【3】婆さんの夢

『それでは向かう前に、私の夢を軽く説明するわね。ちゃんと聞いておいてよ?実は私にはね、どうしてもこの世で会っておきたい人が居るの。成仏しちゃったら、あの世でその人に出会えるとは限らないし、もしかしたら既に生まれ変わってるかもしれない。しかも成仏したら記憶もリセットされるかもしれないじゃない?だから、彼のことを覚えているこの世で最後にもう一度会いに行きたいの。まぁその人も亡くなってるから、本当に会えるかどうかはわからないんだけど。』


ふざけた婆さんだと思っていたが違ったようだ。確かに私が田中さんの立場でも最後にもう一度、匠君に会いたいと思うだろう。


「わかりました、先に亡くなった田中のおじいさんに会いにいくわけですね。どうするのかは知りませんがお付き合いしますよ。」


『……、いや実は違うのよ。私が会いたいのはね、若い時に結婚の約束をしていた婚約者なの。これは私がピチピチの20代前半だった頃の話なんだけど…今でいう婚活パーティー?みたいなところである人に出会ったの。その時は特に印象も残らないような地味な人だった。特に引かれる人もいなくてその集まりは終わったんだけど、ある日偶然、街でその地味な彼に再会したのよ!運命だったのよね~きっと。それから交際するようになって、お互いの両親にも紹介して後は結婚するだけ!っていう時にね彼に赤紙がきたの。

赤紙ってわかる?戦争に行きなさいっていう命令が書かれた紙切れ。その紙切れ一枚のせいで私の人生は大きく変わってしまった。

昔はね、戦争に行くことは国民の誇りだったの。お国の為に戦えることを喜びなさい、お国の為に贅沢は我慢しなさいって小さい頃から教育されて洗脳されるんだから恐ろしい時代よね。戦争は嫌だとか国の悪口なんて言ったら非国民だ!って逮捕されちゃうのよ?

そんな時代だったから、勿論結婚は延期。

親からは彼が帰ってきたら結婚しなさい、

お国の為に戦いに行くんだから素晴らしいことなのよ?って言われたわ。

あなたならそんな話、納得できる?戦争に

行くなんて死にに行くようなものじゃない?

でも、その当時、親の言うことは絶対。

反抗なんてできる世の中じゃなかった。

私はキチンと笑顔で送り出したわ。

"お帰りをお待ちしております"ってね。

彼は笑顔で"行ってくるよ"と言っただけ。

それが彼と私の最後だった。


私は毎日、戦争が終わるのを待ち続けていたわ。でも彼が戦争に行って三ヶ月後、

"彼は死にました"っていう国からのお知らせが届いたの。彼の両親からそのことを聞いた時もね、"息子はお国の為に戦って立派に死んでいったのよ"とか言ってて…。あぁこの国の人達はこれがおかしなことだという感覚さえ奪われているんだなと思った。

しかもね彼の死亡通知が届いて、二ヶ月後には戦争が日本の敗北という形で終わったの。

後、半年早く戦争が終わっていたら、彼と私の未来はもっと違うものになっていたのに。

戦争が終わったって聞いた時は本当悔しかった。彼の無駄死にが確定しましたって言われているみたいでね。知ってる?戦争が終わった年の男の人の平均寿命がね23.5歳という話もあるのよ。産まれても栄養失調で育たなかったり、戦争に行って死んだ人がそれだけ多かったんだろうね…。

まぁ婆さんの昔話はこのくらいかしら。

簡単にって言ったのに長々とごめんなさい!

年寄りの悪いところよね~。ということで

私は、彼がどんな場所で最期を迎えたのかを知りたくてね。そして彼に一度も言ったことがなかった"愛してますよ"と言う言葉を伝えに行きたいの。』


田中さんの会いたい人物が田中のお爺さんではなかったことには驚いたが、私はお婆さんの元婚約者に会いに行きたいと思った。


「…わかりました。では早速向かいましょう。私はどうすればいいですか?」


『よし、それでは早速行きましょう!私の右手を左手で握ってくれる?右手はハンドルで。そしてこう唱えるの、"残夢の元へ"』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る