狂気の夜
ブルースの書斎。いつもとは違ったピリついた雰囲気がこの部屋に充満する。なぜならば、オリビアを埋めた張本人が書斎のど真ん中に朝から立たされているからだ。ロンは相変わらずソワソワし、体の内へ内へと腕を入れ込むような姿勢だ。セラはブルースだけにお茶を出し、そのまま部屋にとどまる。ちょうどブルースの右後ろ、窓からは黒い雲が見える。ほかのメイドはロンと会うことを拒否し、このまま知らないうちに消えて欲しいとキャミイは言った。みんなこの不気味な事件のせいで眠れていない。かわいそうにエミリーもそうだ。私ももちろんみんなと同じ気持ちで眠れていないが、もし、ロンが罪逃れをしようとするならば私がブルース様の右腕となり立ち向かわなければならない。私が第一目撃者なのだから。
ブルース様はお茶を少し飲み、深呼吸してきょろきょろするロンに話しかける。
「君は、昨日の夜いったい何をしていたのかね?」
よくある探偵物の小説のようなセリフ。昔、お嬢様と探偵ごっこをしていた時とは全く違う言葉の重みだった。きっとこの言葉を聞いただけで自分の罪がとっくにバレていることをロンは感じ取ったかもしれない。
「いや・・・・・・その、ブルース様。そこのメイドから聞いたと思うんですけど、モグラ退治をしていたのです。あまりにも逃げるもので時間がかかり過ぎてしまいまして・・・・・・ははっ」
この期におよんで嘘を突き通そうとするのか。セラはエミリーの泣いた顔を思い浮かべ、怒りで手で握りしめる。昨日の夜、オリビア死体を違う場所に埋めたが、死体が見つかったこと自体は彼女に伝えていない。伝えたところでいいことは無いと判断したからだ。エミリーにとってまだオリビアは生きている。
「君にはがっかりだ。良い村の青年だと思っていたが、私の目は間違っていたようだ。せめて理由を聞かせてくれ」
ブルース様は鋭い目つきでロンを睨む。ロンは視線を固定され、いつものようにきょろきょろすることが出来ない様子。
「モッ・・・・・・モグラの、モグラを退治した。りっ理由ですか・・・・・・」
こいつ!口を開き、ロンに一発、私が知る限りでの挑発的で侮蔑的な言葉を浴びせてやろうと思った瞬間、私より先にブルース様が声を上げた。
「娘がかわいがっていた猫の首を斬って埋めた件だ!」
ドン!!ブルースは机を叩く。叩いた振動で机の上のお茶が飛び、コップがガシャンと鳴る。今まで見たことがないブルースの姿に、セラは固まる。
「くそ・・・・・・掘り返したのか。くそメイドめ・・・・・・」
小さい声でロンは呟いた。この前私がお嬢様と会話を遮った時もくそメイドと罵っていたのかもしれない・・・・・・。ロンの顔からは表情がなくなり床を見つめている。
「正直に理由を話しさえしていれば、別の道を考えてあげたが、もううんざりだ!君はこの家にふさわしくない!今日限りで君はクビだ!」
ブルースはお茶を飲み、一息つく。
「すまないセラ。みっともない姿を見せてしまった」
「いえ、構いません。私も同意見です」
セラは心臓がバクバクしていたが、感情があまり出にくい性格であってよかったと感じた。一方ロンもこのように叱責されたのは初めてなのだろうか、いつも以上に首が体にめり込み、指をグルグル動かしている。
「出ていきたまえ」
ブルースはロンの目を見ずに言い放つ。これでロンはここでにいなくなる。あとはお嬢さまにどう説明すればよいかだ。問題は少しずつ解消されていくかに思えたが、ふと視線をロンに移すと今までの姿勢が嘘だったかのように堂々とロンは立っている。目を見開き、この男が急にナイフをもって襲い掛かってくるのではないかと思うほどの殺気を感じた。
「ロン?」
セラは固まっているロンの名前を呼ぶが、微動だにしない。異常に気が付いたのかブルースもロンを見る。
