最高の一日

「……なさい」


 何だ? うるせえな、もう少し寝かせてくれよ。こんなに気持ちの良い睡眠は久しぶりなんだ……。


「朝よ、起きなさい。ご飯できたわよ」


 ご飯、その単語で急速に覚醒する。目が覚めて辺りを見渡すと見知らぬ部屋だった。


「あれ、ここ何処だ?」

「呆れた、覚えてないの?」


 待て……段々思い出してきた。半分寝ていたとはいえ相当無茶なことしたな俺。そして……


「ん? 何よ」

「いや、何でも」


 コイツも良く受け入れたな? だがそのおかげで久しぶりの安眠だ。感謝しよう。

 俺はベッドから降りた。それを見てイーナもキッチンへと歩き始めた。


「イーナ」

「何?」

「ありがとう」


 するとこっちを振り返ろうとしたイーナの足がもつれ、勢い余ってコケた。コイツ昨日からよくコケるな。


「大丈夫か」

「あの、もう急にビックリさせないでね! アンタがいきなりお礼なんて……!」

「まあそれは良いから。飯にしよう」


 混乱と照れが混じっているのか顔を真っ赤にして動揺しているイーナを連れてキッチンに向かう。


 相変わらずの美味い食事に満足しているとイーナが先程から眠そうにしている事に気がついた。


「どうした? 寝不足のようだが」

「おかげさまでね!」

「嫌だったならどかせばよかったじゃないか」

「嫌とは言ってないわよ……ただ、異性と一緒に寝るなんて……アンタは平気そうね? やっぱ慣れているのかしら?」


 少し唇を尖らせるイーナ。心外だ。誤解は解いておこう。


「失礼なやつだな。俺は呪いのせいで嫌われる努力をしていたんだから、誰かと一緒に眠るなんてこと出来るわけ無いだろう」

「そ、そうだったわね……ごめんなさい」

「お前で三人目だ」

「待ちなさい」

「ごちそうさま。さて、ボチボチ模擬戦するか!」

「お粗末様。待って。誰、後の二人!? 私の知ってる人? もしかしてルビア?」

「お。いい天気だ!」

「待ちなさいと言ってるでしょ!」


 いらん事言ったな。


 本当にいい天気だ。深呼吸し太陽の香りを感じる。昨日までとは別世界のようだ。まだまだ問題はあるが、何となく何とかなる気がする。


「黄昏れちゃって、余裕そうね」


 その前に人類最強に勝たないとな。


「賭けは覚えているか?」

「ええ。私が勝ったらフユ。すぐに何処かに消えなさい」


 ……何処までも優しいなコイツは。監禁される前に目の届かないところに逃げろ、というのか。だが、そういうわけにはいかない。


「俺が勝ったら……いや勝った時に言うわ」

「勝てるのかしら?」


 約十メートル前でプレッシャーが増していく。本当に人間かコイツ? だが勝つ。勝たなければいけない。


「俺が何回お前勝ったと思っている? 負け癖のついた女との戦いなんて余裕さ」

「そう、じゃあ勝ってみなさい!」

 

 その言葉を合図に視界から消えるイーナ。全く見えなかったが……


「ここ!」

「何で!?」


 背後からの一撃を何とか受ける。そしてそのまま反撃へと移行。


「遅いわよ!」

「そうだろうな!」


 わざと隙を見せ攻撃を誘う。が、以外にもイーナは慎重で攻めてこなかった。そしてまた視界から消えた。


「上か!」

「正解よ!」


 半歩で躱し、イーナが降りてきた瞬間を攻める。が、着地の衝撃がなかったかのように後転で避けられた。深追いして追撃。だが転がっていた体制から瞬間普通の体制に戻り、厳しい反撃が飛んできた。


「やるじゃない! 昨日の腑抜けっぷりは何処にいったのかしら!」

「残念ながら昨日でお終いだ!」


 俺が何故ここまでイーナと戦えているのか? 一つにはもちろん呪いの影響がある。まだまだ俺を憎く思っているやつはいるということだ。だが当然それだけではここまでの戦いはできない。


 もう一つは経験、である。腐っても勇者。この世界に来てから数年間、戦いに明け暮れる日々だった。この数年での戦闘経験の密度は尋常じゃなかった。そのおかげでイーナがどう動くか、ここで仕掛けると不味い、といったことが何となく分かるようになっていた。


