三大欲求、復活

 日も暮れ始めた頃トルストは、

「上の動きが気になるから帰る。イーナを宜しくな」

 と言って去っていった。宜しくと言っても今現在アイツが何処でなにをしているかはさっぱり分からんのだがとりあえず、

「まかせておけ」

 と答えておいた。そうして現在家に向かっている。


「イーナもどっか行ったし、今日の晩飯は俺が作らないとな……」


 適当に肉野菜炒めとスープで良いか、と考えながら家の扉を空けると、

「え?」

「……おかえりなさい」


 イーナが飯を作っていた。意味が分からなかった。あんな俺の無様な姿を見せた後だったし、普通しばらく帰ってこないもんじゃないだろうか。

「ただいま」

 とはいえ居るに越したことはない。食欲が復活した今、やっとイーナの手料理を満足に味わうことが出来る。


 いつもは部屋で呼ばれるのを待っているのだが、もう待ちきれない。テーブルについて待つことにした。俺が椅子に座るとイーナはこちらを振り返り少し驚いた表情をしたがまた調理に戻った。


「今日の晩飯は?」

「え? グラタンとバゲット、あとはサラダね。……珍しいわね、メニューを聞くなんて」

「今日は久しぶりに腹が減ってな。分量、お前の二倍に出来る?」


 そう言うとイーナは先程よりも驚いた表情をして振り返り、

「出来るけど……。急にどうしたの? さっきまであんな、だったのに」

「模擬戦とお前のお陰で目が覚めてな。話したいことがあるんだが、とりあえず飯を食いたいから後にしてくれ」

「……ぷ。久しぶりに自己中心的なフユね! アハハ! 分かったわ、今日はいつもよりも腕によりをかけて作るから覚悟しときなさい!」


 久しぶりにイーナの笑顔を見た気がする。やっぱコイツは笑ってないとな。


「ごちそうさまでした」

 美味かった。本当に美味かった。こんな美味いものをいつも残していたのか俺は……なんて罰当たりなやつなんだ!


「お粗末さまでした。本当に全部食べるなんて……大丈夫? 毎日アレだけしか食べなかったのに急に食べると」

「腹に悪い、だろ? 大丈夫、もう痛くなっている。だが我慢できなかったからしょうがない」


 そう言って腹をおさえる。死ぬほど痛い。だがなんというか、久しぶりの欲求に抑えが聞かなかった。イーナにバカね、と言われたが何も言い返せられなかった。

 しばらく二人で無言でお茶を飲む。先程からチラチラ、とこちらを見てくるイーナ。何だ? 何かあったか?


「どうした?」

「いえ……話があるって言ってたから」

「あ、忘れてた」

「ちょっと」


 怒りを通り越して呆れるイーナ。だがしょうがないじゃないか。

「こんな美味いものを食わせるイーナが悪い」

「うま!? いえ、私が悪いの!?」


 少し照れた顔で立ち上がりイーナが怒る。器用だな。

「そうだな、話をするか」

 そう言うと先程まで騒いでいたイーナは椅子に座り直し姿勢を正す。


「ま、大した話じゃない……。とりあえず謝罪を。今日まで腑抜けていて、お前に迷惑をかけて、すまなかった」

 そう言って頭を下げる。イーナの息を呑む音が聞こえた。頭を下げること十数秒、

「別に謝る必要はないわ。この同棲生活には目的があったんだもの。私は利用しようとしただけよ、気にしないで」


 顔を上げると複雑そうなイーナの顔があった。コイツもコイツで悩んでいたんだろう。やはり来たるべき戦争のときにイーナを一人にするわけにはいかないな。


「明日もう一度模擬戦をしてくれ」

 そう言うと驚きの表情が返ってきた。

「……どうせ途中でやっぱ無理、とか言うんでしょ」


 今日のことを気にしているようだ。それはそうだな……恐らく無理矢理上の連中に頼んだ模擬戦を俺が台無しにしたんだから。だが、やらないわけにはいかない。


「いや……賭けをしよう」

「賭け?」

「負けた方は勝った方の言うことを何でも聞くってどうだ?」


 そう言うとイーナは真剣な顔つきで、

「本気で私に勝つつもりなのね。自信有りげな顔しちゃって」

「勝つ自信がなけりゃこんな話しねえよ」


 当然、という顔でそう言ってやる。ねえよ自信なんて。今の俺がどれだけ弱体しているのか、全盛期から考えると考えられないほどだ。だが、ここで勝たねば、イーナの後ろの連中に認められなければ、一緒に戦場に立てないからな。自信がなくても勝つさ、絶対に。


 久しぶりに満腹感を味わった食事の後、急激な睡魔もやってきた。何だ? 三大欲求が復活し始めたのか? 取りあえずこのまま睡魔に身を任せて……と、そこでハッとした。思わずリアンと一緒に寝たときの事を思いだしていた。あの時も不眠症だったが、リアンのお陰で安眠だった。つまり、この眠い状態でイーナと寝たら最高なんじゃないか、と。


 そんな感じで脳が半分寝ている状態でイーナの部屋に向かいノックをする。


「どうしたの?」

「一緒に寝ようぜ」


 そう言うとガタガタ、と何かが倒れる音が聞こえた。何が起こったのか考えていると、

「ちょ、ちょっと待って! 急すぎない!? 私何も準備」

「そんなの良いから入るぞ」

「まっ」


 眠気まなこでドアを開く。鍵は開いていたようだ。扉を開けると、床に座ったイーナが今にも立ち上がろうとする光景が飛び込んで来た。さっきの音、コケたのかコイツ。


「な、何で!」

「お前と一緒に寝ると安眠できると思って」

「あう……その、えと、あの!」


 何か凄い混乱してるな……悪いことしたな。でも眠いんだ。

「その、ね。嫌じゃないのよ? そのいきなりだったから驚いただけで」

 ……駄目だ。なんかすれ違っているぽいけど面倒くさい……。


「安心しろ本当に一緒に寝るだけだ。じゃ、先にベッド入ってるから準備できたら来てくれ」

「え! ちょっと!」


 それだけ言ってイーナのベッドに倒れ込む。あ、イーナの匂い。寝よ。

「お前も早く寝ろよ」

「……バカ!」


 イーナはそう言って寝ている俺に飛び蹴りをかましてきた。鬼かコイツ。


「……痛いんだが」

「乙女の純情を弄んだ罰よ!」

「弄んだのはだいぶ前だろ……」


 イーナはそのまま眠るつもりのようだ。俺から少し離れた所に位置取り寝ようとしている。なにを考えているんだ? それでは意味がない。俺はイーナの方に寝転がり抱きついた。


「抱きつくぞ」

「抱きつく前に言いなさいよ! 全く……本当に今日はどうしたのよ」


 文句を言いつつもイーナはなすがままにされる。お陰で睡魔がマックスだ……。


「色々あってな……とりあえず明日お前に勝ったら色々話したいことがあるから……今日は我慢してくれ……」

「本当に……もう」


 完全に諦めたようだ、それでいい……。明日死んでも勝つために……今日は良質な睡眠を取らないとな……。

「おやすみ、フユ」

 何か、前にも、同じ事があったっけ……。そう思いながら眠りに落ちていった。

 この世界に来て一番心地良い睡眠だった。

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