タカナシさんのスピンオフ!

タカナシさんスピンオフ作品

「ま、迷った……」


 ガタイが良く、遠目からでも屈強と分かる男は、ハイカラな白のスーツと皮の洋靴を泥で汚しながら、山道を歩いていた。

 男の名前は『山野井 新次郎』とある組織の命により、この先にあるはずの最近、廃村となった村へ向かっていた。

 

 時は大正。山道はほとんど整備されておらず、男の目的地には車では到底入り込めない山道を行かねばならなかったのだが、山道とはいってもほとんど獣道のような道で、泥は足にまとわり着き、視界も薄暗く方向感覚が狂わされる、道案内なしには間違いなく迷うような場所であった。


「くっそ。なんで遊撃隊が道案内を拒否するんだ。バカなのか! 戻ったら絶対ぶん殴る!」


 山野井は道案内を断った野郎を思い出す。

 頭の中にはめちゃくちゃ可愛い美少女キヨが浮かびあがるが、山野井はそいつが男だと知っていた為、ますます殺意が沸き上がる。


「可愛さ余って憎さ100倍って奴だな」


 そして、当時の状況が脳内で再生される。


「えーっ? 僕に道案内? ヤダよ。あんな山にもう1回行くの! えっ? 任務? でも僕の任務はちゃんと果たしたし~。それに山野井さんには何回も言ってるけど、僕、八雲以外とはバディ組まないから。特にドMの山野井さんは完全に僕の好みから外れてるから、なんだったら、そのまま遭難して帰ってこなくてもいいよ。ハイ、それじゃこれ地図だから頑張って、じゃ~ね~」


 捲し立てるように告げたそいつは、風のような速さで立ち去った。


 一応、責任感からなのか、地図を置いて行ってくれたのだが、一筆で描かれた山に『鋸山のこぎりやま』『このへん』としか書かれておらず、初見時に即効で握りつぶした。

 実はあぶり出しで精巧な地図が描かれていたという事実は一生闇の中に消え去ってしまっていた。


「誰がドMだっ!! それを言うなら八雲の方がMだろうがっ!」


 同じ組織に属する同僚でありながら、いつも弱々しく、キヨにいいように虐められている男の事を苦々しげに怒鳴ると、脳内キヨが勝手に喋り出す。


『八雲はMじゃないから、いじめるのが楽しいんじゃない!』


 脳内キヨは山野井の想像の為、悪意100%なのだが、山野井はかなりリアルに人物像を捉えていると自負している。


 山野井はイライラを抑える為、一度深呼吸し、今回の任務を確認する。


 山野井の所属する組織は人間の常識の範疇外にある異能や怪異によって引き起こされる不可思議な事件を調査し、その原因を突き止め秘密裏に排除する。そして、その不可思議な事件のほとんどが異能によって引き起こされている。

 多くの人間がその異能を使うことは出来るのだが、自覚する者は少なく、ほとんどが普通の人間のまま一生を終える。しかし、山野井のようにその資質があるものが、師事してくれる者なしで発現してしまった場合多くが、力に飲まれ犯罪へと繋がる。


 ただ、今回の一件は少し様相が違った。


「まぁ、普通じゃないから、俺に、いや、殲滅隊にお鉢が回ってきたんだがな」


 この先の村では、死んだ人間が生き返る『起き上がり』の噂が少し前から出ていた。

 しかし、死んだ者が生き返る恐怖より、死んだ愛する者に再びあえる喜びの方が勝り、この事実はしばらく隠蔽されていた。

 だが、この村での死亡者の数は徐々に増えて行った。それの原因がなんなのかは、それとなく予想はついたが、一度受け入れた『起き上がり』を拒否することは村人たちはできなかった。


 そのままずるずると時は経ち、いつの間にか村人の中に生者は誰もいなくなった。

 畑も家畜も行商もなくなった村からは食料が消えた。

『起き上がり』たちは自分たちを食べることは無かったが、迷い込んだ旅人などは容赦なく餌食となっていた。

 そんな折、『起き上がり』の噂と旅人の失踪、さらに周囲に散見された血痕などから、組織は遊撃隊を派遣した。


 その結果はクロ。詳しい調査では、特定の誰かの悪意ではなく、異能の暴走。速やかな異能のコア現幻珠オブジェクトの破壊が提言された。

 そうして、異能の回収やスカウトではなく、元凶を全て破壊及び抹殺、処理する殲滅隊へ任務が回り、その中で最も現幻珠オブジェクトの破壊に優れた山野井に任務が言い渡されたのだった。