 最後の一つはイーナと戦うのが一度や二度ではないこと。癖がある程度分かっている。二つ目の理由と合わせて対イーナに限ってはかなり良い戦いが出来る。


 だがそれだけでは足りない。いい戦い、ではなく勝たなければならないのだから。そのためには少々危ない橋を渡る必要がある。


 剣撃を交わした後、少し距離を取ったイーナに対して一本目の剣を投げる。


「えっ!? くっ!」


 とっさの意外な攻撃にもかかわらずイーナは剣で受けた。だがその隙にイーナに近づき、二本目の剣を更に投げる。


「甘い!」


 これは完璧に見切られていた。だがほんの一瞬の足止めに成功したから問題ない。俺は今素手。イーナからすれば絶好の的だろう。


「奇をてらったつもりだったんだろうけど、これでお終いね!」


 こちらに為すすべが無いと思ったのか無理な体制のまま攻撃を仕掛けようとしてくるイーナ。この時を待っていた! 隠し持っていたナイフを手に持ち、一歩また一歩近づく。


「ナイフ!? そんなもので止められるとでも!」


 そう、本来なら如何にイーナが無理な体制で攻撃をしているとしても、こんな武器では止められない。だが俺が放つ攻撃は!


「オーラバースト!」

「嘘!? キャアア!」


 以前と比べれば遥かに威力が落ちるがそれでも武器を構えたイーナを衝撃でふっとばした。そしてそのまま先に投げていた武器を拾い突きつける。


「はあ……はあ……俺の、勝ちだな……」

「イタタタ……ええ。まさかああ来るとは思っていなかったわ。ナイフでも出来たのね」


 確かに以前は剣でしか出来なかったが、エルフのところでマナエネルギーの微細な放出やコントロールを学び、幾度もの戦いでの経験のおかげだ。体内のマナエネルギーが大分減っているから以前ほど大出力も乱発も出来ないが、出力を絞れば普通の人間相手にならまだまだ効果を発揮する。


「さて、俺が勝ったから言うこと聞いてもらうぞ」

「お手柔らかに」

「イーナ、俺のものになれ」

「……え?」


 え? じゃねえよ。何でも言うこと聞くって言ったじゃないか。仕方無い……恥ずかしいけどもう一度。


「俺のものになれ」

「……はぁ。とことん自分勝手ねアンタ」

「何でも言うこと聞くって言っただろ!」

「限度というものがあるでしょう……」

 

 呆れた顔で言うイーナ。何! 駄目なのか!? 内心凄い焦っていると、イーナがクスッと笑い、


「はぁ。まあ、仕方ないか。約束しちゃったしね。今から私はアンタのものよ、宜しくね」


 そう言って手を差し出してきた。焦らせやがって……! 俺はその手を引っ張って抱き寄せた。


「最初っからそう言っとけよ」

「アンタの焦る顔が見たくてね」


 そしてそのまま口づけをかわした。数秒間の沈黙の後、


「そういえば、アンタとキスしたの初めてね」

「そういや、そうだったな」

「ファーストキス」

「え?」

「ファーストキス、だったの私。私の初めていっぱいあげたんだから責任取りなさいよ」


 少し照れくさいのか怒ったように言うイーナ。


「ああ。ちなみに俺もコレが初めてだ」


 だからお前も責任取れよ、と言おうとすると、


「ホント!?」


 満面の笑みのイーナがそこにいた。


「ふふっ! じゃあ私もアンタのこと大事にしてあげる!」


 そう言ってまた口づけをねだってきた。何度も何度も交わした。我慢できなくなって家に帰り、朝っぱらから何度も愛し合った。今まで何回もイーナを抱いてきたが、今日初めて本当の意味でイーナに触れた気がした。


 事が終わり二人共裸のまま絡み合い寝ようとしたが、どちらからともなくまた再開し、中々終わらなかった。気がつけば夕方だった。


「反省だわ……!」

「まさかもう夕方とはな」


 食事をしながら今日を振り返る。あれ? 最高の一日じゃないか?


「とにかく、今後は控えましょう。時間があっという間に過ぎてしまって大変だもの!」

「もうしないのか?」

「……しないとは言ってないわ」


 食事の後も当然重なり合った。そしてお互いに泥のように眠った。いつの間にか性欲も復活してたなそういえば。

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