26.恋情歌

 しかし、だ。これはチャンスじゃないか。


 松本はいろんなカップルがくっつく過程を見ている。どうやったら女の子と仲良くなれるのか、いくつもパターンを知っているんじゃないか。応援するって言ってくれてるし、アドバイスぐらいもらってもいいよな。


「じゃあ、せっかくだし聞いちゃおうかな。どうやったら赤城さんと仲良くなれると思う?」

「そりゃシンプルだよ。相手の好みを知ってそこを攻めればいいんだ」


 至極ごもっともで。


 でも、……考えてみたら、僕は赤城さんのこと、何も知らない。

 好きな食べ物、ブランド、趣味、休日はなにしてるのかとか。

 これで彼女のこと好きって言えるのかな。


 い、いや、彼女のこと考えたらなんだかドキドキするし、もっと話したいとか、仲良くなりたいとか、彼女のこと知りたいとか思うのって、やっぱり、好きってことだよな。


「なに表情ころころ変えてんだよ」

「えっ、そんなに変わってた?」

「おまえってほんっとに判りやすいよなー。こりゃ告らなくても近いうちに本人に好きって筒抜けになるだろうな」


 松本が呆れたように笑ってる。


「けどその様子じゃ、まだあんまりリサーチできてないんだろ。よぉし、ここはひとつ、協力してやるか」


 僕が知ってるのは、バイトでエージェントやってるってことと、何かを極めちゃってる強い人だってことだけだから、松本の好意を素直に受けることにした。




「とりあえず今日の成果だ」


 講義が全部終わって、パソコン講習室でレポートを作成してたら、松本が得意顔でやってきた。


「もう何か聞きだしたのか?」


 声をひそめて聞くと、松本は、まぁ世間話程度だけど、とうなずいた。


「赤城さん、海外旅行に行きたいらしくて大学に来る以外はほとんどバイトしてるんだって。人材派遣会社でデータ入力してるって。気晴らしにカラオケに行って大声で歌うのが好きなんだってさ」


 データ入力ね。本当はエージェントのくせに。

 まずそこで思わず笑いが漏れた。


 海外旅行か。面白そうだったから諜報員になった、って言ってたけど、どっちが本当なんだろう。

 いや、そもそもどっちも本当じゃないかも?

 いやいや、そこを疑い出すと何も信じられなくなるじゃないか。


 趣味はカラオケか。今流行ってるのとかラブソングとか練習しておいた方がいいのかな。

 いやいやいや、もしかしたらそういうのよりもっと勇ましいってか、かっこいい系の歌の方がいいのか?


 ……うん、一つはっきり判った。


 松本に聞いてもらったけど、やっぱり赤城さんのことは何一つはっきり判ってないってことだ。

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