「出て行けと言っているんだ」
ブルースはもう一度、今度はロンと目を合わせて言う。
違う。ロンは出ていけという言葉が聞こえなかったのでも、現実として受け入れられなかったのでもない。ロンは、よからぬ覚悟を決めたのだ。まずい雰囲気を感じ、セラがロンに対する声掛けを考える前に、ロンは口を開く。
「お言葉ですが、ダンテという男はエミリーを騙しています」
「?」
「私はあの穢れた男から彼女を守ろうとしたまでです」
「お前は一体なにを言っている?」
「ふひっいひひひひっ」
不気味な笑い声が書斎に響き渡る。だが、ロンの顔はもちろんうれしそうではない。怒りと悲しみに溢れた顔だ。
「だってそうだろ?あんたはあの男とエミリーを結婚させようとしている!エミリーの本当の気持ちを無視して!このままでは彼女は幸せにはなれやしない!」
「口を慎みなさいロン!」
「うるさい!お前もそうだろう!エミリーをずっと監視しているんだ。俺がエミリーと会うのを防ぐために!」
ロンはポケットから焼き焦げた紙切れを出す。完全に焦げていない部分から、誰の書いた字であるかはわかる。
「それは・・・・・・」
「俺の送った手紙さ・・・・・・怪しいと思ったよ。なんでエミリーが手紙の返事をよこさないのだろうって、ずっと待っていたのに!ちゃんと住所も書いたし、直接俺に伝えてもいいって書いたのに!案の定だよ・・・・・・一昨日、見つけたんだ焼却炉で。きっと燃やされた紙の中にエミリーからの返事の手紙もあったはずだ・・・・・・」
一昨日、ダンテが食事に来た日だ。そうか、ロンが夜遅くまで屋敷に残っていたのはこれが理由だったのか。
「ロン。誤解よ・・・・・・誰から送られたものなのかわからない書物は処分する決まりなの・・・・・・それに字も読みとれないほどで。そもそもお嬢様に届いてすら・・・・・・」
「嘘をつくな!」
ロンは足をドンと踏みつけ、怒りをあらわにする。この男にはもう言葉は通じないのだと感じてしまった。
「俺は、エミリーを愛しているんです・・・・・・お願いです。今回猫を埋めたのも彼女に目を覚ましてほしくて・・・・・・お願いです彼女と話を・・・・・・」
ロンは神様に訴えるかの如く、腕を前に伸ばす。駄目だ。例え神様であってもそんな要求、通るはずがない。
「無理だ。大人しく、帰りなさい」
ブルースは当然の返事を返した。額には汗が浮かんでいた。セラも顔は涼しげだったが、手の内は汗ばんでいた。
「そうですか・・・・・・わかりました。彼女を本当に幸せにできるのは俺だけだったかもしれないのに・・・・・・後悔しないでくださいね」
ロンは急にスイッチが切れたかのように、返事をし、とぼとぼと部屋の外へ出ていった。
その後、エミリーは部屋から一歩も出ず。ただ、オリビアのことを思って泣いているだけだった。セラはエミリーと共に部屋に籠り、エミリーを元気づける。効果があったかは分からないが、昼ご飯をしっかりと食べ、お昼寝をした。いつもなら教育係が世話をする時間なのだが、今日はキャンセルし、エミリーが自由に過ごせるようにしていたため問題はない。だが、お昼過ぎにエミリーが屋敷を歩きまわらない日は滅多になく、いつもとは違う空気を召使たちは吸っていた。
「にしても、とんだ思い違い野郎だったわけね~。セラも気をつけなよ」
モルガンは相変わらずちょけている。
「どうして私が気を付けなければならないんですか?」
お嬢様がお昼寝を始めたので、セラは休憩室に一旦戻り、怒涛だった朝の疲れを癒しに来ていた。ほかのメイドも同じらしく、全員集合していた。
「あんた、鈍感だからさ~。知らないうちに男をその気にさせちゃって襲われちゃうとかあるかもよ」
「なるほど・・・・・・」
「納得しちゃうのかい」
バーバラは微笑しながら、縫物をしている。
