復讐の夜

「娘がかわいがっていた猫の首を斬って埋めた件だ!」


「!」


 ドン!! ブルースは机を叩く。叩いた振動で机の上のお茶が飛び、コップがガシャンと鳴る。かつて見たことのあるブルースの怒る姿に、セラは困惑する。ついさっきまで、炎に囲まれた場所で倒れていたはずだが、普段となにも変わらないブルースの書斎に彼女は立っていた。


「くそ・・・・・・掘り返したのか。くそメイドめ・・・・・・」


 小さい声でロンは呟いた。聞いたことのあるセリフをもとにセラは自分が置かれている状況を確認し始める。ロンの顔からは表情がなくなり床を見つめている。


「正直に理由を話しさえしていれば、別の道を考えてあげたが、もううんざりだ!君はこの家にふさわしくない!今日限りで君はクビだ!」


 ブルースはお茶を飲み、一息つく。


「すまないセラ。みっともない姿を見せてしまった」


「いっいえ、大丈夫です・・・・・・」


 セラは心臓がバクバクしていたが、感情があまり出にくい性格であってよかったと感じた。しかし、今回はブルースのみっともない姿ではなく、まるで時間が巻き戻ったかのようなこの不思議な状況に驚いていた。


「出ていきたまえ」


 ブルースはロンの目を見ずに言い放つ。しかし、このセリフでロンがこの部屋から去らないことをセラは知っている。やはり、ふと視線をロンに移すと今までの姿勢が嘘だったかのように堂々とロンは立っている。目を見開き、この男が急にナイフをもって襲い掛かってくるのではないかと思うほどの殺気を感じた。


 今の私にできること・・・・・・。心臓の鼓動が早くなり、耳からもドクドクと聞こえる。セラは勇気を振り絞り、ロンに近づき、ロンを部屋の外へ誘導しようとする。


「ロン・・・・・・玄関まで送るわ・・・・・・」


 身長が低いセラはロンの顔を下からのぞきながら言う。これで、ブルース様の前でこの男が暴れだすのを防ぐことが出来る。そう思っていた。ロンは近づいてきたか弱いメイドを左手で乱暴に押し返した。


「俺に触れるな!」


「きゃぁ!」


 セラは、吹き飛ばされ地面に倒される。


「セラ! お前・・・・・・何てことを!」


 ブルースが椅子から立ち上がり、セラの方へ駆け寄る。


「お前たちは何も理解していない・・・・・・お嬢様の気持ちにもっ・・・・・・」


 ロンはセラを抱えるブルースへ近づき、無礼にもブルースを蹴飛ばし、倒れた彼にかぶさって首を絞める。


「ううっ!」


「俺は正しいことをしているんだ。こんな家!壊さないと彼女は幸せにはなれないんだ!」


 ブルースの苦しむ声がセラの頭に響く。

 やっぱり、こいつは変わらない。ブルース様、お嬢さまを守るためには・・・・・・こいつを殺さなければならない。


「やめ・・・ろ!」


「死ね!死ね!」


「死ぬのはあなたよロン」


 ガツン! セラはろうそく立てを手に取り、ロンのこめかみに勢いよく叩きつけた。ロンは横に吹き飛ばされ、何が起きたか確認できていない様子。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 雄たけびを上げ、追い打ちをかけるようにセラは吹き飛び転んでいるロンめがけてろうそく立てを何度も当てる。初めてろうそく立てをロンに当てた記憶を頼りに、死ねという気持ちをのせて力いっぱいに背中へ振り下ろす。


 ガツン!ガツン!ガツン! しかし、人の体は思うより頑丈にできていることを実感する。ロンはろうそく立てを手で受け止め、セラの腕ごと払いのける。払いのける力は想像以上で、セラはしりもちをつく。


