【28】寿郎の初体験?

助手席には遺影を持った渡辺さんが座り

後部座席の方に位牌などを持ったえりかさんと寿郎が座る。翼と幸栄さんはある程度の

片付けを終わらせてから火葬場へと出発することとなった。


「それでは出発致しますね、自宅など聡さんの思い出の場所などありましたら寄ることもできますが、どこかありますか?無いようでしたらこちらで決められたルートを通って火葬場へと向かわせて頂きます。」


『…えりかちゃん、どこかある?私はとりあえず自宅の前しか思いつかないわ…。』


『…そうですね、私もそれで大丈夫です。』


「かしこまりました。」


渡辺さんの自宅前を一周して、焼鳥屋へとむかうことにする、勿論焼鳥屋の前を通ることは二人には言っていない。

自宅前を通ると、渡辺さんは今まで抑えていた涙がまた溢れてきて声を出して泣いている。哀しみの感情に包まれている車内の空気につられて俺も泣きそうになってしまったが

運転手である俺が泣くわけにはいかない。

気を取り直して、火葬場から少し離れた焼鳥屋の方へと進路を変更する。えりかさんは見覚えがある場所なのか窓の外を真剣に眺めていた。


『…あっ。』


小さな声を上げたえりかさんに、鼻声の渡辺さんが話しかける。


『…えりかちゃん、どうかしたの?』


『…ここ、焼鳥屋の近くです…。

聡さんが刺された場所…。』


『え?…岩崎さんどうして…?』


「申し訳ありません、私の独断でこの道を通らせて頂きました。お二人が、佐藤さんを憎み顔も見たくないと思っていることは重々承知しております…しかし、犯人は佐藤さんではありませんよね?自分のせいでこうなったと思い、謝ることしかできない佐藤さんの気持ちを少しでもわかってあげませんか?勿論許せとはいいません、ただ全てを佐藤さんのせいにするのも違うと思いまして…」


俺が話を、終えると助手席側に佐藤さんの焼鳥屋が見えてきた。店の前にうずくまる黒い人影。佐藤さんは、喪服を着たまま地面に頭をつけ土下座をしていた。そして霊柩車が前を通り過ぎると立ち上がり、最敬礼をして見送っている。


『…岩崎さん、ありがとうございました。

きっと、聡も私達が佐藤さんを憎み続けることを望んではいないですよね…。』


ルームミラーで、寿郎の様子をみてみると

渋い表情をしながら頷いている。

自分の思い通りの展開に納得したようだ。

一つ気になるのは、この後、寿郎はどうなってしまうのかということ。翼と一緒の時は二人とも幽霊の手助けに行ってしまったが、寿郎に霊感があるという話を聞いたことはない。遠回りをした車は、もうすぐ目的地の火葬場へと到着する。最後の坂道を登り始めた時、いつもの霧が姿を現し始めた。


『なぁ、匠?これが噂の霧なのか?』


「あ、寿郎にも見えているんだ、いつもは火葬場前の駐車場に到着して車が停まった後に霧が深くなって故人が現れるんだけど…

お前、霊感とかあるの?」


『…そんなものはない!今まで見えたことも、金縛りすらないな…。』


「じゃあきっとお留守番だな?ちゃんと話

聞いてくるから、楽しみにしとけって!」


『……あー、俺も行きたい!!!』


車を停めて、寿郎が大声を上げた瞬間、

助手席のほうから男性の声が聴こえてきた。


"あのー?どこに行きたいんですか?"


『う、うわっ!出た!!え?

何で俺にも見えているんだ?』


「あら、寿郎にも見えてるのね!あまりにも聡さんに会いたいと思いすぎた念が見させてくれたんじゃないのー?」


"お二人とも、俺の声が聞こえているみたいですね、改めまして渡辺聡と言います。"


「この度は突然のことで大変でしたね、聡さん…何かやり残した事があるから俺達の前に出てきたんですよね…?」


"え、何でわかるんですか?そう、そうなんですよー!本当、佐藤さんの恋人に殺されるなんて思ってもいなくて…。俺と佐藤さんはね、お互いに結婚の相談をしていたんです。佐藤さんは、男の人が好きでお付き合いしている人がいるから認めてくれって自分の親に会いに行こうとしてて、その事の相談を受けていたんです。…俺はそろそろ、えりかと結婚したいなと思ってたので、プロポーズの場所とかをね佐藤さんに相談してたんですよ…ほら、佐藤さんあんな見た目だけど、心は女子だから的確に質問に答えてくれてたんですよね。それで、頻繁に連絡を取り合っていたものだから、佐藤さんの恋人が勘違いしちゃったみたいで…この結果です。"


『何か複雑な理由があったんだな。それで、聡さんのやり残した事って何なんですか?』


"…はい、もうえりかと結婚することは叶いませんが手紙を書いて、用意していた指輪を彼女に渡したいんです。それがあることによって、彼女を縛り付けることになるかもしれない…そうも思いますが、えりかはまだ若い!だからこれから先好きな人ができることもあるでしょう、こんな悲しい思いをさせてしまったお詫びとして、もしその時がきたらその指輪を売って、結婚祝いとして使ってもらいたいんです。置いておいても、勿体ないでしょ?後、母は多分少し勘違いをしているかもしれないので、その誤解も解いておきたいですね。"


「わかりました、手紙を書いてえりかさんに渡し、お母様の誤解を解くということですね。では、俺の左手を握って行きたい場所を念じてください。寿郎はいけるかどうかわからないけど、とりあえず俺の肩を掴んでおいてくれる?」


『お、おう。やってみるわ!』


「それでは行くぞ?……"残夢の元へ"!」

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