「本当に~ダンテさんが悪者なんでしょうか~信じられないです」
キャミイはクッキーを頬張りながら、言う。
「好きな子の気に入ってる猫を殺して埋める男よりは絶対にましよ」
こういう異常事態でも変わらずいれるモルガンの性格がうらやましいとセラは思った。
「第一、ロンってやつは全然ダンテ様のことを知らないだろ?妄想だよ。お嬢様を取られそうになったからむきになったんだろうよ」
「うえ~」
キャミイが突然泣き出す。
「おい、急にどうした」
モルガンはおどおどする。セラはすっとハンカチをキャミイに。キャミイはそのハンカチを受け取り涙を拭く。
「オリビアちゃんのことを思い出しちゃったぁ・・・・・・うぇ~」
「なんだ。あんたってホント涙もろいわね・・・・・・」
モルガンとキャミイはここで働き始めて数年経つらしいが、始めは性格が合わず喧嘩も多かったのだとか。キャミイが思い詰めて泣いてしまい、責任を感じたモルガンが謝るというパターンを繰り返しながら、少しずつお互いを理解し今の関係になったそうだ。私も、皆と深い関係で結ばれるだろうか。恋愛はよく分からないがそういう友情関係に憧れを持つセラだった。
「あぁ、言い忘れてたんだけどね。ダンテ様が今晩、お嬢様に会いにくるそうだよ。ブルース様が電話で今回の騒動で猫が亡くなってしまったことを伝えて、彼女励ましてほしいってお願いしたそうだよ。会議があって夕飯には間に合わないけど、顔を見には来るらしい」
バーバラは編み物を片付けなが、報告をする。
「ヒユー、王子様だねぇ。今晩は楽しみだ」
「うぇ~新しい猫飼ってきてくれるかな」
「キャミイさん・・・・・・それは違うのでは・・・・・・」
夕方になり、セラはエミリーの部屋へ。エミリーはフカフカなベットの上で毛布をかぶりうずくまっていた。
「セラ?・・・・・・」
「左様です」
エミリーの部屋のカーテンを閉め、床に落ちている物を片付ける。
「よく眠れましたか?体調の方はどうですか?」
「うん。オリビアの夢を見てたの・・・・・・」
鼻をすする音。布団の下でも彼女はまだ泣いているのだろうか。
「みんなに、心配かけてごめんね・・・・・・」
「別に謝る必要はないですよ。私がもしお嬢様の立場だったら、むしろ泣けないかもしれません」
「どうして?」
エミリーは布団からひょこっと顔をだす。
「私は甘えさせてもらった経験をしたことがありません。売りに出されていた頃、泣いていたらうるさいと怒鳴られましたし、笑うものが全くない環境で過ごしてきましたから・・・・・・今でも感情を出すのは苦手です」
「・・・・・・」
私はつらかった時代を思い出す。正直にいうと私という性格はこのつらい時期に完成してしまった。だけど今、やっとこの場所で普通の少女になり始めている。
「それに比べて、お嬢様はうらやましいです。愛してくれるお父様がいて、それに協力してくれるもの達がいる。お嬢様が、泣きたいように泣き、笑いたい時に笑う。それを見て屋敷の者たちは気分が変わる。まるでお嬢様はお日様のようですね」
「そう?」
セラはベットに腰掛け、エミリーの頭に手をのせ、くしゃくしゃと撫でる。
「オリビアはきっとどこかで元気に暮らしています。もしかしたら、市場にいた愛しの猫と駆け落ちしたのかもしれません」
「えっ?うふふっそれって冗談でしょ」
「ええ、冗談です。でも可能性はあります」
エミリーはガバッと布団から飛び起き、セラの横にぼふんっと座る。
「そうね。いつか子どもを連れて帰ってくるかもね!それまで私も元気にしてなくちゃ!」
「えぇ」
「私はみんなの太陽ぉ~!」
あはははっと二人は笑い、ベットに寝転がる。セラはぎゅっとエミリーを抱きしめ、守りつづけたいと願った。
しかし、その二人だけの空間は、大きな爆音と共にかき消される。
ドオオオン!!
