【1-2c】多田鉄幹
まだ昼時だが騒々しい。
王都の王城、セフィロトから伸びるメインストリートから外れた酒場『ディートリッヒ』に迅はオルフェに連れられてきた。
客層は非番の騎士や王都に立ち寄った冒険者、商人が飯と酒に立ち寄っており、若すぎる迅は本当は入れないが、オルフェが同伴しているので酒は禁止という条件付きで入店できた。
迅たちは酒場のマスターに向かい合うカウンター席で昼食をいただくことにした。
迅はオルフェと同じ紅く透き通ったジュースをちびちびとすすり、背中に突き刺さる視線を紛らわすため、オルフェに話題を振ることにした。
「なんか……、大変そうですね、学校も……」
「ん……? まぁ、ね……。君より年上もいるけど、君くらいの年頃ならそんなものさ。未熟だが全てを知った気でいる。そこが可愛かったりするんだけどね」
「でも、先生を相手にしてる感じがしませんでした。うちの学校でもあんまり見かけないかも……」
「今の生徒は特に優秀らしくてね。早く勇者を擁立したい学院が便宜を図ってるんだよ。『S級権限』とかね」
「それは?」
「Sクラスの中でも優秀な生徒たちを生徒のリーダーに任命して、教官と同等の権限を与えられるんだ。それがS級権限。ある程度の理由があれば、さっきみたいに授業から外れて自習にしたり、王都が危険にさらされたら騎士のように国の防衛に加担することもできる」
「うちの学校でいう生徒会みたいなやつですかね?」
「うーん……、そのセートカイというのは分からないけど、まぁ、生徒の代表だね、要は」
そうこう話をしていると横からウェイトレスのお姉さんが料理を置いてきた。麦のような穀類に黄色いスパイスと貝類をあえたパエリアのようなものだった。オルフェも同様のものをいただいた。
迅は木の匙でパエリアもどきを口に運んだ。
「あ、おいしい……。貝のだしが効いてますね」
「口に合うようで良かったよ。案外、食には困らないだろう?」
迅の食が進む中、ドアが強く開けられた。入ってきた足音の主は黙って迅の左隣にドカッと腰掛けた。
迅の匙が止まる。隣の誰かの目線を感じたのだ。顔を動かさず眼球だけ動かして左を見る。
視界が眼鏡のレンズから外れてぼやけているが、金髪そして学院の青のジャケット。グラウンドで戦っていた生徒だ。
「おや、テッカンくんじゃないか?」
オルフェが迅の左隣に気づいて、声をかけた。迅は警戒を解いてレンズ越しに顔をテッカンに向ける。
「オルフェ」
「『先生』をつけてくれよ……。可愛くないな……」
「うっせーな」
迅を跨いで向こう側のオルフェに悪態をつくと、また迅を凝視する。目を合わせまいと迅はレンズの外へ目を逸した。
「なぁ、お前もしかして日本人?」
「へ……?」
「日本人だよな? あれ? 中国か?」
「い、いや……。日本人です……」
「やっぱりか!」
テッカンと呼ばれた男子生徒が掌で迅の背中を叩き、迅はむせてしまう。テッカンが「わりぃ」と謝ると、目を輝かせてテーブルに身を乗り出して迅に喋りかける。
「オレ、
「ゴフッ……、てるき……迅です……」
「オォ! 久々の日本人名来たぁ!」
鉄幹が暗そうな雰囲気から打って変わって今は嬉々としている。迅は口を抑えて喉の調子を整えた。
「やっぱお前もアレだよな!? 変なのに引きずり込まれて……」
「あ、はい」
「ほぅ、同郷だったのかい?」
オルフェが二人の話の間に入る。すると鉄幹は怪訝そうにオルフェに顔を向けた。
「つーか、なんでここにいんの? 今日授業休んだよな?」
オルフェは迅に学院での用事を話した。迅が学院に受け入れられなかったことも。聞いた鉄幹は置かれた水を一飲みしてコップをダンと置いた。
「クソだな、あのヒゲ。ま、入んなかったのは正解だぜ。どいつもこいつも頭湧いてやがる」
「というより、君もどうしてここにいるんだい? 君のサボタージュは今に始まったことじゃないけど」
