対決! ヒュドラ!

「ねえ、虎徹」

「なんだよ? 見とれたか?」

「違うわよ。それより、なんで武装がハンガーのままなの? 気に入ったの?」


「案外、使い勝手がいい。取り回しが利くしな」

 オレはハンガーをヌンチャクのように振り回す。


「戦闘場所を変えたい。カガリ、みんなを安全なところへ。あんたらもだ。頼む」


 応援に来てくれた忍者達に、暴徒鎮圧と客達の避難指示を頼む。


「ここで戦闘は避けたいか。ならばお望み通りにしてやろうじゃないか!」


 緋刀のムチユニットが暴れ出す。天井を破壊して、巨大な穴を開けた。


 ガレキを回避して、空いた天井の穴へ飛んだ。


 臨戦態勢のまま、資料館の外へ。


 緋刀の蛇腹ユニット攻撃を受け流しつつ、広い場所へと誘導する。


 選んだのは、野外ステージだ。

 ここなら、誰も邪魔が入らない。


 舞台で緋刀を挟み込む形となった。オレと優月が同時に仕掛ける。


 ユニットが、オレのハンガーに絡みつく。オレは緋刀の方まで引っ張られる。


 蛇腹ムチから逃れた優月が銃を構えた。優月の手の中で、マシンガンが火を噴く。


 緋刀はムチを操作して、光学弾を防ぐ。


 オレは引っ張られる力を利用して、滑り込むように緋刀のスネに蹴りを入れた。


 緋刀がバランスを崩す。衝撃で、ムチの拘束が緩む。


 ハンガーを解放し、優月に気を取られている緋刀に殴りかかった。だが、ゾワリと悪寒が走り、本能的に足が止まる。


「緋刀流、ノヅチ!」

 緋刀の髪から、一筋の光る繊維が駆け抜けた。


 やばいと感じ。咄嗟に、緋刀の腹を蹴飛ばす。


 後ろへ飛ぶ形となって、オレは着地する。


「なに!?」

 地面に足を付けた瞬間、腕の装甲が欠けた。


 オレは、痛みに膝をつく。上腕に激痛が駆け巡る。



 何もない空間から、オレの血しぶきがまき散らされ、空に血の花が咲いた。


「目に見えないんじゃない。攻防一体の、極細ワイヤーか」



「その通り。これこそ私が『緋刀』と呼ばれる所以! 相手は可視化できるウィップユニットに気を取られ、目に見えないワイヤーにまで気が行かない!」



 勝利を確信したのか、緋刀が手品の種を明かす。



「髪の毛に注意しろ。きっとワイヤーはそこにある。射程もそれほど長くない」


 繊細すぎるため、できるだけ手元で操作したいに違いない。


「でも、ワイヤーが無数にあったら」


「見たところ、ワイヤーは一本だ。いくら緋刀といえど、あんなバカでかい蛇腹ムチと一緒に動かしてるんだ。極薄ワイヤーにまで気が回らんはず」


 オレは見ていた。

 あいつがユニットを動かしている間、ずっと明後日の方角を見ていたことを。

 きっとワイヤーを、眼帯の結晶で見ているんだ。


「オレがスキを作るから、お前はワイヤーを斬ってくれ」


 大地を踏みしめてジャンプしたオレは、隙だらけの状態で緋刀に突っ込む。


「ちょっと、こんな見え見えの攻撃で突撃したら、いい的じゃないの!」


「これでいいんだよ」

 構わず、オレは緋刀へ突進した。



「無計画に攻めることしか知らぬ未熟者が!」

 


 緋刀がワイヤーを展開した様に見えた。



「だが動けまい、食らえ!」


 容赦のないワイヤーが、オレに巻き付く。


「バラバラにしてやる!」


 緋刀がワイヤーを引っ張ると、オレの四肢を切り刻む。

 オレの血が、緋刀を赤く染める。


「虎徹!」

 その様を見て、優月が悲痛な声を上げた。


 だが、切り裂かれたのはオレではない。


 緋刀の身体に舞い降りたのは、オレの血ではなく、無数の羽毛だ。


 驚愕した顔を、緋刀が浮かべる。「これは、まさか!?」


「そうだぜ、緋刀。忍法・変わり身の術」


 オレの代わりにバラバラになったのは、キャラ物の抱き枕である。

 本来、抱き枕にはミニスカ衣装を着た女忍者のイラストが書かれていた。

 緋刀の餌食となって、今や無数の布きれとなって宙を舞う。


「ああ、オレの秘蔵『くのいちセブン』ちゃんの抱き枕が……」


 オレは、全身感覚やワイヤーの感触を頼りに、紙一重で糸を捌いたのだ。ダメージを必要最低限にとどめ、ワイヤー地獄から脱出したのである。


 だが、オレの全身から、全身からおびただしい量の血が噴き出す。緋刀の攻撃を、完璧には回避しきれなかったのだ。


「ハハハ! ダメージを受けていたら世話ないね!」


 それは、どうかな?


