戦慄! パイセン襲来!
「ごめんなさい……」
ベンチにうなだれて、優月が頭を下げる。
鏡華と太一が手に持つ缶コーヒーは優月のおごりだ。オレだけ自分持ちだが。
「申し訳ないと思ってるわ、鏡華。せっかくのデートだったのに」
「気にしないでください、優月。あなたのせいじゃないです」
うつむく優月を、鏡華がなぐさめた。
「まったくだ。あの映画、エロゲー原作じゃねーか」
スマホであの映画の評価を見て分かったんだが、アダルトゲームの実写映画版だったらしい。邦画にしては珍しくベッドシーンがあると、評価は高かった。
「少し調べてればわかったんだがな。僕のチョイスミスだ」
「別に責めてるわけじゃねえよ。オレ達にも責任がある。ていうか、全部お前のせいだ」
オレは優月に視線を向ける。
相当へこんでいるのだろう。優月からは反論が帰ってこない。
「わかってるわよ。この埋め合わせは絶対にするから」
「そんなに自分を責めないでください、優月」
収拾がつかなくなると思ったのか、鏡華と太一がオレ達の間に割って入る。
「とにかく、せっかくモールまで来たんだ。買い物なんてどうだろう? 知り合った記念に、何かを送りたい」
そうだな。プレゼントなど渡したら、株も上がるだろう。
鏡華も乗ってきた。
「そうですね。私も、太一君に何かプレゼントしますわ」
いい感じだ。このまま何事もなければだが。
「二人もさ、今日会った記念に買いたい物があるだろ? 行ってきなよ」
「だな。そうさせてもらうよ」
このまま太一達から離れるのも危険だ。
優月と買い物をしている振りをして、太一達を見張る。
何があっても動けるように、武器を収納したブレスに手を置く。
「バレてない?」
「ああ。問題ない」
優月と共に植木に隠れ、様子を窺う。
「あたしたち、何やってるんでしょうね?」
「しょうがないだろ。とにかく今は見張るぞ」
何であいつらが狙われているのかがわかってねえんだ。
いつ危険な目に遭っても大丈夫なように、見張ってないと。
「お前、マジで星雲大帝と何も接触がねえのかよ?」
「しつこいわね、あるわけないでしょ?」
「じゃあ、そっちのパル。隠れてねえで出てこいよ」
さっきから、半透明になっているのはわかっている。
『私からも、忍者の皆様に語ることはありません』
「オレ達には話せねえことがあるんだな?」
『協力はします。ですが、我々の目的を語る必要まではないかと』
言ってくれるぜ、見た目は宇宙温泉卵のくせに。
『あなた方も、全面協力する気はないのでしょう?』
「オレ達は、な」
だが戒星は、こいつらを警戒してるだろう。
『あなたは、お気になさらないと?』
「気にしてるさ。けど、今は協力してやるぜ」
『では、もっとくっついてはいかがです?』
はあ!? 何言ってやがるんだ、この温泉玉子は!
『もっと恋人らしくなされてはと言っただけですが、何を焦っておられるのか』
こいつ、からかってやがる!