「ぐっ、くそメイドぉ。覚えていやがれ!」


 ロンはむせているブルースと、しりもちをついているセラがいる部屋を出る。まずい、この男を帰してしまったら同じことが起きてしまう。


「まっ待ちなさい・・・・・・」


 ロンが乱暴に開けた扉に向けて走り、そのままロンの背中を追いかけ、廊下、玄関へ行く。しかし、ロンの足は速く、追いつけそうにない。きっと、私の体力的にもこれ以上の距離を詰めることは出来ない。


 やけくそで、綺麗な花が生けてある花瓶を掴みロンめがけて投げる。しかし、ロンには当たらず、むなしく花瓶が割れる音が響くのみ。ロンは玄関の扉を開け庭に出る。


「セラさん?何をしてるの!」


 花瓶が割れる音を聞いてバーバラが駆け寄ってくる。


「どいてください!あいつを殺さないと!」


 でないと、今晩・・・・・・。


「落ち着きなさい!」


 セラはバーバラに捕まり身動きが取れない。こうしているうちにロンは屋敷の敷地内を出て行ってしまった。


「はぁはぁ」


「セラさん。一体何があったの?」


 セラは、バーバラのたくましく包容力のあるハグで、冷静さを取り戻す。今、この人たちに対してロンが浮浪者を連れて屋敷を襲いに来るという説明をしても理解されるはずがない。


「バーバラさんすみません。取り乱してしまいました」


 そこから私はロンがブルースに手をかけたこと、それに対して反撃したことなどを説明し、私はいつもの業務に戻る。ブルースは特別大きな怪我をすることなく、このことを屋敷中の召使に伝え安心させた。しかし、エミリーには伝えず、メイドたちにもこの一件を今後言わないよう伝えた。




 あの悲劇の襲撃まであと数分。あの時と同じく私はお嬢さまの部屋にいた。セラは対抗手段としてキッチンから包丁を持ち出し、スカートの下に隠す。これで、エミリーの部屋に訪れるロンは確実に殺せるはずだ。


「ねぇ・・・・・・セラ?」


「なんでしょうお嬢様」


「顔が怖いわ。どうしたの?」


 これから起こる出来事ばかりに集中しすぎて、今の私がどんな顔をしているか気にしていなかった。エミリーは毛布を口元まで被りながら尋ねていた。


「私が、ずっと泣いているから?」


「いいえ、お嬢様は関係ありません。私自身の問題です」


「そう・・・・・・」


 エミリーはまた毛布を被る。私が以前話していたようなことは、今回では話していない。だから、私は一度もベッドに腰を下ろしていないし、お嬢様を元気づけることもしていない。それよりも、あの男たちをどう迎撃するかを優先していた。あの男たちを追い払ったあと、いくらでもお嬢様と一緒に居られるではないか。だから今は申し訳ありません。



 ドオオオン!!


「いやっほおーー」


「盗め!盗め!」


 始まった。彼らだ。浮浪者たちだ。


「お嬢様。ベッドの下へ!」


「え?うん・・・・・・」


 エミリーが不安がり、セラに聞くよりも先に指示を出す。


「セラはどうするの?」


「私は大丈夫です」


 そう言い、扉の前にスタンバイ。エミリーはのそのそとベッドの下へ。


 前回も聞いた、物が割れる音に男たちの笑い声、そしてメイドたちの悲鳴。ごめんなさい、でももう少しの辛抱だから。


 こつこつと扉に近づく音。セラはスカートをめくり隠し持っていた包丁を取り出す。


「エミリー!いるのかい?僕だよ」


 ロンの声。包丁を握るセラの手は緊張で震え、心臓の鼓動も早くなる。大丈夫。相手はいづれお嬢様を殺す。この時点でブルース様も殺している大悪党だ。私は正しいことをする。


