第7話 ロスト
【前回のあらすじ】
ついに宿敵「赤鬼」と相まみえたミレニアだったが、シミュレーション以上の強さをまえに圧倒される。一方その頃、別の水域では――。
「イテテテテ……」
倒壊したガレキの中から、球のお化けが這い出してきた。
とりあえず浸水の危険はないと安堵したクィントは、次にケーブルの断線を確認する。キラキラと輝く海面には、自慢の双胴船がプカプカ浮いていた。そこから伸びる二本のケーブルは、途切れることなくしっかりとマリナーの方に届いている。
一息つき、マリナーをガレキの山に座らせたクィントは、彼を襲った理不尽な事故について考えてみることにした。
プルルと別れて作業に取り掛かったのが、およそ一時間前。
順調に電子機器の回収が進むなか、幸運にも旧文明が生み出した高性能記録媒体DVDを発見し、そのパッケージに描かれた露出の激しい、というかなにも着ていない、というか悩ましげな行為にふけっている男女の写真を見つめて小躍りしていた時である。
ここからすこし離れた水域に、たなびく一条の光の帯を見たのは。
非常識なまでの驚異的視力を持つ彼には、それがイワシの大群であることなどすぐに見分けがついた。だが彼にはそのなかでうごめく巨大な影の方が気になったのである。
その正体には、およその見当がついていた。
しかし『それ』がこんな浅いところにいること自体が奇妙に感じられたのである。
それからすぐのことだ。
イワシ達が突然、四方に飛び散ったかと思うと、目に見えない強大な力がこちらに向かって飛んできた。音速を超えて海中を伝播してくるその力をまえに、とうの昔に役目を終え、潮に巻かれて朽ちるのを待つだけだった建築物が耐えられる道理はない。あたりの廃ビルは軒並みもろくも崩れ去る。当然のようにクィントのいた八階建てのビルも吹き飛ばされた。
おかげで今日の稼ぎがパーである。
なによりもあのDVDは惜しいことをした……。
「まったく……なんだったんだあれは?」
計器類にも故障はないことを確認したクィントは、これ以上、状況は悪くなりようもないが、とりあえずこの場から退散することに決めた。
「プルルの奴、大丈夫だったかな」
別行動をしている相棒の安否も気になる。そう思い、ガレキの山から浮上した、まさにその時だった。クィントの視野に、もみ合いながらこちらへと近づいてくる二体の武装マリナーの姿が飛び込んできた。一方は白く丸みを帯びた機体。もう一方は馬鹿みたいに真っ赤で鋭角的なデザインだった。
あまりに速く移動してくるものだから、さすがの彼の目も虚をつかれたのだ。意識するよりも速く、すでに間近に迫っていた。
クィントが見るところ、どうやら赤い方が優勢らしい。
白いヤツもなにかを狙って必死に左手を使おうとしているが、左腕部は相手のマリナーに完全につかまれていた。
同じように赤い方も残りの腕を封じられているが、その手には銛撃銃が握られていて、一瞬でも距離を取ることが出来れば、相手に銛を打ち込めるだろう。白いヤツとしては、引き離されないようにするため必死の様子である。
所詮、他人事だとボヤっとしていたが、あることに気付いて急に焦りはじめた。
かの二体が真っ直ぐこちらに向かって飛んでくるのである。
ならば、よければいいじゃないかというのは素人の考えだ。軍事用でもあるまいし、クィントのマリナーには高速で海中を飛来してくる物体を即座にかわせるような性能はない。
そんなことが出来るのならば、先の得体の知れない力だって回避してたはずである。
「……ぶつかるなこりゃ」
クィントは狭いコクピットの中でひとりごちた。
最善を尽くした結果どうにもならない場合、彼はすべてを諦めることにしている。
あとは『ワダツミ』のみぞ知るだ。
直後、彼の予想通りに二体の武装マリナーは、彼のサルベージ用マリナーと衝突する。
激しい衝撃に耐えつつ彼が目にしたものは、一瞬の隙をついて赤いのが離れてゆくところだった。クィントのマリナーも大したもので、この程度ではまだ破損にはいたらない。
しかしケーブルの方はもう限界だった。
「あ」
おもわず間抜けな声が出た。
衝突のダメージに耐えかねたケーブルは、機体側の数メートルを残してぶっ千切れた。船側の酸素供給ケーブルから大量の泡がもれる。
一方、機体側は即座に逆支弁が働いて酸素の流出を食い止めた。これでコクピット内の酸素は保って数分。いまだ危機が回避されたとは到底言えない。
その頃、あの二体の戦闘といえば、いよいよ終焉を迎えていた。
一瞬の内に距離を取った赤いマリナーが、構えた銛撃銃を相手のコア目掛けて打ち込んだ。コアとは、マリナーの腹部に搭載された水圧感応式ジェネレーターのことで、無尽蔵に電力を生み出すマリナーの心臓部である。
コアを破壊された白いマリナーは当然のことながら機関停止。
意味するところは敗北である。
だが、賢明なパイロットは迅速に脱出を試みたようだった。キャノピーが炸薬で瞬時に吹き飛び、なかから薄い水色の水密服が飛び出した。
脱出は成功である。しかしこのパイロットにもたったひとつの誤算はあった。それはここが水深八〇メートルの海底だということ。
浅いとはいえ水圧はおよそ大気圧の十倍。
いくら水密服を装着していても、いきなりそんな世界に放り出されては身体の調整機能が間に合うはずがない。
海中に投げ出された水密服は微動だにせず潮流に呑まれてゆく。
このあたりは都市遺跡に潮の流れがぶつかる影響で、海流も不規則だ。ましてや、ここにはすぐそこに地殻変動で出来た深い断層がある。
案の定、気を失っている水密服は、荒々しい潮流に乗って、海底の裂け目へと呑まれようとしていた。
クィントの身体は考えるまでもなく動いていた。愛機の操作レバーを勢いよく倒す。
潮の影響が少ない航路を取って、断層への最短ルートをゆく。先回り出来れば、あとはなんとかなると思った。
かたや赤いマリナーは、残された白いマリナーを戦利品として持ち去り、早々とこの水域を離脱してゆくのだった。
〈つづく〉
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