「いやっほおーー」
「盗め!盗め!」
突然大勢の男たちの声が玄関の方から聞こえる。ただ事ではない。
「なに、セラ!?」
「お嬢様はベットの下に隠れてください!」
セラは扉の前まで飛んでいき、耳をそばたてる。
「金になるもん全部盗め!女はその後だ!」
「きゃぁあ!」
「なんだお前ら! 離しやがれ!」
この声はキャミイとモルガン!捕まってしまったのか・・・・・・。
「へへっ前、市場で見かけたときから、このでかい胸を触りたかったんだ~」
「いやっ触らないで!」
「おい!キャミイにひどいことしてみろ!私がぶっとばしてやるからな!」
「うっせーよメガネ!」
ばちん。恐らく、モルガンの頬を叩いた音。ひどい。彼女たちが何をしたのか。
あたりからは窓を割ったり、棚から物が落ちる音。メイドたちの悲鳴。
セラは一旦ドアの鍵を閉め、脱出経路がないかを探る。窓から飛び降りるべきか・・・・・・。
「セラ・・・・・・なにが起こっているの?」
ベットの下からか細い声が。
「お嬢様はここでじっとしていてください」
武器になるものはないか。残念ながら、お嬢様の部屋にはそういう尖ったものはない。使うのであればろうそく立て。
「おまたせエミリぃ~」
コンコンっとドアを叩く音。
「お嬢様はここで静かにしていてください」
ベットの下で震えるエミリーにそう促し、セラはろうそく立てを背中に隠しつつ、ドアの前へ。
「僕だよ~ロンだよ。鍵を開けてくれ。君の邪魔をする親父はもういないんだ・・・・・・さぁ、一緒に行こう!」
「まさか、ブルース様を・・・・・・殺したのですか・・・・・・」
「あん?その声は・・・・・・俺の邪魔ばかりするくそメイドじゃねぇか!エミリーはどこだ!」
「お嬢さまはただいまお風呂に行かれています。そちらを先に探した方がよいかと」
「はは~ん。俺を騙そうとしたって無駄だぜ!」
ドン!
「!」
ドアに鋭い一撃。奴はドアを破壊しようとしている!
「おらぁ!どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって!」
ドン!ドン!
「好きだったのに!お前らが俺たちの邪魔をするからだ!天罰だ!」
「よしなさい!ロン!」
ドン!ドン!
廊下の光がエミリーの暗い部屋に入り込む。
「俺が!いつまでも!言うことを聞く男だと!思うなよ!」
ドン!バララ!
ドアがこじ開けられた。もうやるしかない!
「うわぁぁぁぁぁ!」
背中に隠し持つろうそく立てを高くつき上げ、斧を力いっぱいに振り下ろして、前のめりになっているロンの頭めがけて投げつける!
ゴインッと鈍い音がする。
「いっ・・・・・・」
ロンはその場でうつぶせに転ぶ。
「お嬢様!行きましょう!」
この合図を元に、エミリーは勢いよくベットから飛び出し、ロンの頭上をぴょんと飛び越える。
「走りますよ!お嬢様」
セラは廊下側にでて、エミリーの右手をぎゅっと握る。
「エッエミリー・・・・・・待てぇお前らぁ」
セラは苦しそうに立ち上がろうとしているロンに気づき、
「せぃ!」
っとおしりに蹴り。ロンは前のめりでエミリーの部屋の家具にぶつかる。
どこに行けばいい?どこに逃げればいい?いっそのこと玄関まで突っ走って逃走するか?なら、他のメイドたちはどうなる?