「あれ~いないの~開けるよ」


 ロンは扉をゆっくり開ける。今回は鍵を掛けなかった。なぜなら、相手の油断した瞬間に、確実で最速の一撃を与えるためだ。全身の精神をナイフの先端に集める。

 扉が開き切り、左手を扉、右手に斧に持ち、胸をがら空きにしているロンを目の前にとらえる。2人の目が合い、スローモーションで時が流れる。ロンの左のこめかみには、今朝ろうそく立てでついた痕がついている。よかったわね、今回はろうそく立てじゃないわよ。


「!」


 ドスッ。セラは大きな雄たけびを上げず、包丁はロンの心臓へ一直線。


「うゔっ!」


 ロンは苦しそうにセラの体にもたれる。口からは生ぬるい吐息、心臓からは噴水のように血があふれ出してくる。セラのメイド服は真っ赤になり、ロングスカートは血を吸って重くなる。ロンは血がついた手でセラの顔をなぞるが特に意味はない。そのまま絶叫するわけでもなく静かにしぼんでいった。


「きゃぁぁぁぁぁ!」


 後ろで誰かが叫んでいることに気づく。あぁお嬢様に見られてしまった。ですが、ここで終わるわけにはいかない。


「お嬢様・・・・・・」


「セラ・・・・・・ヒック、何したの?殺したの?」


「部屋から絶対に出ないでくださいね」




 ロンが持ってきた斧を拾い、廊下を進む。タイミング的に次は男が数名この廊下にやってくる。その前にセラは廊下の曲がり角で斧を構え、進んでくる男たちの死角で待つ。包丁は緊急用に足元へ置く。予想通り、話ながら男たちが数名近づいてくる。


「なぁ、お前はここの財産使って何がしたい?」


「そりゃあ、新しく家買って、食べ物に女だよ!」


「がははっ、お前ほんとそればっかだな。俺は違うぞ?」


「へぇ、なんだってんだ」


「俺を見捨てたやつらを見返すのさ。分け前を使って新しいビジネスを始める!」


「お前にビジネスなんてでk」


 ブオン!ズシャァ!

 セラの曲がり角を利用した豪快なスイング。重たい斧の刃が二人の会話を遮り、空間をゆがませた。話していた二人の肩を切り裂きながら廊下の壁で二人の死体と血は混ざり合う。


「うおっなんだ?」


 しまった!後ろにいた一人には当たらなかった。


「てめぇ・・・・・・やりやがったな!」


「くっ!」


 廊下の壁に突き刺さった斧を抜いて反撃しようとするが、抜けない!


「女が!」


 セラは床に置いた血まみれの包丁を取り、男と対峙する。男もナイフを取り出し、やる気のようだ。


「ひゅっ!ひゅっ!」


 男はナイフを振るのに合わせて、自ら効果音を付けているかのように息を吐く。

 男のナイフ捌きは見事で、セラはじりじりと後退させられる。血をすったロングスカートのせいもあり、動きが制限されるのを感じた。


「うっ!」


 顔をかすめる。セラも負けじと包丁を振り回す。しかし、男との体格差もあり、男が恐怖するような位置に包丁を持っていくことができない。


「へへっ!弱っちいな!」


 セラは壁に追い込まれ、逃げ場がなくなる未来を見た。どうせ壁に追い込まれ切り刻まれるくらいなら・・・・・・。


「やぁぁぁ!」


「なっ!」


 窮鼠猫を噛むとはこのことか。セラは男の懐へ包丁を突き立て突進。しかし、男は腕で体に包丁が刺さるのをなんとか防ぐ。だが、セラの突進は無駄ではなく、男の体を押し、転倒させ、セラは男の上に覆いかぶさる。セラは男の腕から素早く包丁を抜き、もう一度男の急所めがけて刺そうとした。しかし、刺せなかった。包丁を素早く抜いた反動で、包丁についたかえり血も影響し、セラの小さな手からすっぽ抜けてしまった。


「あっ・・・・・・」


「くっくそお!」


 ピッ・・・・・・、男は怯えた顔で、右手に持ったナイフを左から右へ平行に動かした、それによりセラの首に太く赤い線が浮かび上がる。セラは頭から血が引いていくのを感じた、というよりは、何も感じなくなってきたというのが正しいかもしれない。


