016・後編-事件の朝2
「うっ……頭が……」
頭が痛い。
風邪か? いやそれにしては風邪の痛みじゃない。どちらかと言えば青華に思いっきり殴られた時のような……。
だが、殴られた記憶なんてないし……。でも死ぬほど痛いし。
んん?
どういうことだ? なにか時間が飛んでいる気がする。
時計を見れば時間はまだ7時半を指している。昨日電池を入れ替えておいたからちゃんと動いているし、机の上に置いていた
時計はともかく。
寝起きは低血圧で頭が働かない。つまり——―どうでもいい。
どうでもいいで済ませていい事ではない気もするが、まあいいか。
とにかくまずは顔を洗おう。
「んん?」
今日誰かシャワーでも浴びたのか?
うちに朝シャン派なんていないと思ったが。
リビングに入って行くと弓良と狛人が隣あって朝食を食べていた。
「あれ、母さんは?」
「お母さんなら仕事に行ったよ。今日はどっかの邸宅で仕事だとかで今日はいつもより遅くなるって」
「そっか」
まあ仕事と言っても庭師のアルバイトなので流石に俺よりは早く帰ってきているだろう。
バイト歴4年のおばさまだ。
「で、狛人君。お兄様の朝食が用意されてないんだけど」
「はあ? そんなの自分で分けて来なよ。今日はなぜか朝から頭が痛くてイラついてんだから余計なちょっかい出すなよ……。お兄様とか気持ち悪りい」
「気持ち悪いってなんだ気持ち悪いって。お前は誰に向かってそんな……」
今の会話の途中から弓良がいきなり首を俺らと逆の方向に勢いよく回していたんだけど、痛くないのか。汗もかなり掻いている。
「どうした?まさかお前も頭痛いのか」
「う、うん、まあそんなとこかなあ……なんて」
「?」
嫌に歯切れが悪いな。やっぱり調子が悪いのか。
しかし、兄弟3人全員が頭痛とはなあ。珍しいこともあるもんだ。
ここまでくるとなにか作為的なものまで感じてしまう。
それより弓良が今食べてるその塩引き、俺のじゃない?それ2個目じゃない?
「いただきます」
そろそろ急ぎ始めないといけない時間だが俺なら大丈夫だろう。
昨日みたいにぶっ飛ばせばいい。
しかしまあ、しかしまあ。いただきますとは言ったが、俺はどうしたらいいのだろう。
食卓の上には白米の茶碗が一杯。周りには塩引きも卵焼きも無ければ味噌汁すら無い。
「なあ」
「「何?」」
「いや、なにってさあ」
いや、なにってさあ。
「これ、何で食べればいいの?」
「さあ、塩でもかければ?」
「さあ、カレー粉でもかければ?」
「お前らはまず双子のようでどこかで差異のある会話を発生させるんじゃない」
キャラ付けが露骨なんだよ。最近の若者の流行りなのか?
……なんかこの疑問は最近感じた気がする。
「てかカレー粉はないだろ」
「なんで」
「だってカレー粉だぜ? あんな単品でぱさぱさしたような、カレー味の粉だぜ? あれそのままはきついだろ」
「そうかい?」
「そうだよ」
「おいしいよ」
「食ったことあんのかよ!」
うまかったの⁈それ!
あまりうまそうには思えないそれがそれなりにうまく感じたらしいその食べ方の布教の熱意としつこさとか、そんなところでやっぱり兄弟だと感じられる。
こんな下らないことで兄弟だと感じてしまった。
なんだこの敗北感というか悲しさ。
「ん、じゃあ塩は有りなの?」
「塩は……まあ」
塩は、んー……ありっちゃありなんだけど、味気ないよな。
「不満気だね。やっぱりカレー粉を……」
「それはもういい」
「じゃあ、やっぱ塩?」
塩かカレー粉。
かつて、人類史的にもなかっただろう2択に、歴史的にも初であろう2択に頭を悩ませていた俺の脳裏に一つの解決案が浮かぶ。
「あ」
「「?」」
スタスタスタ。ガチャ。
スタスタ、ストン。
コッカ、ぱか。
卵かけご飯。TKG。鳥類の卵をご飯の上にかけて食べる人類の英知。2択に終止符を打つ
「これが俺の、人類の答えだ。塩でもカレー粉でもない、卵かけご飯こそが平和をもたらす平和の架け橋!」
嫌に大げさだが我が家の些細な対立は、家族内核戦争にも発展する。
母親が一切家事をしなくなるし、飯も出てこない。死活問題だ。
「で」
「ん?」
「それはなにをかけて食べるの?」
……。
「醤油!」
「ごま油!」
「ポン酢!」
「「ポン酢⁈」」
ポン酢なんてかける奴いるのか?!