「あのねロンメル、黙らないと真っ二つにカチ割るわよ!」
『失礼。発言を慎みます』
「あたしだって分かってるのよ。でも、なんでコイツなのよ……」
不満タラタラでありつつ、優月は植木に身を隠す。
とにかく、警戒だ。今は眼の前でイチャついてる太一達に集中しないと。
「おお、テッチャンじゃねーか! 久しぶりだな!」
向こうの道から、オレを呼ぶ声が。
ベビーカーを押しているカップルと鉢合わせた。
男の方はアロハを着ており、日に焼けた筋肉質の肌を惜しげもなく晒している。まだ五月なのに。
ヤンママの方はメイクは控えめだが、目つきが鋭い。かつて相当ヤンチャしていたんだろうと思われる。
しまった。一番会いたくない人に会ってしまうなんて。
「う、うす。パイセン。お久しぶりです」
オレは冷や汗だらだらで頭を下げる。
「偶然っすね。てっきり故郷の星にいるものだと」
「おう。地球に家を買ってな。ここで暮らしてるんだ。もちろん、忍者も続けてるぜ」
パイセンがオレの方に腕を回してくる。
地球人に見えるが、パイセンは異星人なのだ。
「何よ、虎徹。知り合い?」
優月が、耳元で二人に聞かれないように尋ねてくる。
「ああ。二人とも、忍者学校の先輩だ」
パイセンは決して悪い人ではない。
だが、誰に対してもノリが軽く、絡み出すとなかなか離してくれないので苦手なのだ。
「そっちの嬢ちゃんは、カノジョかい?」
来たよ。一番されたくない質問が。
「まあ、そんなとこッス」と、適当に受け流す。
「ちょっと、この娘、海賊じゃない?」と、奥さんの方が優月の正体に気付いた。
「おう、ホントだな。商売敵とデートだなんて、お前、さては……」
パイセンカップルは、優月のことを怪しんでいる。
優月の方も、半歩引いて口をまっすぐに結ぶ。今にも武器を取り出しそうな勢いだ。
どう切り抜ける? こんなところで同業者とドンパチなんてゴメンだぜ。
隠し持っていた武器を取り出そうとしたその時、先輩に肩を叩かれた。
「そうか。分かったぜ。これだろ?」
パイセンは、自分の腹をさすった。まるで半円を描くように。
「手が早いな、テッチャンは。恐れ入ったぜ。昔は女の話と無縁な奥手だったのに。それも海賊をねえ。どんな手を使ったのか教えてもらいたいくらいだぜ」
「やるじゃん」と、奥さんもオレらを祝福する。
待て。話が見えない。なんでオレが、優月を子作りしたって流れになってるんだ?
「ちょっと、虎徹! ここって……」
オレの袖を引っ張りながら、優月が俺達の立つ店を指差す。
パイセンの奥さんと同じように、ベビーカーを押す母親や、腹のデカイ女性があつまっている。
店内には、粉ミルクやおしめなど、新しい命のために用意された品物が棚に並ぶ。
乳幼児用品店の前だったのか!
だから、先輩カップルはオレたちがそういう関係だと信じてしまったんだな。
「は、はあ……」
「お前すっげえな、その歳で責任取るって、誰にでもできることじゃねーぞ!」
パイセンが、オレの型をバシバシと叩く。
「見直したぜ、テッチャン! オレ、応援するからな! 大変になったらいつでも言ってくれ。金は貸せないが、アドバイスくらいはしてやるぜ」
「そうそう、責任は取らないとね」
話に乗ってこないで下さい、先輩の奥さん! 話がややこしくなるんで!
「お嬢ちゃんもさ、ウチらにいつでも相談しなよ。一人だと大変でしょ?」
奥さんの優しい言葉と笑みが辛い。
「え、ええ、そうですね……」と、優月も困っている。
「じゃあ、オレたち、チビ助の新しい靴を買いに行くから。またな!」
盛大な勘違いをしたまま、先輩たちは嵐のように去って行った。
「どうしてくれるのよ? あんたのせいで誤解されちゃったじゃない! 責任取りなさいよ!」
優月の冷たい視線が突き刺さる。
「何だよ責任って! オレはまだ何にもしてねーだろ!」
「まだって何よ、まだって!」
顔を真っ赤にして、優月が怒り狂う。
「オレのせいかよ? お前も反論できなかっただろ!?」
「あんな空気の中でどうやって反論しろていうのよ!?」
オレたちが言い争っていると、奥様方のひそひそ話が、オレの耳に入ってきた。
いやいやいや。待ってくれ。ますます誤解を呼ぶような流れになってきたじゃねーか。
これは、退散した方がよさそうだ。
「それはそうと、あいつらは?」
よく見ると、鏡華達がいなくなっている。探さないと。
「あんたのせいで見失っちゃったじゃない! この甲斐性なし!」
「うるせえよ! いいから探せ!」
駆け出そうとすると、突然優月がオレの腕を引っ張る。
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