別離
最初に斬りつけるは俺の剣、イーナに貸してもらった剣だ。これで二回三回とフェイントを掛けオッサンの足を狙った。
「相変わらず見え見えだね! 身体能力は上がったのに技術はまだまだ!」
オッサンは軽く受け流し、その勢いのまま俺に向かって斬りつける。だが、それを待っていたとばかりに無理矢理体を戻し、オッサンの剣を受け流し攻める!
「わざとだっつうの!」
「おお! やるじゃん少年!」
だがそれも受け流され俺は仕方なく更に突っ込み相手に迫る。が、オッサンはそれも読んでいたようにジャストタイミングで鋭い一撃を放ってきた。
「じゃあね!」
「っぶね!」
俺は体を半歩ずらし当たってもいいが致命傷だけは避ける。これにはオッサンも驚いたようだった。
「今ので三回は殺したと思ったのに、凄いね! いやホントに! あれから一年くらいだろ? こんなに強くなってるなんてびっくりだ。身体能力はもちろん、剣の技術、心も格段にレベルアップしているね」
オッサンの本心からの褒め言葉に、戦いの途中だと言うのに俺も満更ではない気分になった。
「そいつはどうも! オッサンに負けたあの日からずっとイメージトレーニングしてたからな!」
そう言うとオッサンは鼻を掻きながら、
「っと照れるじゃん! あれからずっと俺を思い浮かべてくれてたの? ちょっと! まるで想い人だね!」
と馬鹿げたことを言った。想い人か、確かにオッサンには悪い感情は抱いていない。心のなかで勝手に師匠と呼んでいるしな。だがそんな相手を俺は殺す。
「まあ想い人であろうと何であろうと今ここで殺すんだけどな」
「おいおい否定しないのかよ! まあ俺も少年のようなやつ嫌いじゃなかったよ」
お互いに大技を構える。さっさとケリを付けたい気持ちは同じのようだ。
「おいおい、そんな細い剣で大丈夫か~? ちゃんと信頼できる武器なんだろうね?」
オッサンのお節介が飛んでくる。だが何度か打ち合ったのだからオッサンも気付いているはずだ。ただの剣ではないことを。その上で聞いているんだろう。
「別にこの剣を信頼なんかしてないさ」
「バカヤロウ。ちゃんと用意しとけって言っただろ?」
呆れ顔のオッサン。だが俺はこの剣を信頼したから使っているんじゃない。俺がこの剣を使っているのは――
「俺が真に信頼しているのはこの剣の本来の持ち主さ! そいつにこの剣を返すまでは俺は絶対負けない」
そう高らかに宣言する。するとオッサンはなにか眩しいものでも見るような顔をして、
「本当に君は昔の俺に似ているよ……少年、いやフユキ! 僕から最後のアドバイスだ! 愛した女は死んでも守り抜けよ!」
その言葉と共に斬りかかってくる。何のフェイントもない故に純粋で綺麗な一撃。迎え撃つは俺の眼に焼き付いているとある赤髪女の突きのモーション。アイツの突きを、動きを、笑顔を、思い出しながらこちらも一撃を放つ。体内のマナエネルギーを放出する俺達だけの必殺技を。それが今同時に放たれる!
「フルオーラバースト!」
「デッドエンド!」
エネルギーがぶつかり合う。以前の俺なら先に出しても負けていた。放出の際に無駄が多すぎたのだ。それが今では競っている。呪いのお陰で能力が上がっている、ということも挙げられるが様々な経験をし、何よりも信頼できる女から託された剣を使っているんだ。負けは許されない!
