあった。


「ロベルト……わたしはこの世界がほしい」


「なに?」


「いや、低能で、野蛮で、醜悪で、粗野で、無駄に図体ばかりのデカイ、すべての下等生物からこの惑星を守りたいのだ。そのためには、一日も早く人類をユニオンの旗のもとに結集させ、きたるべき魚どもとの戦いに備えねばならん。そのためならば、わたしは神にも悪魔にもなるぞ。ロベルト……」


 シリウスは再び振り向いて言った。


「わたしと共に来い。いつまで幻想にひたっているつもりだ。魚や蛮族達との共存などありえないのだよ。あるのは支配か、それとも殲滅かだ!」


「お、おまえはなんという……」


「怖気づいたかロベルト。ノヴァク家の血が泣くぞ。おっと、きみは入り婿だったな。すまんすまん」


「き、きさまっ」


 ロベルトの拳が震える。いまにもシリウスにつかみかからんばかりだった。後ろではカーラがどうしていいものやらとうろたえる。しかし、シリウスの口は饒舌に増す一方であった。


「わたしは常々考えていたよ、どうしてミリア様はきみをお選びなったのかとね。あの時、わたしのプロポーズを受けてさえいれば、今頃、総統夫人だったというのに。どうやら先見の明と美貌というのは、兼ね備えることは出来ないと見える」


「……」


「どうしたロベルト。怒ったか?」


「いや……あわれんでいるのさシリウス……」


「なに?」


「きみには愛情というものを理解する才がない。最下層からの成り上がり者では、他人は蹴落とすだけの存在でしかありえぬか」


「ふん。なんとでも言うがいい。弱者の理論よ」


「では言わせてもらう。おまえの真の狙い……それは『目覚めの宝』ではないのか?」


「……」


「その沈黙が答えか。シリウスよ、海人が『目覚めの宝』と呼ぶ伝承が実在して、その正体がもしアレなのだとしたら、待っているのは『終末ノヒカリ』の再来だけだぞ。たのむ……いまからでも遅くはない、考えなお」


「カーラ」


 シリウスはロベルトにすべてを言わせなかった。いままでの会話などまるでなかったかのように、その目は熱を失っている。ただ淡々と、目の前にいる壮年の男を見つめるだけだった。


「ノヴァク書記長を拘束せよ。第一級反逆罪である」


「な、なにをっ――。ぐわっ! は、放せカーラ! う、腕がああっ――」


 カーラはロベルトの腕を後ろにねじり上げていた。あとすこし力を込めれば、彼の腕は容易く折れてしまうだろう。


「シリウス! これはどういうつもりだ! 評議会にっ、う、訴え、あ、ああああっ!」


「そうさせないための処置だ。現政権下において、消極論はなによりも悪である。ロベルト・ノヴァク、己の聡明さを呪うがいい。きみには一週間の禁固処分をもって、不穏分子のあぶり出しに協力願おう。そして、グレゴリオの……正統ユニオニズムの殉教者となれることを、我が慈悲と知れ……」



〈つづく〉

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