「なんなんだよ、お前らはちょっと意外なところを突いて行かないと死ぬのかよ」
青華といい、狛人といい。
ばかなんじゃねえの。
「でおいしいよ」
「うまいのか?」
「うん」
うーむ。
ポン酢、ポン酢ねえ。
……ダメだ。どうしてもあの酸味と卵が合う気がしない。
「まさか兄弟でここまで分かれるなんて……。お前らの味覚おかしいんじゃねえの?」
「そっちがおかしいんだよ。いや醤油はまあありだと思うけど」
「まったく、おかしいのは兄貴たちだよ」
「お前にだけは言われたくねえよ」
「ポン酢はないよね」
「そうかい? じゃああれは? 青じそ……」
「「それだけは本当にない」」
今日何度目か分からない兄妹ユニゾンがリビングに響く。
一瞬の静寂に、時計の秒針の音はやけに大きく聞こえた。
「やっぱカレー粉」と話を回帰さようとした馬鹿を叩き、またなにをかけるかに迷い始める。
てか、なんで俺何かけるかで悩んでんの?俺が食うのにこいつらの意見関係ないじゃん。
問題解決。
「というか、なんでどれをかけるかで悩んでるの?」
弓良も問題点に気づいたらしい。
「ああ、そっか」
なにかに納得したらしい狛人も満足気に手を叩く。
「そうだよな。なんでこんなことで悩んでるんだろう」
「うんうん、まさにその通りだね」
「ああ、解決案なんて簡単に出るどころか、出す必要なんてなかったんだ」
それぞれ全員が過ちに気づく。
いや、気づくのがあまりにも遅すぎた。
が、爆弾が爆発する前には解決するようでよかった。
「そう、
「「は?」」
おい、今こいつ、なんて、言った?
全部?全部って?
(こいつ、解決するどころかもっとおかしな方向に話を持って行きやがった! むしろ別の意味で終わらせに来やがった! 全力で殺しに来やがった!)
「お、おおおおい、狛人君。今からでも遅くないからその手に持った調味料類を返してきなさい」
爆発どころか、核発射してきやがった!
いつの間にか狛人の手には醤油とポン酢が握られ、テーブルの上にはその他様々な調味料が並んでいる。
魔法?魔法でしょ?それ。
そうこうしているうちに狛人はどんどん溶いた卵に調味料を加えていく。
サラダ油は調味料じゃないだろ。
おい、なんだそれ。バルサミコ酢?酸性大好きか。滅んでしまえ。
「よし! もういいかな」
そういって出された椀には米に真っ黒な液体が大量にかけられている。
液体からは黒い瘴気が立ち上り、酸性の液体が多かったはずなのになぜか刺激臭がする。
ダメだ、これは。
頭が、体が、神経が、大音量で警報を鳴らしている。
「ほら、食べてみなよ!」
断っても狛人は「絶対うまいから!」と進めてくる。
(やめろ! そんなどこかで核分解とか起こしてそうなもの近づけるな! まずはお前が食え!)
内心ではなにを思っていてもつかんだ箸を下すことは許されない。特に理由は無いがダメなのだ。
―――腹は括った。覚悟もした。
それでも無意識に固唾を飲み、箸の先は震えている。
ええい!ままよ!
がッと意を決してかっ込んだ。弓良が嘘でしょと目を見開いている。
見ておけ、これが兄の姿だ!
「っ?! こ、これは……?!」
案外……?
「ぐぼあぁっ!」
一瞬で吐き出した。かっこ悪い兄の姿だ。
いけねえ!いけるわけがねえ!
なんだこれ、こんなものが存在していいのか。
米は口に入れた瞬間からドロドロにとけ、液体Xと溶け合い口の中を蹂躙する。さらにやけに喉に引っ掛かり飲み込んでからが本番と言わんばかりに、辛さと酸っぱさとしょっぱさが攻撃してくる。極めつけはワサビの100倍くらい鼻にくる。
「が、……が、あ、うう、あ」
おえーと吐き続ける。吐くしかない。こんなもの食えるか。
きたねえ雨を降らしている間も時間は進み、結局俺は、朝食を食べることなく家を飛び出したのだった。
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