【1-2b】S級権限
ドガァッ!!
オルフェは授業中で無人の廊下のゴミ箱を思いきり蹴り飛ばした。ゴミ箱は脚の形に綺麗にへこみ、紙くずが散乱する。
迅はその顔をうかがい知ることはできず、後ろで内心オロオロしていた。
「あ、あの……、オルフェさん……?」
「はい。何か?」
顔色をうかがう迅に振り向いたオルフェの顔はニッコリと、輝かしいくらいのニッコリとした笑顔を向けた。
「……」
迅は顔を引きつらせて言葉を失った。オルフェはご丁寧に散らかったゴミをゴミ箱に戻す。
「フフ……。気にすることはないよ、ジンくん。彼はきっと、就職活動の流れでなんとなく教員になってしまったのさ」
ゴミを元に戻すとオルフェは無人の廊下を歩き、後ろをついて来る迅に言い聞かせる。
「まぁ、君の剣については私を通せば検査とかはできるからね。あとは……、剣の指南は私では力不足かもしれないな……」
「いや、元々戦うつもりはないので、大丈夫ですよ……」
「とはいえ、体力はつけておいた方がいいだろう。いつでも逃げられるくらいにはね」
「うっ……、運動は苦手なんですが……」
運動を避ける言い訳が反射的に口から出ると、オルフェはふふふと笑みを漏らす。
本校舎から出た時だった。オルフェが急に立ち止まる。
「どうしたんですか?」
「……。グラウンド……、誰か使っているね……。今は実技の時間ではないはず……」
迅は目を閉じて聴覚に集中するが、何も聞き取れなかった。これはあのオルフェの尖った耳がいいのかと疑った。案の定、
「ああ、私の種族は耳がいいんでね。グラウンドから剣の音が聞こえるんだ。ちょっと付き合ってくれるかい?」
迅は無言で頷くと、オルフェについてグラウンドへ向かう。
グラウンドは、日本の学校のものとはそれほど大差がない。一周200メートルほどのの赤土のグラウンドの周りに競技場のように観客席が設けられている。
迅とオルフェがグラウンドにたどり着くと、授業中のはずが生徒が十数名そこにいた。
二人の生徒がグラウンドの中心で剣を使って戦っていた。
迅が目を凝らして見ると、一人は赤いケープを羽織っている栗色でマッシュルームカットに切りそろえた髪の男子。つまりはAクラス。
もう一人は金髪だが、毛根あたりが黒いので金に染めているのだろう。ケープを着ずに制服も崩して着ており、目付きが鋭く、迅は苦手なヤンキータイプだと悟った。
お互いに剣を剣で弾き合うが、ヤンキーの生徒は剣の振りが大きく、弾かれると自分も仰け反り、また相手に振るっても今度はかわされてしまっていた。
他の生徒は二人から離れて見ている者や観客席の最前列で観戦している者もいる。
「君たち!」
オルフェの一声がグラウンドに響き、戦う二人や観戦していた生徒もオルフェの方を振り向いた。観戦していた生徒は後ろめたそうに顔を青くしていた。オルフェは観客席の最前列まで降り、迅もそれについて行く。
「今は実技の時間ではないはずだが? 誰の断りで使ってるのかな?」
観客席の生徒たちは俯いて言い訳を考えるように口籠っているが、ヤンキーの相手をしていた生徒がオルフェの近くまで歩み寄って、
「今、Bクラスの彼の戦力裁定を行っていたんですよ。アナスタシアさんの立合いの下で」
剣先で片膝をつくヤンキーを指し、まるで正当なことのように事情を説明した。
すると、相対する二人より奥で戦いを見ていた女子生徒が観客席まで優雅な足取りで歩み寄ってきた。
ウェーブがかかったブロンドと白いケープを歩くたびになびかせながら、オルフェに語りかける。
「オルフェ先生。これは『S級権限』に則った正式な試合です。他の生徒の観戦も数人に限定してワタクシが許可しました」
気まずそうにしていた生徒たちはありがたそうな眼差しでアナスタシアに振り返る。
オルフェはやれやれと首を横に振る。
「また『S級権限』かい……? 権利の乱用、先日注意したはずなんだけどねぇ……」