「おっ!まだいたぞ!富豪の娘だ!捕まえろ!」
まずい!ああだこうだ考えている内に廊下で男たちと出くわす。
男たちの反対側へ、しかし反対側にも男たちが立ちふさがる。
セラは目の前の男に肩を掴まれ、動きを抑えられる。
「おっと、どこへ行く」
「離しなさい!」
こうなれば、時間の問題。私はお嬢様を守ることが出来ず。ロビーで他のメイドと同じく縛り上げられ、お嬢様はロンに捕まった。
「さーてロン。ここの上手い飯も食ったことだし、次は女だな」
気味の悪い男たちの笑い声が響く。ざっと計算するとロンを含めて7人。このものたちは一体どこから湧いたのだろうか。エミリーはソファーに座っているロンの膝の上にのせられ、ロンの唇が近づけば、エミリーはそれをかわすという攻防を繰り返している。ロンの手にはナイフがあり、下手に動けばお嬢様があぶない。男たちが座っていた椅子の横には爆薬があり、きっとここを去る時にでも派手に吹き飛ばすのだろう。
「お前たちはなんてことを!ブルース様がどれほど素晴らしい方か知らないのですか!」
腕を縛り付けられたメイドの中で私の背後にいるバーバラは、声を上げた。
「え?ただ運がよかった金持ちだろ?俺たちが貧しく生活しているのをこんな高そうな家で眺めていやがって」
やつれた男性が嫌味ったらしく反論する。きっと、仕事を失ったもの達だろう。ロンがリーダーとしてかき集めたに違いない。
「あなたたちには絶対に天罰が下る!」
「あーもう、うるさいな!」
その男はナイフを取り出し、私の横を通り抜け、私の視界から消えたところでジャグッジャグッっという音を出した。
何をした?
「きゃぁぁ!」
キャミイの叫び声。まさか、バーバラは刺されたのか!?
「おいおい?いいのかよ?」
「誰もこんなババァ相手にしたくねぇだろ?」
「嘘~俺行こうと思ってたのに・・・・・・」
ぎゃはははは、また不愉快な笑い声。もううんざりだ・・・・・・。おそるおそる振り返る。バーバラの体の下には血が流れ、目は空きっぱなしだった。
「さーてじゃぁ、4人の中でやりたい子決めようぜ~」
「おい・・・・・・」
ロンが珍しく口を開く。
「メアリーは僕の妻だ」
「あぁそうだったな。すまねえ」
奴らの言動一つ一つに怒りがこみ上げる。キャミイは私の左側にいて泣いており、モルガンはメガネを殴られたときに落としたのだろうか、さっきからしゃべらずうつむいている。
「じゃあ、この胸が大きい子~」
はいはいと3人の手が挙がる。
「じゃぁこの生意気な子~」
はいはいと2人の手が挙がる。
「最後に、この美少女~」
はいと一人の手が挙がる。
まるで、オークションにかけられているかのような感覚。不快だ。
男たちは好みのメイドを数人がかりで抑え、ロープをほどく。おのおの別の部屋に連れていかれ、モルガンとキャミイの姿は見えなくなってしまった。私を選んだ男は酒を飲み過ぎたらしく、フラフラになりながらトイレに向かった。
ロビーに取り残されたセラとロンとメアリー。
あいかわらずロンとメアリーの顔が近い。
「ねぇ、メアリー。やっと僕たちは結ばれるんだね。へへへっ」
メアリーはセラを助けを求めるかのように見つめるが、私にはどうしようもない。セラはうつむく。
「あなたのことなんか嫌いよ・・・・・・」
メアリーは言う。
「いまさら隠さなくてもいいよ。本当はこうしたかったんだろ?」
「隠してなんかない。私が本当に好きな人は別にいるもの」
ロンにキスされそうになるが、メアリーは顔を捻らせそれを拒む。
「うそだ。手紙も読んでくれたし、返事も書いてくれたんだろ~」
ロンの話し方が早くなる。
「手紙って・・・・・・なんのことよ・・・・・・」
「えっ?」