「あぁ、退学らしいぜ、オレ。試合に負けたから」
「試合? 確か、『戦力裁定』と言っていたかな?」
鉄幹はオルフェとの話の間で、ウェイトレスのお姉さんを呼び止めて、迅たちと同じものを頼んだ。
「あのキノコ頭とSクラスのお嬢様が因縁つけてきたんだよ。『お前はこの学院に必要ない』とか言って。ま、学校生活もウンザリしてたしな」
「君はまた勝手に……。これからどうするんだい?」
「まぁ、適当な仕事探すしかねーけど。宿は……安いとこ探して……」
「あの……、彼を集落に泊めるのは……」
ぎこちなさそうに割って入った迅が提案し、オルフェが考え込む。
「採取班、男手が足りないって言ってましたし……」
「オイ、なんだよ集落って?」
「私が時たまに教えに行っている村だよ。まぁ、人は受け入れられると思うけど、テッカンくんはいいのかい?」
「住めればなんでもいいわ。あ、働くならコイツと一緒にしてくれよ」
と迅の肩に腕を乗せてきた。馴れ馴れしく接する鉄幹に迅は苦手意識こそあったものの、初めて彼を見たときの嫌悪感はなくなっていた。なにより、日本人仲間ができたことに安心感を覚えていた。
昼食を済ませた後、鉄幹の転居のために寮へ荷物を取りに行くことになった。迅とオルフェも人手として同行することになった。
本校舎の屋上。そこは庭園となっている。
色とりどりの草花が温室の中で、日の光を浴びて、雨風に脅かされることなく丁重に育てられる。
その中央は芝生で敷き詰められていて、白いケープを身に着けた4人の男女たちがその芝生の上にレジャーシートを敷いてランチを楽しんでいた。
「新入生に魔族が……?」
サンドイッチに手を付けたアーサーに噂話が耳に入る。
「はい。先生方の中でも噂になっています。抜剣の儀の最中にカリバーンに拒絶反応が起きたとか……」
と、噂を伝えたのはアナスタシア。アーサーと同じくサンドイッチを手に持っている。
「僕もそれは聞いたよ。結局、理事長は入学拒否したってね」
そう言うのは、亜麻色の髪の少年。顔立ちや姿勢に優雅さが滲み出ており、水筒から注いだハーブティーを味わっていた。
「でも、今更戦力が増えたってねぇ……。ワタシらがいれば、魔王も余裕でしょ?」
高を括った風を見せるのは、長身でショートの銀髪の少女。スカートの下にスパッツを履いているものの、脚を崩して無防備にくつろいでいる。
「ねぇ! アンタどう思う!?」
銀髪の少女が少し離れたベンチに座るもう一人の少女に呼びかけたが、
「……」
「はぁ……。あの娘、ワタシらの輪に入るか入らないかハッキリしないな……」
とレジャーシートの3人に向き直って悪態をつく。すると、アナスタシアの読心のブローチが赤く濁っていることに気付く。
「ねぇ、アナ。誰か呼んでるんじゃない?」
銀髪の少女に言われて気づいたアナスタシアが、胸のブローチを指で触れるとブローチは緑色に濁る。アナスタシアは目を閉じて、
「アナスタシアです。……。またあなたですか……。どうしましたか? ……。ええ、存じております。……。ああ、そうですか。ではお連れした後、またご連絡を」
目を開き、ブローチから手を話すとブローチは元の青色に戻る。亜麻色の髪の少年が尋ねる。
「誰からだい?」
「Aクラスのローピナスさんからです。先程の新入生のことを聞いたらしく……」
「まーた新入生? てか、うちの生徒でもないのに、ご執心だこと」
銀髪の少女が面倒くさそうに言うが、
「仕方ないですよ。彼はお母様を魔族に殺されていますから……」
サンドイッチの最後の一口を咀嚼して、アナスタシアは立ち上がって屋上庭園を後にしようとする。
「あれ? もう行くのか?」
とアーサーが呼び止めると、アナスタシアは彼に振り返る。
「グラウンドの申請です。お昼が済みましたら、皆さんもいらしてくださいね」
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