「これは、学院長から与えられた正当な権利。それは尊重されるべきです。ちなみにグラウンド使用許可も申請しております。アナタに咎められることは一切ございません。それでも反論があるならお聞きしましょう」
オルフェはため息とともに沈黙する。他の生徒のかすかな嘲笑が聞こえる中、オルフェが口を開く。
「アナスタシアくん。将来君がいい剣士となって、世界を平和に導いてくれる。それを約束してくれるなら私も多少のことは目をつむるつもりだ」
「ご理解いただけてなによりです」
アナスタシアがニコリと笑顔で返すが、
「ここからは忠告だよ」
オルフェが言い聞かせるように強調し、アナスタシアが笑顔を解いた。
「自由と権利は拘束されない。それはつまり、責任は誰も取ってくれないということだ。それだけは、私から言わせてほしい」
そう言うオルフェにアナスタシアは冷ややかな目で見据えると、ニッコリと笑顔を作って
「肝に銘じておきますわ。先生」
アナスタシアがそう言うと、オルフェは踵を返して迅とともにグラウンドを後にした。
迅がグラウンドを怖いもの見たさでチラ見すると、ヤンキーのギロリとした目とあってしまい、そそくさと逃げるようにオルフェの後をついて行った。
オルフェが去ったあとのグラウンド。アナスタシアたちがオルフェの姿を見送ると、仕切り直すようにアナスタシアがグラウンドに向き直る。
「さて。少し邪魔が入りましたが、まだ続けますか? テッカンさん」
片膝をついたヤンキーに向かって言うと、隣にいた対戦相手が蔑視する。
「もういいだろう、Bクラスのテッカン。授業態度、学業成績、剣術実技、そして霊晶剣の適合率。全てにおいて君は最低ランクだ。君でも足手まといの意味は分かるだろう?」
「なんだと……?」
テッカンは立ち上がり、右脚を引きずりながら相手に歩み寄ると、胸ぐらをつかんだ。
「強い剣に選ばれただけで調子こいてんじゃねぇぞ!! 剣がなかったら何もできないクセによ!!」
「フラガラッハ」
アナスタシアが瞬時に取り出したレイピア型の霊晶剣を胸に掲げ、一瞬の閃光とともにテッカンは胸ぐらを掴んでいた手を離して尻もちをついた。
「勝負の結果は明白です。戦力裁定試合をもって、Bクラスのテッカンさん。アナタの退学をここに通告します」
「……。チッ……!」
テッカンが舌打ちすると、右手に握っていたサーベル型の剣を投げ捨てて、グラウンドを立ち去った。
「アナスタシアさん。今回はありがとうございました。彼にはほとほと困っていたんですよ……」
テッカンが立ち去ったのを確認して、対戦相手の生徒がアナスタシアに礼を言うと、アナスタシアは目を閉じて、
「礼には及びません。使命を全うできない者は勇者にふさわしくありませんから。『アーサー』の手を煩わせる必要も……」
「俺がどうかしたか?」
その声でアナスタシアは嬉々とした顔で観客席に振り向いた。霊晶剣フラガラッハを光に戻す。
艷やかな黒い短髪を風になびかせ、美女とも比肩する端整な顔立ちが目を引く少年が観客席の最前列まで降りてくる。Sクラスの証の白いケープ、そして知らない者はいない顔に他の生徒たちもざわつく。
少年は客席の塀を乗り越えてグラウンドに降り立った。彼にアナスタシアは近すぎるくらいに駆け寄る。
「アーサー! どうしてここに?」
「いや、もう昼休みだから……。アナがグラウンドにいるって聞いて……」
「ああ、すみません! 皆さんはもう先に行ってますよね?」
「行こう。みんなアナを待ってる」
「ハイ!」
少年、アーサーがグラウンドを立ち去ろうとすると、テッカンの対戦相手が睨んでいた。アーサーはそれを一瞥してアナスタシアとともにグラウンドを抜けて行った。
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