「あ~、たぶん、キヨさえしっかり道案内してくれれば、すぐ終わる任務のはずなんだが……」


 山野井は休憩を取るため、岩の上に腰を降ろすと、胸ポケットから煙草を取り出すと火を着けると、またしても脳内キヨが暴れ出す。


『うわっ。煙草とか毒物をわざわざ好き好んで取り入れるとか、真性のドMだよね』


「うるさい。黙れ。ほとんどの男が吸ってるだろうがっ!」


 自分の妄想に自分でツッコむ痛い奴になってしまっているが、一人の山中の為、気にしない。

 ため息をつきながら、煙草の火を消すと、投げ捨てようとしたが、また脳内キヨが騒ぎそうだった為、ハンカチに包み、ポケットへと仕舞った。


「はぁ~、一服タイムはお終いか、だが、まぁ、迷ってなかったようだ、さすが俺」


 山野井は振り向くと同時に拳を振るった。

 ゴキッと骨の砕ける鈍い音と共に、大きな物体が宙を舞う。


「ふむ、これが『起き上がり』か。能力的にはただの人だな。数は……ちょうど、いいな! イライラ解消と、起き上がりの能力の検証には持ってこいの数だ」


 すでに山野井の周囲には5体の起き上がりが囲んでいた。

 服装から察するに村人ではなく、外套や葛籠つづらから失踪した旅人だろうとあたりを付ける。

 旅人の起き上がりは一様に涎を垂らしながら、獲物を狙う目をしていた。


「生きてる人間なら、これで威嚇になるんだがなぁ」


 いつの間にか、山野井の手には数珠が巻かれた一振りの日本刀が握られていた。

 それを見ても怯むことのない起き上がりたちは一斉に山野井に飛び掛かった。


「さてと、これで倒せるかな?」


 鞘から刀身を引き抜き、そのまま、起き上がりの一体を斬る。

 確かに、斬ったはずなのだが、その起き上がりに変化は見られず、かすり傷一つ付いていなかった。


「チッ!! ダメか!」


 そのまま、起き上がりの歯が山野井に襲い掛かる。


 山野井の持つ異能、数珠丸は特定のモノしか切れない刀で、毎回出たとこ勝負でそれを試すことから、キヨからドMと言われているのだが、それ以外の戦い方を知らないし、もっとも効率が良いと山野井は考えており、変えるつもりもなかった。


 その所以は、山野井の人間離れした強靭さと膂力にあった。

 噛みついた起き上がりの攻撃はスーツを破くだけで肌には傷一つつくことはなく、ゆっくりと起き上がりの頭を掴むと、無理矢理離し、地面へと叩きつける。

 ぐしゃりと不気味な音を立てて、潰れたそれは、もはや人間の形を成していなかった。


「あと4っ!」


 ニヤリと犬歯を覗かせると、次の敵へと殴り掛かった――。


「さて、行くか」


 残りの起き上がりも素手で倒してから、平然とした様子で、村へと足を運んだ。



「思ったより荒れているな」


 山野井の言葉通り、家屋は荒れ果て、とても人が住んでいるようには見えなかった。 

 

 村へ一歩足を踏み入れると、村人の起き上がりがわらわらと集まってくる。


「こりゃ、手間が省けていいな」


 ニッと笑みを浮かべ襟を正す。

 しかし、山野井の予想と反し、起き上がりたちは襲ってくる様子はなかった。


「……ん?」


 不思議に思っていると、若い娘の起き上がりが山野井の前へと歩み出る。

 無地の質素な着物に身を包み、顔には生気が感じられない、しかし、それでも尚可愛らしいと思わせる美貌を有していた。


「旅のお方ですか? この村は呪われています。そうそうに立ち去ることをお勧めいたします」


「なんだ。あんたは起き上がりでも意識があるのか?」


 山野井から発せられた『起き上がり』という言葉に村娘はハッとした表情を浮かべた。


「貴方様は、私たちを殺しに来てくださったのですね。ですが、それは不可能です。今なら村人たちも意識を保てますが、すぐに飢餓感の方が勝り、貴方様を襲うこととなるでしょう。抗えるのもあと数分です。逃げ切れるかはわかりませんが、早くお逃げください」