 あぁ、しくじってしまった・・・・・・。どさりと男の上へセラは倒れこみ、薄れていく意識の中、廊下の先に白い毛並みの猫がこちらを見ているのを見た。


















「娘がかわいがっていた猫の首を斬って埋めた件だ!」


「!」


 ドン!! ブルースは机を叩く。叩いた振動で机の上のお茶が飛び、コップがガシャンと鳴る。かつて見たことのあるブルースの怒る姿に、セラは困惑する。ついさっきまで、炎に囲まれた場所で倒れていたはずだが、普段となにも変わらないブルースの書斎に彼女は立っていた。


「くそ・・・・・・掘り返したのか。くそメイドめ・・・・・・」


 小さい声でロンは呟いた。しかし、今のセラにはこの声は届かなかった。目の前の出来事にも関心を示さず、ついさっきに起こった出来事を頭の中で振り返っていた。


 まただ・・・・・・。まだ、続いている!


 ロンを殺した感覚、二人の男を殺した感覚、そして、首を斬られて死んだ感覚。すべてが生々しく、実際にあったことなのだと実感する。セラは、この不思議な現象がなぜ起こっているのか考えたい気分になった。


「すまないセラ。みっともない姿を見せてしまった」


「・・・・・・」


「セラ?」


「あっはい・・・・・・大丈夫ですよ」


「・・・・・・本当に、すまなかった」


 ブルースは申し訳なさそうに、話しお茶を飲む。

 今のセラには目の前のロンに対する怒りやブルースにたいする気遣いよりも、自分が置かれている現象に対しての不安のほうが強かった。いやそれは好奇心かもしれない。


 そのあと、例のごとくロンが興奮状態で話すのだが、今回は何もせず、ただ見ていた。きっと今の段階でできることは少ない。逆に、下手に彼を刺激すれば、夜の奇襲方法が変わってしまうかもしれないとセラは考えていた。



 落ち込んでいるお嬢様を寝かせた後、セラは休憩室へ向かわず、一人部屋に籠り、今までのことを振り返る。一番気になるのは、あの影だ。あの影に触れたときから、私はあの日の朝に戻され始めた。そして、その空間で自由に行動が出来る。恐らくほかの人たちは私が何もしない限りあの日と同じ行動を起こす。それが意味することは何か・・・・・・私があの影に望んだのは復讐である。あの男たちに対する殺意を持って願ったのである。きっとロンだけではなく、あの屋敷を訪れるすべての人間を殺さなければ私はここから出られないのだろう。そうすることで私の望みは叶い、お嬢様とブルース様、バーバラを救えるはず。モルガンとキャミイも男たちに乱暴されずに済む。屋敷も燃えない。


 セラの中に段々と希望が芽生え始めた。彼らを救うことができるのは私だけなのだと。なぜ時間が巻き戻っているのかについてはわからないが、きっとあの影は神さまで、私たちを救うべく舞い降りたのだ。それならば、さっそく準備をしよう。


 セラは、前回の反省を踏まえ、包丁に血がついても扱えるよう、掃除で使うモップの反対側に包丁を紐で結び付け、簡単な槍にした。ロングスカートも、前回行動が制限されたため、戦闘前になれば斬ることを決意した。ただ今してはいけない。さすがに浮いてしまう。あとは、ブルース様を守る手段を考えなければ。


 セラは書斎で貴重な休暇を取っているブルースに声を掛ける。時間は

 襲撃の30分前。


「エミリーが私を呼んだって?」


「はい」


「そうか・・・・・・わかった」


「それと」


「?」


「護身用の銃を貸して頂けませんか?」


 ブルースは目を真ん丸にさせる。セラは無理を承知で話して見た。


「銃?何に・・・・・・使うんだ?」


「ええと・・・・・・」


 襲い来る男たちを迎え撃つためだが、これを伝えたところで貸してくれるとは限らない。もっと確実な理由で頼まなければ貸してくれないだろう。だけど、私を救ってくれたブルース様に嘘をつかなければならないことは辛い。しかし、ブルース様に恩返し、命を救うためには仕方がない。


