第14話 焦燥

 夏休みが明けても、教室はむんむんと蒸し暑かった。そして、始業のチャイムが鳴っても教室はガヤガヤと騒がしかった。



「ほら、授業だよ。ちゃんと座りなさい。早く座りなさい」



すると、後ろの方で男子生徒が私の口調を真似して言った。



「ほら、授業だよ。ちゃんと座りなさい。早く座りなさい」



周囲の生徒はニヤニヤしながら、「は~い」と間延びした返事をして席についた。この学校の生徒は、本当に腹立たしい限りだった。私は内心イライラしながらも、できるだけ平静を装って声をかけた。



「ほら、学級委員。早く号令をかけなさい」



 女子学級委員の高坂は、前任の担任からはエース級のリーダーという申し送りだった。しかし、1学期の始めこそ、そのリーダーシップを発揮していたものの、今では学級の雰囲気を壊しているように見えてならなかった。



 「きり~つ…」



 これまた間延びした号令が教室に響いた。すると、ガタガタと椅子を引きづる音が続く。ダラダラとした号令、ダラダラとした挨拶。一事が万事この調子なのだ。



「何なの、その号令は。学級委員でしょ。きちんとやりなさい。はい、みんな座るの。もう一度やり直しなさい」



私がそう声をかけると、子どもたちはダラダラと腰を下ろした。高坂はふてくされた顔をして、隣席の中村を顎でしゃくった。「アンタがやりなさいよ」という合図だった。不服そうに中村は、「起立」と発した。またしても、ガタガタを椅子を引きづりながら、ダラダラと立ち上がる生徒たち。いつもいつもこの調子なのだ。私の我慢も限界だった。



「中二になっても挨拶の一つもきちんとできないなんて、恥ずかしいと思わないの?」



 私は少しだけ感情的になって声をかけた。(これではいけない)と思いながらも、止められなかった。その後、十分ほど説教をして授業に入った。うんざりした顔で私の話を聞いている子どもたち。良薬は口に苦しと言う。こういうお説教の味が、大人になったときに響いてくるものなのだ。きちんと話を聞かせていくことが大事だと、最初の学校でお世話になったベテランの先生も言っていた。酔うと「昔はよかった」が口癖の先生だけど、私は信頼していた。

 五十分の授業が長い。ようやく授業の終了を告げるチャイムが鳴り響くと、私は心底ほっとしていた。授業を終える挨拶は、高坂がダラダラと号令をかけた。いいかげんにしてほしい。なぜこうも可愛げがないのだろう。私は無視して教室を後にした。だれかが、後ろでこうつぶやいた。



「あ~あ、去年の他の担任がよかったなぁ」



 私はその声を背中で聞きながら、足早に職員室に向かった。

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