 娘はそう言うと同時に、ぐぅ~と腹の虫が泣き喚いた。

 恥ずかしそうに顔をうつ向かせるが、本来なら赤く染まりそうな頬は依然として青白く血が通っていないことを見せつける。


「そうか、そうか、話せる奴がいて、助かったぜ。安心しろ、お前らは俺を食う事はない。今から、俺が斬るからな」


 山野井は再び数珠を纏った一振りの刀を顕現させると、刀身の煌めきが辛うじて見えるかどうかという速度で振るった。


 カチャっという刀身が鞘に収まる音だけが響く。

 

 娘は斬られた。これで終われると思っていたが、体に変化はなくピンピンしている。


「斬られていない?」


 幾度となく、まじまじと体を確認するが、やはりおかしな点は見受けられなかった。


「さてと、それじゃ、案内してもらおうか」


 山野井は悠々と歩むが、起き上がりたちは不思議と襲う気が起きなかった。


「いったい、なにをしたのですか?」


 数珠の巻かれた刀を軽く上げると、


「こいつは数珠丸。斬れないものしか斬れない刀だ。そいつで、お前らの飢餓感を斬った。それだけだ」


 再び脳内キヨが現れると、


『え~、そんな実用性皆無の能力で、超危険な殲滅隊にいるとか頭オカシイよね。まぁ、でも殺そうとしても死なない山野井さんなら仕方ないか』


「あえて言っておくが、こいつは本気で俺を殺しにきたことがあるからな。誤字じゃなくて、殺そうとしても死なないだ」


 つい独り言が出てしまい、村娘から怪訝な顔をされる。


「すまん、独り言だ。気にしなくていい。それより、この異能の元凶のところまで案内を頼めるか」


 娘はこくりと頷き、歩き出した。



 村の中ほどに一軒のボロ屋があり、娘はそこを指さす。


「兄を、どうか、兄を止めてください。兄はただ、わたしを助けようとしただけなのです」


「ああ、その為に俺は来てるからな」


 山野井が答えると娘は一礼し、小走りに去っていく。


「さてと、ここに元凶がある訳か」


 今にも外れそうな扉を蹴破る。


『扉の開け方も知らないとかヤバす――』


 フンッ! と拳を振りかざし脳内キヨという雑念を払うと、目の前の敵に注視する。


 薄暗い室内、その中心に男がいた。

 その男は異様な雰囲気を醸し出しており、手には包丁を携えている。


「死、死ななくちゃ。僕が死ななくちゃ終わらない」


 包丁を自分に向かって突き立てようとするが、まるで腕だけ別の意思があるかのように、間接も何もかもを無視して、刃を避ける。


「やはりダメか……」


 そう言いながら、男は天井の梁から垂れた一本の縄を椅子に立ってから首に括り付ける。


「死ななくちゃ」


 なんの躊躇もなく椅子から飛び降りると、縄が首へと食い込む。

 しかし、それもすぐに手が動き、縄に触れると人間ではありえないであろう力で引き千切った。


「これも、ダメだ」


 男は再び包丁を持ったところで、山野井の存在に気づく。


「やぁ、この村へは行商かい? それなら、毒は置いてあるかい?」


「いいや、残念ながら煙草以外毒は持ってないな。だが、お前を殺してやることは出来る」


 そのセリフを聞いた男はニィ~と笑って、「それは良い、最高だ。是非お願いしたい」と嬉しそうに返した。


「数珠丸!」


 山野井の手に刀が握られる。


「こいつで、お前の異能の核を斬る。それで終わりだ」


 スゥと刀身を抜くと、宙を漂うように数珠が浮かぶ。


「行くぞ」


 山野井が斬りかかり、男はそれを受け入れるように静かに目を閉じた。


「安らかに眠れ!」


 数珠丸が振り下ろされようとした刹那、山野井の顔面に痛みが走る。


「なっ!?」


 目を瞑って死を受け入れていたはずの男からの一撃だった。

 山野井は攻撃を受けた衝撃で、ボロ屋の壁に穴を開け、外へと転がり出される。


『敵の言う事を真に受けるとかバカなの? それとも攻撃を受ける為、わざと信じる振りしてたのかな、そうだとしたら、やっぱドMだよね』


「うるさい。黙れ!」


 脳内キヨを怒声でもってかき消すと、すぐに次の攻撃に備えた。

 しかし、次の攻撃はいくら待ってもやって来なかった。


『マヌケ! あれはどう見ても自動防御だよね。ヒントもいっぱいあったのに見落とすとかなんなの? 節穴なの?』


 脳内キヨが邪魔をするが、無視する。


 山野井は慎重にボロ屋へと戻ると、そこでは再び、包丁を自らに刺さうとする男が居た。


「ああ、ダメだ、ダメだ。さっきの男も僕を殺すことは出来なかった。今頃、村人に食われている事だろう。ああ、どうしてこうなったのだろうか? 妹を生き返らせたいと望んだことがそんなに悪いことだったのか? 飢餓で死んでいく赤ん坊を助けたいと思ったことがそんなに悪いことだったのか」


