20.大切すぎて
大学でお昼を食べている時に、就職活動の話になった。
あー、今その話題、耳が痛いというか肩身が狭いというか。
僕以外の三人は就職先の候補や方向性は決めてあるのに、僕はまだどんなところに行きたいのかも判らない。
紗由奈はトラストスタッフ一択で、試験に向けての対策も始めてるみたい。
諜報員のテストって隠密行動とかか? と想像してしまったけど、まさかね。
松本はやっぱりSE狙いで資格も取ってるし、エントリーが始まったら狙いの会社にアタックをかけるそうだ。
水瀬さんは……。
「第一志望はお兄ちゃんが働いてる探偵事務所なんだけどねー。ダメって言われちゃった」
ペロっと舌を出す水瀬さん。
「お兄さんいるんだ」
松本が話に食いついてる。
「うん、兄二人と姉一人。わたしは遅くにできた子だったからみんなもうしっかり社会人なんだよね」
「どうして探偵事務所がいいの?」
「お兄ちゃんの手伝いがしたいんだ」
水瀬さんは隠すことなく水瀬家の昔の事情をかいつまんで話した。
オムライスを食べる手を止めて松本がじっと話を聞いている。
「苦労かけちゃったから、今度はわたしがお仕事を手伝いんだけどね。おまえはそんなことを気にする必要は全然ない、ってぴしゃっと言われちゃった」
「そっか、お兄さんは家族として当たり前のことをしたって思ってるんだろうけど水瀬さんとしてはどんな形でもいいから恩を返したいんだね」
「そうなのよっ。松本さん判ってる!」
お、松本、いい感じ。
そういう僕も、前に紗由奈から話を聞いた時と、今本人から話を聞いたのとで、ちょっと印象が変わったところがある。
いくら苦労かけたっていっても兄にそこまで固執してるのってブラコンの域だって思ってた。
けど今の話しぶりだとそういうのじゃなくて、本当に育ててくれた恩を返したいだけなんだろう。僕らが親に対して感謝してるのと同じように、いやそれよりも強く。
大切すぎるほど大切だけど、ブラコンっていうのは違うと感じた。
やっぱり情報というのは一つのところからだけじゃダメなんだな。自分で感じて、自分で判断してこそなんだ。
松本が水瀬さんの話を聞いて「ブラコンかっ」とか茶化すヤツじゃなくてよかった。さすが十一組のカップル誕生に関わってるだけのことはある。
「それじゃあ、水瀬さんのお兄さん孝行は別の形に変えた方がいいと思うよ」
「別の形?」
パスタをフォークにくるんくるん巻きつけながら水瀬さんは興味津々だ。
「まず、お兄さんは水瀬さんに普通に幸せになってもらうことを願ってるみたいだから、それをかなえること、かな」
「あ、それはお兄ちゃんにも言われた。それが一番の恩返しになるって」
「うん。あとは、お兄さん一家との交流とか。そういうの嬉しいんじゃないかな。昔、家族みんなで苦労してたんだったら、みんなで楽しい事するのが嬉しいでしょ」
松本、やっぱいいヤツだ。
「なるほどねー。手助けばっかり考えてたけどそういうのもありだね。ありがとう松本さん!」
目をキラキラさせている水瀬さん、松本に対する心証アップか?
そして彼女のフォークのパスタは巻き取りすぎてでっかい玉になっていた。
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