ロンの笑顔が止まる。セラはロンの思考に異常が生じ始めたのを感じる。
「嘘だ?読んだんだろ?それで返事も書いたけど、そこのくそメイドに燃やされたんだろ?」
明らかにロンのいっていることは妄想で、おかしな主張。だが、手に持っているナイフが冗談を狂気を変える。
「言えよ!俺のことが好きだったんだろ!?」
「私が好きなのはダンテ様よ!」
エミリーは足でロンのおなかを蹴飛ばす。ロンは勢いよくソファーからバランスを崩して落ちる。だめだ、いやな予感しかしない。
エミリーはセラの紐をほどこうとする。
「だめです!逃げてください!お嬢様!私のことは構わず!」
「セラも一緒!」
「くそおぉ!なんでだぁ!」
ロンは立ち上がり、ナイフ片手に飛びかかってくる。
「お嬢様!」
ロープをほどくことに集中していたエミリーをセラは体で押し、ロンが振り下ろしたナイフを背中で受ける。
「ゔうっ!」
飛ばされたエミリーは身の危険を感じ、屋敷から出ようと走り出す。
「エミリー!」
ロンはセラに刺さったナイフを勢いよく抜く。
「がはっ」
そして、扉に手をかけようとしたエミリーの長い髪をロンは掴み・・・・・・
「どうして!僕なら君を幸せにすることができるのに!君も裏切るのか!」
あぁ、やめて。
「きゃぁぁ!」
「初めてだったのに!こんなに人を大切にしたいと思ったのは、初めてなのに
!」
シャグッシャグッ
お嬢様の真っ白な洋服が赤く染まっていく・・・・・・。
エミリーはぷるぷると震え、小さく丸まっていく。
「これで、最後。できるだけ、はぁはぁ、痛くないようにッ・・・・・・」
バァンッとほかの部屋に移っていた二人の男が、ズボンをはかずに慌てた様子で出てくる。
「やべえぞ!あの女!俺たちの爆弾を隠しもっていやがった!」
彼らのセリフを聞き終えた瞬間、大きな爆風、爆音と共にロビーにあったあらゆるものが吹き飛んだ。ロンとセラ、エミリーも例外ではない。何が起こったのか分からないが、屋敷にある様々なもの持ち場を離れ、空に舞う。確か、バーバラに正しいものの配置とか教えてもらったっけ、これは一週間かかってマスターした。また、掃除しないとな・・・・・・。
セラは背中の痛みで目を覚ます。あたりは壁まで火が登り、木の柱が丸見えになっているところもある。左を向くとエミリーが仰向けになって倒れている。
「お嬢様!」
セラは這いつくばりながら、仰向けで、胸の上下が見られない彼女へ近づく。
「嘘、嫌だ。お願い・・・・・・」
願いもむなしく、エミリーの体は完全に脱力し、目の光を失ってしまっていた。
セラは深い悲しみと怒りを感じたが、それを体で表現することができない。彼女自身も怪我を負い、爆風に巻き込まれ、泣き叫ぶ体力もなかった。
「ああっ、あんまり・・・・・・」
ロンの姿も、他のメイドたちの姿も見えない。ただ火に囲まれているだけで、助けを呼んでも無意味であることを察した。
ただ・・・・・・。
「?」
セラの足元に誰かが立っている気配がした。意識が朦朧とする中、黒いシルエットだけが、セラの瞳に移る。
「ヤリノコシタコト、コウカイシテイルコトハ?」
その影の声は、不思議とセラの頭の中へするすると入ってくる。
「私がやりたいこと・・・・・・」
私がやりたいこと。それは、復讐。この愚かな行動を起こした奴らに復讐をし、平和な日常を取り戻すこと。殺す。ここにいる障害たちをすべて殺す!
「ワカッタ・・・・・・ココニ チ ヲ」
影は何かを差し出してきたが、はっきりとは見えない。ただ、ここに手を伸ばせば良いのだろうと理解した。
セラはその影に向かって震える手を伸ばした。
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