完成に至るまで

かなやわたる

第1話 縋り付く / 乙女心

 幼馴染という言葉がある。それは自分の小さいころからなんらかのつながりのある、またつながりのあった存在である、という認識で僕はこれまで生きてきた。なんとなくネットでその単語を打ち込んでみたときにも大体そのようなことが書かれていたのだけれど、このとき僕の中に一つの疑問が浮かんできた。それは、幼馴染とは時間と程度の定義が存在するのか、というものだった。時間というのはその相手といつから関係を持っているのかということであり、例えばその関係が小学校からなのか、保育園からなのか、あるいはそれ以前からのものなのかということであり、程度というのはその相手との親密度、つまりどれだけ仲が良いかによって幼馴染といえるかどうか決まるのか、ということである。そしてもしそれらに定義が存在するのであれば、僕が生きていたこれまでの人生において、真に幼馴染と呼べる人間は一体どれだけいるのだろうか。条件が緩ければたくさんいることになるだろうし、厳しすぎればそんな人はいなかった、なんてことになるかもしれない。しかし幼馴染という言葉が存在する以上全人類のどこかには誰かの幼馴染がいるわけで、やはり適切な条件というのは存在するはず、というのが僕の考えだ。

「相変わらずくだらんことばっか考えてるな」

 友人の日向はウインナーをつつきながらそんな僕の論を一蹴した。

「そうかな?僕は大事な問題だと思ってるけど。それに、皆どこかで直面する問題だと思わない?」

「少なくとも俺はまだ掠ったことすらないな」

「そりゃあ君には水野がいるからね」

 水野は日向の幼馴染だ。本人たち曰く、生まれたときからの付き合い、だそうなのだから間違いない。答えがいる人間に直面する問題なんてないだろう。

「それを言ったらお前も水野と幼馴染になるんじゃないのか。ずっとクラス一緒だったろ」

 それは意外な指摘だった。日向はそういうの興味ないし、覚えてないと思っていた。

「水野がよく話してたからな」

 なるほどそういうこと。でもその言葉がさっき自分がした質問の答えだってことに気づかないあたり、やっぱり日向は日向だった。

「僕なんてたかが中学の三年間クラスが一緒だっただけさ。小学校どころか、幼少期のころから一緒の君の前でそれは名乗れない」

「俺は全く構わんがな。というか四六時中一緒みたいな言い方すんな」

 日向は箸を置くと、カバンからふりかけを取り出しご飯にかけ始めた。真っ白な白米は次第に橙色に染まっていく。どうやら彼は本当にこの話に興味がないらしい。今日のはいつもの戯言とは違うんだけどなあと思いつつ、僕はちょっと意地悪をしてみたくなった。

「それに君には山城さんがいるしね」

 ふりかけをかける手が止まった。どうやら効果はあったらしい。

「今山城関係あるか?」

「さてね、あるかもしれないしないかもしれない。というか名前言っただけで反応するくらいには気にしてるんだね」

「まあ同じ図書委員だし、知った名前が出てきたら反応くらいするだろ」

 それが他の人でも同じだったらそうなんだろうけど。これ以上掘り下げようとしたら流石に怒られそうだからやめておこう。日向は、再び箸を手にとり、空いた手で弁当箱を持った。鮭のふりかけで色付けされた白米に手を出すのかと思ったけど、箸の先は所在なさげに宙を向いたままだった。

「どうしたの、食べないの?」

「なるほど……。さてはお前水野となんかあったな」

 今度はこっちの動きが止まる番だった。図星だ。

「よくわかったね」

「さっきのやり取りでなんとなくな。それの相談を山城にしたいってことだろ」

 僕は日向に相談をしようと思っていただけで、正直そこまでは考えてなかったけど、それもいいかなと思えてきた。山城さんはちょっと不思議な人だけど悪い人ではないだろうというのはなんとなく察しがつく。僕の興味が湧くくらいには日向と仲良さそうだし。でも相談するきっかけを探していたとは言え、先に日向に気づかれてしまったというのは、なんというか思わず墓穴を掘ったときのような、思わず間違いを犯してしまったかのような、そんな感覚になる。別に掘ってもいい穴ではあるんだけれど。

 当の日向は僕の思惑を当てたことに対して得意げになるでもなく、淡々と白米を口に運んでいた。

「で、君は迷える子羊の相談事を聞いてくれるのかい?」

「その様子じゃそんな深刻なもんでもなさそうだしな。そうだな、今日の放課後でいいか?」

「僕部活あるんだけど」

「俺だって図書委員の仕事がある。それに」

 日向は窓の外に目を向けた。

「午後から降るっぽいしな」

 なるほど、それなら僕の所属しているテニス部はいつもより早く部活が終わるだろうし、日向も図書委員があるのなら山城さんともちょうどいい時間に落ちあえるだろう。吹奏楽部である水野と帰る時間が合わないあたり、これ以上ない条件だった。

「あ、それとなお前。これはその話とは関係ないんだが」

 ん、なんだい?

「飯は早く食ったほうがいい。昼休み終わるぞ」

 時計を見ると、昼休みは残り十五分ほどだった。日向の手元には、さっきまであったはずの弁当箱がなくなっている。そういえば昼休みマネージャーに用があるんだった。僕は慌ててご飯をかきこんだ。

 

 

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