 山野井は一度目を閉じ、再び強い意志を持って開ける。


「いいや、あんたは何も悪くないさ。ただ、力の使い方を間違えただけだ。あんたは悪くない。もし悪い奴がいるとするなら、それは、いち早く管理、処分出来なかった俺たちだ」


 山野井は型も何もなく、ただただ刀を片手で持っているだけの姿勢で、男へと近づく。


「あんたか、まだ生きていたのか。ならば丁度良い。僕を殺してくれ」


「ああ、任せておけ、その為に俺がいる」


 山野井は拳を握ると、男へと殴り掛かる。

 がっちりと防御されるが、今度は刀を握った手で殴りつける。

 相手がよろめくと、その隙を見逃さず、蹴りを叩き込んだ。


 男は蹴られた勢いで、壁へとぶち当たるが、すぐに何事もなかったかのように起き上がる。


「なるほど。ダメージも無しか。これはちょっとばかり頭を使わないといけないようだな」


 苦笑いを浮かべていると、脳内キヨがしゃしゃり出る。


『全くこれだからバカでドMは救いようがないよね。数珠丸は一方的に攻撃できることもあるんだから、まずその状況を作ればいいのにさ』


「チッ。キヨに助けられるとか一生の不覚だ」


 山野井はえらく不機嫌に舌打ちすると、ボロ屋の外へと飛び出す。


「これは逃げるんじゃない! 戦略的撤退だ。日本男児は逃げないからな」


 すごく良い訳がましく言いながら、外からボロ屋へ拳を叩きこんだ。

 山野井の強烈な一撃により、ボロ屋は簡単に崩れると、男を生き埋めにする。


 ガタガタッ。


 瓦礫の一部だけ、山となる。

 起き上がりの元凶の男は自動防御で、瓦礫を耐え忍んでいた。

 だが、それ故に同時に山野井に位置をさらけ出した。


「そこだっ!!」


 一閃。数珠丸は瓦礫をすり抜け、男の持つ現幻珠オブジェクトだけを一刀両断した。


 瓦礫は男に降り注ぎ、四肢を痛めつけ、立つことすら困難にする。


 山野井はそれでもまだ動いている男の元へトドメを刺しに歩みを向ける。


「あ、ああ……、ああああ。これで、皆、眠れる。すまない。ありがとう」


 ザンッ! 


 数珠丸は瓦礫も何も関係なく、男の体を貫く。

 瓦礫から覗く男の顔には安堵の笑みが浮かび、次の瞬間には白骨と化していた。


「ふぅ、これで任務完了だな」


 山野井は、最後に村人たちの墓を作ると手を合わせた。


『死体処理なんて、組織に任せておけばいいのに、無駄に労働するとか、マジでドMだよね』


「うるさい。ちゃんと全員死体に戻ったか確認も兼ねてだ。これも殲滅隊の任務のうちだ!」


 山野井は不機嫌に脳内キヨに言い返すと、村を後にした。



 再び、長い時間を掛けて下山し、駅へと足を運ぶと、駅員らしき男が一枚の封書を山野井に手渡す。


「もう次の任務か。人使い荒いねぇ」


 そこには、八雲とキヨが向かった村での事後処理として、記憶の消去を行う旨が記されていた。


 斬れないモノを斬る刀。数珠丸。それは人の記憶を斬り、忘れさせる事も出来る能力であり、彼が殲滅隊にいる一番の理由でもあった。

 

「まだまだこいつが離れなくなる訳か」


 山野井は自分の斜め上あたりを見上げ、キヨの顔を思い浮かべる。

 数珠丸という天下五剣にも数えられる名刀を振るう代償として、『空想の敵イマジナリー・エネミー』が常に現れ、思考をかき乱す。

 出現頻度は能力を使った分だけ増していく。


 そんな代償をも厭わず、振るい続ける山野井を、キヨはドMと呼んで忌避していた。

 山野井は今日も、己の中の敵と戦いながら、密かに市民の安全を守っていく。



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