28.完璧な世界

 さっさとお昼ご飯を済ませてしまった黒崎さん。僕が社長室に入ってから五分と経ってない。

 こんなに早く食べる、というよりはかき込まないといけないぐらい忙しいんだな。


「で、諜報の仕事はどんなものかって話だったな。諜報活動にもいろいろあるが、うちが目指しているのは『企業や社会を裏側から正す』ってところかな」


 裏側からってところが、なんだか中二病くさい響きだなとか思ってしまった。


「どうして裏側からである必要があるんですか?」

「そりゃ、正攻法では立件が難しい案件が腐るほどあるからだ。だからといって非合法な手段が正しいと言っているわけじゃないぞ」


 極端な例を出そう、と黒崎さんは前置きした。


 今ここが、現行犯でしか犯罪者を逮捕できないという世界だったなら、たとえ犯罪の証拠があったとしても犯人を捕らえることができない、という。


 そうか、そんな世界だと死体がそこにあってそばに血の付いた凶器を持っている人がいても、現行犯でないから拘束できないな。


「それと似たようなことが現実世界に起こっている。頭のいい犯罪者は法の抜け穴を駆使して検挙を免れ私腹を肥やしているが、法にのっとった捜査だけではとらえることができないんだ。あまり好きな言葉ではないが、必要悪といったところか」


 そういえば「悪、即、斬」の水瀬さんも「諜報活動は必要悪」とみなしてるって紗由奈が言ってたっけ。


「俺らの仕事は、正攻法では証拠を掴めない、あるいは掴むのにとても時間がかかる犯罪を摘発する手伝いだな。で、具体的な仕事の内容だが――」


 仕事の概念について話し終わると、黒崎さんは諜報活動について簡単に説明してくれた。


 流れとしては、外部から、主に警察からの情報を得て犯罪行為が疑われる会社や団体に派遣社員を送る。通常業務を行いながら容疑者の洗い出し、証拠の確保を行う。何も見つからなければその時点ではシロと判断される。という感じだそうだ。

 その他にも、犯罪組織が絡む事件の応援を頼まれることもあるとか。長期的な潜入捜査で組織の内部情報を得ていた人もいるとか。


「俺が知ってるので最長だったのは五年ぐらいかな? 麻薬ブローカーの秘書として潜入してた社員がいる」


 五年! ずっとばれないでいるなんてすごすぎる。


 黒崎さんはちらりと時計を見て、後ろに控えてる秘書さんとやり取りをする。あと十分という声が聞こえた。

 僕も時計を見る。もうすぐここに来て十分だ。つまり黒崎さんが最初に僕のために空けた時間が終わろうとしているってことだ。

 僕との話のために時間を伸ばしてくれたのだろうか。


「さて、君が気にしている諜報員の協力者の話だが。内部のサポートと外部の協力者の二つに分けられる」


 黒崎さんは何もなかったかのように話を続けた。


 内部のサポートは、派遣される会社の内情をあらかじめある程度調べたり、必要なものを用意したり、内偵に入って逆に調べにくくなった部分を調べたりする。


 外部の協力者は探偵や情報屋といった人達だ。もちろんこっちは依頼するわけだからお金がかかる。でもお金がかかってるぶん、引き受けてくれたからには信頼していいんだそうだ。彼らが騙されたとか、相手側に買収されたとかいう例もまれにあるそうだけど。


「どっちも俺達にとっては大切だ。諜報活動の結果、何人かの人生を左右することになるからな。完璧な結果を目指すことになる。まぁ実際は難しいが」


 完璧を目指す世界、か。

 協力者といっても大変そうだな。

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