【5】夢の後先

『はい、松本です。…ハルちゃん?』


『…良治さん、私です、ハルです。

突然ごめんなさいね。元気でしたか?』


『うん、毎日訓練ばかりでクタクタだけどね、何とかやっているよ。ハルちゃんは風邪をひいているみたいだけど、大丈夫?』


『心配かけてごめんなさい、体は元気なんだけど喉の調子が悪くて。良治さん、私ね、

あなたにずっと言いたいことがあったの。

最後のお別れの時は人が沢山いて、キチンと言えなかったから。』


『実は僕も、君に言わないといけないことがあって…よければ先に言わせてもらってもいいかな?』


『わかりました、…なんでしょうか?』


『僕は、明日特攻に行くことになった。だから僕が田舎に戻って君と結婚することはできないんだ…。本当にゴメン。僕のことは忘れていいから、別の誰かと一緒になって君には幸せに生きてほしい。夜に手紙でも書こうと思っていたんだけどね、まさか最後の夜に君と話ができるなんて…僕はそれだけでも今日幸せな眠りにつける気がするよ。ハルちゃん、今まで本当にありがとう。僕の話はこれで終わり。ハルちゃんはなんだったの?』


『良治さん…、私やっぱり会いたい。会ってちゃんと伝えたいの…。一時間後に良治さんの家の近くの海辺で待っています。』


泣くのを必死にこらえた様子で

電話を切った田中さん。

私達は急いで海へとむかった。

最初に出会った時とは違い、無口な彼女に

私はかける言葉が見つからなかった。

そのままの姿で会う決意をした田中さんと

良治さんの最期をキチンと見守ろうと思う。


波音以外に雑音のない静かな海辺。

空襲を恐れ、民家の電気もほとんど隠された

状態の沖縄の空には現代では考えられない

ほどの星達が瞬いている。

田中さんは一人で砂浜に座り、空を眺めながら彼の到着を待っていた。約束の時間を少し過ぎた頃に彼女に近寄る人影が見えた。


『…良治さん?』


『…ハルちゃん、僕だよ?』


『良治さん、そこで立ち止まってそのまま

私の話を聞いてくれますか?』


歩みを止めた人影がその場に座り込む。


『良治さん、信じてくれないかもしれないけど…実は私、あなたに会う為に未来からやってきたの。未来の私はね、今日死んじゃったんだけど、あの世に行く前にどうしてもあなたに会いたいと思って時間を飛び越えてきちゃった。どうしてもあなたに伝えたい言葉があって、聞いてくれますか?』


『え?どういうこと?未来から?…ちょっとよくわからないや…。でもそこにいるのは、ハルちゃんなんだよね?手紙の内容もさ、

ハルちゃんと僕しか知らないことも書いてあったし…』


『いきなり信じろって言われても難しいわよね。私が良治さんでも"何言ってるの?"って言うと思うわ。残酷な未来かもしれないけど聞いてくださいね。良治さん、あなたはもうすぐ亡くなります…。私はねあなたのご両親から良治さんが亡くなったと聞いたんだけど

"息子はお国の為に立派な最期をとげました"

って、ただ良治さんがもうこの世にいない事実を告げられただけで、どこで亡くなったのかとか何も教えてもらえなかったの。

私には死んだとか言っているけど、本当は

生きているんでしょ?とか考えたりしてた。

そして、良治さんの死亡通知がきてすぐ、日本は戦争に負けたの。良治さんは生きていてやっぱり帰ってくるんじゃないかと思って…毎日毎日電車が到着する時間には駅に行くことが日課になった。でもあなたはいつまで経っても帰ってこない。しばらくそんな生活を続けていたんだけど…良治さん?戦争が終わった後の日本はね、世界で一番になるくらいの凄い経済成長をして凄く豊かで平和な国になるの。もう戦争はしないと世界中に宣言して、国民全員が未来へ向かって進んでいく姿を見て、私も前に進まないといけないと思った。そこで私は近所のおばさんの紹介でお見合いをしてその人と結婚するの。子どもにも恵まれてごく普通で幸せな日常を送っていた。でもね、良治さんのことを忘れたことは

一度もない。それだけは信じてね?数年前に主人も死んじゃって、いよいよ私にも死期が迫っている…そう感じた最後の数日もね、ずっと良治さんのことを考えてた。そして最期に逢いにきたのよ。』


『そうか…やっぱり僕は明日死ぬんだね。

特攻に行くことが決まってから、君のことばかり考えていたよ。決まった時はね、回りの空気もあって"よし、お国の為に死んでやる"

って気持ちも昂っていたんだけど、その日が近づくに連れて、明日戦争が終わらないかな?とか全然男らしくないことばかり考えてた。…ハルちゃん教えてくれてありがとう。君が生涯をかけて僕のことを思い続けてくれていた。未来の君は幸せに生きていた。それを知れただけでも、僕は安心して明日を迎えることができる。

…ハルちゃん?近くに行ってもいいかな?』


『…私、お婆ちゃんだよ?』


『僕はハルちゃんがお婆ちゃんだろうと

幽霊だろうとなんだって構わない。』


立ち上がり田中さんの元へと

近寄っていく良治さん。

田中さんの顔を両手で優しく包み込んだ後

二人の影が一つになった。


『良治さん…私はあなたのことを

今でも心の底から愛しています。』


『ハルちゃん、僕も愛しています。それにしても…ずいぶんお婆ちゃんになったね!この皺もさ?それだけ頑張って今まで生きてきた証拠だ、僕の分まで長生きしてくれてありがとう。それにね、この綺麗な眼はやっぱりハルちゃんだ。若い頃と全然変わっていない。お婆ちゃんになっても可愛いよ?

…僕はおじいちゃんになることが

できないから、少し羨ましいや。』


『もう…、やっと告白できたのに

バカなことを言わないでください。』


『ごめんごめん!でもやっぱり悔しいな。

僕の手で君を幸せにしてやれなかったこと…。それでもね、今こうして最後にまた君に会えた!それだけでね、僕はこの世にもう思い残すことはないよ?死に方は正直無駄かもしれないけれど…僕はこれからも君の中でずっと生き続けることができるんだからさ!本当にありがとう!』


田中さんと良治さんの影が離れた瞬間

田中さんと私は眩しい光に包まれ始める。

そして気がつくと私は火葬場の駐車場の

霊柩車の中にいた。

隣には不思議そうな顔をした、田中さんの

遺影を抱いた息子さんが座っている。

私は夢を見ていたのか?

火葬場の入口には、匠君達が棺の搬出を

手伝う為に待ち構えていた。


運ばれていく棺を見送っていると後ろから

"翼ちゃんありがとう、行ってくるわね"

という声が聞こえ、心地よい風が私を

包み込むように吹き抜けていった。

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