「今度、お嬢様を元気づけるために劇をしようという話が持ち上がりまして・・・・・・その小道具で銃が必要なのです」


「なるほど・・・・・・じゃあ」


 ブルースは壁にかけてあるたくさんの鍵の中から鈴のついた鍵を取る。そして机の一番下の棚を開ける。


「弾は抜いておこう」


「あっ・・・・・・はい」


 ブルースはセラに拳銃を渡す。弾倉は外してあり、これでは使い物にならない。しかし、弾倉を付けて欲しいと頼むことはどうしてもできず。しぶしぶブルースと共に部屋に出る。


 いや、まだ時間はある。


「すみません。用を思い出したので先にお嬢様の部屋へ向かっていただけませんか?」


「おっ・・・・・・そうか?」


 セラはブルースと別行動をとることに決めた。残念ながら、エミリーがブルースを呼んできて欲しいと言っていたのは嘘である。きっとブルースがエミリーの部屋に訪れることで、ちょっとした混沌が生まれるだろう。しかし、二人を同じ部屋にすることで、ブルースが殺される事態は防げるはずだ。


 ブルース様の書斎へ戻る。残り時間はあと15分。机の棚から弾倉を取り、銃を完成させて二人のいる部屋へ戻る。急がなければ・・・・・・。


 さっきの鈴がついた鍵を取り、ブルースの仕事机のところへ小走りで向かう。確か一番下。鍵穴に鍵を差し込む。


 カチャリ


「開いた・・・・・・」


 あとは、弾倉を・・・・・・。


「あれ?」


 弾倉が思った以上に軽い。それはそのはず、弾倉には弾が込められていなかった。


「そんな・・・・・・やったことない・・・・・・」


 銃を撃つ行動自体は、お嬢様の見る映画や劇などである程度知っているつもりだった。だけど、弾を込める方法は知らない。きっとこうだろうという憶測を元に、別のケースに入っていた弾をぎこちなく入れ始める。時間のプレッシャーで手が震える。何回か弾を落としながら、やっとすべての弾を入れきることが出来た。だけど、もう襲撃の時間。窓の外から声が聞こえる。


「ここにあの男がいるんだなロン」


「あぁ、派手に頼む」


「よし持ち場に着け。玄関の爆破と同時に入る」


 セラは窓の方を振り返る見る。奴らだ!玄関と書斎のベランダから侵入していたのか!幸い、外の大雨によって、外にいる3人はこちらの様子には気づいていないようだ。3人の中にはロンもいる。ここから窓を開いて銃で応戦しようとしたが、その行動を起こす前にドォォォンという爆音が響く。書斎の本棚からパラパラとほこりがまった。


「まずい!」


「やれ!」


 先頭の男が手にしているのは狩猟用のライフル。窓を突き破り、一番最初に目に映った人物に向けて発砲する。そう、私に向かってだ。


「あぁっ!」


 腹部を貫通。セラはその場に倒れこみ。血が流れ出るのを感じる。3人の男はセラを囲むように立つ。


「おい誰だこいつ?もしかしてこいつがブルースか?女装の趣味があったとは」


「だとしたら~なかなかいけるじゃん」


「そんなわけあるか。こいつだよ。俺の邪魔ばかりするくそメイドだよ」


 ロンは私の髪を引っ張り、無理やり顔を自分の方へ向かせる。


「いい気味だ。主人はまだ屋敷にいるか?」


「はぁはぁ・・・・・・教えるわけないでしょ!」


「はぁ」


 ロンは乱暴にセラの頭を離し、代わりに銃を持っていない男から斧を奪う。


「じゃあな。くそメイド」


「おい!まだ殺さなくても!」


 ザクッ。私の意識が続いたのは今回はここまで。

 













