12.硝子越し
考えとくよ、っていう赤城さんの声が、頭の中でリフレインする毎日だ。
考えとくということは、ふられたわけじゃない、ってのは嬉しいけど、すぐに付き合ってもいいよ、って状態でもないわけだ。
一体、赤城さんの中で僕の存在ってどの程度なんだろう。
まぁったく意識してなかったところに突然降ってわいたような話で驚いてるだけなのか、それともちょっとは脈ありなのか。
あれからも赤城さんの態度は前と変わらなくて、全っ然、判んないんですけど。
すぐそこにいるのに、曇ったガラス越しに彼女を見ているみたいに感じる。
さすがエージェントだ。……バイトだけど。
「そう暗い顔しなさんなって」
松本が肩をぽんと叩いてくる。
「俺がみるに、即お断りなら、そうしてる人だと思うぞ」
「うん。僕もその点はそう思うよ」
けれど、付き合う相手としてみると決定力に欠けるんだろうなってのも想像できちゃうわけで。
いっそ自分から、彼女の本意を聞けたら、どれだけ楽なことか。
それができないから自他ともに認めるヘタレなんだけどさ。
赤城さんの友達の神奈ちゃんあたりに探りを入れてもらえたらなぁ。でも神奈ちゃんの連絡先、知らないし。
あぁ、こういう時に要領のいいヤツは、そこんとこをきちっと押さえてるんだろうな。
なんて考えながら、バイトが終わって、店の裏口から出たら。
「やっほー」
山でもないのに、そんな声が聞こえてきてびっくりだ。
声の方を見たら、神奈ちゃんが立っている。
「か、神奈ちゃん?」
「そ、水瀬神奈でーす。ちょっとお話、いいかな」
神奈ちゃんは水瀬って言うのか。これはやっぱ苗字呼んだ方がいいんだろうな。
「それじゃ、喫茶店でも入ろうか」
赤城さんと初めてお茶した喫茶店へと向かった。
腰を落ち着けてから、ふと思い出したけど、ここで変装した赤城さんとお茶してウワサされたことがあったっけ。
今さらながらに大学の連中がいないかと、こそっと辺りを見回す僕に、神奈ちゃん、いや、水瀬さんがそっと顔を近づけてきた。
うわっ、近すぎないかっ?
「ねぇ。新庄さんもサユちゃんのバイトのこと、知ってるの?」
どきっとした。このバイトのことがなければ、赤城さんは遠い憧れの存在だけで終わってたんじゃないかな。
「……新庄さん『も』、ってことは、水瀬さんも?」
「あれ? さっきは名前で何で急に苗字? 別に神奈でもいいよ」
まずそっちの訂正か。思わず苦笑いが漏れた。
「苗字忘れちゃったから神奈ちゃんって呼んだんだけど、今判ったし、やっぱ苗字でいいよ」
「ふぅん? ……あぁ、好きな女の子でさえ苗字呼びなのに、ってところか。んふふー、なるほど、恋する男の気遣いか」
にやにや笑われてしまって恥ずかしい。
でもこれは願ってもないチャンスだぞ。水瀬さんは赤城さんのバイトのことも知ってるみたいだから、踏み込んだ質問とかできそうだ。
女の子と二人で顔近づけて内緒話なんてドキドキするけど、ここは盛大に勇気を振り絞って挑もうじゃないか。
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