「喰らいやがれ!」
最後のマナエネルギーを振り絞る。視界が開ける。気がつけば立っているのは俺だけだった。
「……いやいや見事見事」
体の四分の一が吹っ飛んだオッサンはそれでも嬉しそうにそう言った。
「剣のみに生きてきて、死ぬ時は自分より強い剣士との戦いで……そんなワガママが叶うなんて僕も運が良いな……」
満足そうにそう言うオッサンに対して、
「恋人を殺されてからも剣を広め続けた理由はそれか?」
と質問をした。俺は最初のムカツク男の授業で、剣を広めた男が恋人を殺されてからも剣を広め続けた、という話を思い出していた。
「ふふ……アイツを殺したやつを殺しても虚しいだけだったよ。肝心な時に役に立たなくて、何のために俺は剣を振ってきたのか分からなくなったのさ……だからな、フユキ。失ってからじゃ遅いんだ……」
そろそろオッサンの命の灯は消えようとしている。これが最後だろう。俺は今までうちに秘めていた言葉を口に乗せることにした。
「――師匠、今まで世話になった。短い日々だったけど忘れないよ。安心して死にな」
そう言うとオッサ――師匠は、
「おいおい……最後に夢を二つも叶えてくれるなんてな……弟子に見送られるなんて、上等な死に方出来るとは、な……」
満足そうに眼を瞑ってそのまま動かなくなった。
「ありがとう……師匠」
しばらくの間、師匠の満足そうな寝顔に目を奪われて離せなかった。
勝利の余韻も終わり、師匠の亡骸を埋めようとしていると師匠の荷物の中からブローチと手紙が出てきた。そこには魔王の居場所や戦闘スタイルなどが乗っており俺の助けになってくれる情報が記載されていた。あと俺へのメッセージも――
『少年へ
この手紙を呼んでいるということはもしかして、万が一だけど、僕は死んだのかな? だとしたら凄いよ! まあ僕ぐらい軽く殺せないと魔王には勝てないけどね~
でも少年ならできるだろうよ頑張りな。
僕はずっと死に場所を探して生きてきた、そんな意味のない人生だったけど少年と戦って死ねるんなら途端に最高の人生に変わるだろうな。
少年は後悔のしない人生を歩むんだぞ! 今からでも遅くないって!
以上、後悔ばかりのオッサンより』
「もうおせえよ……俺がどれだけのことをしてきたと思ってんだ師匠」
俺はため息をつくともう一つの遺品であるブローチに目を向けた。これについての記載は無い。恐らくだが師匠の恋人のものだろう、そう思った俺は師匠の亡骸を埋めたところに備えることにした。せめてあの世では一緒にいられますように。
そして俺は城に戻ってきた。といっても眠るためではなく旅立つために。ここでの目的はもう果たした。あと残すは魔王のみ、そう思って準備を終えて部屋から出てしばらく歩くとルビアが立っていた。
「行くんですね」
「ああ」
「たまに頭を撫でてくれるって言ったのに、嘘つきです」
ルビアは顔を伏せながらそう言った。
「別に今生の別れじゃない。機会があればまた会うだろうさ」
「約束、約束ですよ? 私にはフユキさんがまだまだ必要なんです。死んだりどこかへ行ったりしたら駄目ですよ」
「確約は出来ない。何がどうなるのか分からないからな」
「そこは嘘でも分かった、って言って安心させるところですよ。フユキさんは女心がわかっていません。でもここで安直にそう言わない貴方が私は……」
ルビアは一度そこで言葉を飲み込み、今度は顔を上げて話し始めた。
「フユキさん、ここで私は貴方の帰りを何時までもお待ちしています。次にフユキさんが返ってくるときには、もっと立派な国にして驚かせてみせます。ですからその時は、『良くやった、偉いぞ』そう言って頭を撫でてくださいね」
そう涙を流しながら微笑むルビアに対して俺は何も言うことが出来ず、ただただ頭を撫でていた。
そんな事があったあと俺はこの国から出発した。久しぶりに最低なことをした自覚はあったが適当な慰めの言葉は言いたくなかった。これから戦うは魔王。死ぬ確率のほうが高いだろう。それにもしも勝てば元の世界に帰れるかも知れない、そう思うと滅多な言葉は言えなかった。
しかし元の世界か……俺は自分の両手を眺める。この上なく汚れてしまっている俺の手、心、こんな体で帰ってどうするのだろうか。近頃はそんな事も考えるようになった。俺みたいな男が帰って良いのだろうか? そんなことを考える日々が続いている。
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