「娘がかわいがっていた猫の首を斬って埋めた件だ!」


「うっ!」


セラはその場に倒れこみ、斧で切断された痛みの感覚を嫌でも思い出した。足元から崩れ、ブルースはセラの異変に気付く。ロンは興味がない様子で立っている。


「だっ大丈夫か?セラ」


「すみません・・・・・・部屋から出ます。代わりのものを・・・・・・連れてきます」


失敗してしまった。私の知識と技量が足りないばかりに。ほかのメイドたちがいる休憩室へ向かう。そこにはモルガンとキャミイが楽しく話していた。


「それでさー。ん?おいどうしたんだよセラ顔色が悪いぞ?」


「もしかして~ロンから嫌なこと言われた?」


「そっそんなところですかね。変わりをお願い・・・・・・」


「わかった。私が行くわ。キャミイに行かせたらロンに何をしでかすかわからないからね」


「ありがとう・・・・・・」


「ありがとうモルガンちゃん」


私は、ソファに寝転がる。決していい寝心地ではないが横になれるだけまし。

恐ろしいあの感覚も過去のものとなり、落ち着いてきた。


「大丈夫?水でももってこようか?」


「いえ、もう大丈夫です」


キャミイは優しく私の頭を撫でてくれた。

私のこのもやもやした心境を彼女に伝えたら、彼女はなんていうだろうか。きっと彼女ならいつもの包容力で悩みを吸い取ってくれるかもしれない。だけど、やめよう。これは私が決着を付けないといけないことなんだ。


「セラちゃん」


「はい。なんでしょう」


「何か悩んでいることがあるみたいだね~」


「わかるのですか?」


「キャミイにはお見通しなのよ」


キャミイはこういうときだけは鋭いのだ。昔からしっている。


「お嬢様のこと?それとも恋愛とか?」


「いいえ、確かにお嬢様のこともあるけど、そういうのじゃないです」


「はて~」


「ありがとうございます。心配してもらえるだけでうれしいです」


「ふふふっ。セラちゃん。一人で抱え込んじゃうタイプだから、時には休まなきゃだめだよ~」


「はい・・・・・・」


確かに、一人で抱え込んでしまっている。だけど、この状況を作り出したのはまぐれもなく私なのだ。みんなを幸せにできるのも私。

セラはソファーから立ち上がる。


「もう大丈夫です。外の空気を吸いに巡回してきます」


「いってらっしゃ~い」









「待ちなさい。ロン」


「あぁ?」


ロンがとぼとぼと庭の通路を歩いているところをセラは止める。天気はこれから雨が降ることを知っているため、曇っていることは気にならない。だが、こうやって屋敷に出ていくロンに声をかけるのは初めてだった。空気が新鮮に思えて、気持ちも前向きになれる。いまなら何でもやれる。それほどセラの華奢な体はやる気に満ちていた。


「もし、今後お嬢様やブルース様、この屋敷に手を出すことがあれば、私が絶対に許さないから」


「へへっ、まるで俺の頭のなか覗いたようなこというじゃねぇか・・・・・・」


ロンは不気味な笑いで肩を揺らしながら、こちらを向く。


「ゆっとくけど、エミリーは大切な俺の妻だ・・・・・・絶対に見捨てないからな、覚えとけよ、くそメイド」


「ええ、よく覚えておくわ」


ロンは自らが世話をしていたであろう芝生につばを吐き、敷地内から立ち去っていった。お嬢様と出会いに行く時間だ。雨も少しずつ降り始めている。セラは小走りで玄関の元へ戻る。その途中、白い何かがセラの視界に移りこみセラは足を止め、その物体を確認しようとした。しかし、その生き物は物陰へ走り去ってしまった。

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