「これでいい。優月!」


 オレが言わなくとも、優月はオレの思考を分かってくれていた。三日月刀を構え、緋刀の方へと跳ぶ。


「しまった!?」


 オレの血が、見えないワイヤーの軌跡をハッキリと映し出す。


「忍法、血煙の術ってとこかな?」


 凄まじいスピードで、三日月が不可視のワイヤーを切り刻む。


 血の花は散り、緋刀にも傷を与えた。


「バカな。あんな手段で『ノヅチ』が破られるなんて」


 出血した肩を押さえながら、緋刀が後ずさる。


「アンタのやろうとしていることなんざ、お見通しだっての!」

 よろめきながらも、ハンガーを構えた。


「ならば奥の手を。緋刀流、『大戸惑オオトマトイ』!」


 オレは、眼帯から覗く模様をまともに見てしまう。

 まるで、全身に見えない糸が巻き付いているようだ。


「くっ……身体が」


 身体の力が抜けていくのが分かった。

 そのまま糸が全身の神経にまで到達し、意のままに操られる。


「こっちに来い」


 緋刀の合図で、脚が勝手に動く。

 こちらの意志とは無関係に、緋刀のいる方角へと向かってしまう。


「虎徹、どうしちゃったのよ!」


 優月の呼びかけは聞こえはするが、正気に戻れない。


「わからん。なんかの術にかかっちまったみたいだ」


「大戸惑は、迷子を神格化させたといわれる神。一度技を受けた者は、たちまち私に魅了されてしまう」


 確かに、嫌でも脚が緋刀に進んでいく。


「いい。彗星弓を構えてろ。オレは平気だ」


「でも……」


 緋刀との距離が、ゼロに迫った。


「さあ、こんな小娘より私を選ぶがいい」

「ああ、そうだ、な!」


 オレは、緋刀の身体を抱きしめる。

 目一杯、逃げられないように。


「フフ、そんなに強く抱きしめて。歳はいってるけど、小娘より柔らかいだろ?」


 言うとおり、優月ほどの弾力はない。

 思っていたより抱き心地がいいのは予想外だ。


「並の男なら、コロッと魅了されてしまうだろう。並の男ならだけどな」


「何を言って……」


「これで、お前は逃げられないぜ」


「な、しまった!」

 緋刀が振り返る。


 その先には、彗星弓を構える優月が。


 緋刀のサイドポニーがウネウネと動く。


「おっと、カヤノヒメは発動させないぜ」


 緋刀のサイドポニーの結び目をひっつかむ。

 女に対してはかなり迷惑な行為なのだが構うもんか。




 今だ優月、撃っちまえ、と、目で訴える。




 優月は弓を引こうとしない。オレまで巻き込むと思ってか、躊躇いの色が顔に出ている。


 それなら……。


「あーん、緋刀様ぁん、ちゅっちゅ」


 緋刀に操られた振りをして、オレは緋刀の頬にちゅーするフリする。


「寄るなっ、気持ち悪いっ! 本気にするな! ヒィーッ!」

「そんなつれない事言うなよ、緋刀様ぁん。お望み通りの『おねショタ』だぜ」

「黙れエロ猿! 『おねショタ』といううのは、無垢な少年が性に翻弄されるから燃え上がるのだ。貴様のような盛りが付いてスレた少年なんぞ何の需要もない!」


 こっちだって願い下げだっての。この性倒錯女め。


 優月の顔が、怒りの炎で赤くなる。彗星弓に破壊の光が収束されていく。


「虎徹のアホボケカス死ねえええええええええええええええええええええええーっ!」

 彗星の煌めきが、三日月型の弓から放たれた。


「待て待て、うわーっ!」

 耐えきれず、緋刀がオレを突き飛ばす。


 術こそ解けたが、オレは彗星弓をまともに浴びてしまう。


 光の矢が、緋刀のユニットごとオレを焼く。


 しかし、大爆発でオレも吹き飛ばされた。



 瓦礫と爆風に飲み込まれ、視界が煙に阻害される。



「そんな……虎徹!」



「あいよ」

 優月の嘆きに、オレはすぐ応じた。

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