第1.5話 少年のプロローグ2

 仮面の少年、ゼロ・アリオーシュが属するのは世界六大国の1つ、リトゥルム王国だ。リトゥルム王国の存在するカナン大陸には、小国などはいくつもあるが、世界は有史以来変わらず、世界の覇権を賭けた戦いを続けていた。


 リトゥルム王国の他にはセルナス皇国、大グレンデン帝国、南部中立都市同盟、ネイロス公国、ウェイレア王朝が覇権を争う世界六大国と呼ばれている。このうちネイロス公国とウェイレア王朝は他四大国とは別な東の大陸にあるため、リトゥルム王国が争うのはセルナス皇国と大グレンデン帝国、南部中立都市同盟である。


 大グレンデン帝国はリトゥルム王国を含むカナン大陸において、約三割の土地を支配下に置く大陸西方の大国だ。また大陸南部にはその名の通り南部中立都市同盟が勢力を誇る。中立都市とは言うものの武力をもって侵略の意を示す国家に対しては容赦のない反撃を行う、武装国家でもある。大陸占有率でいえば、二割ほどだろうか。


 そして先ほどゼロたちが戦っていた相手が、大陸東部にてリトゥルム王国と勢力を争うセルナス皇国である。大陸北部には大陸の二割に相当する誰も住むことができないような極寒の大地が広がるため、大グレンデン帝国、南部中立都市同盟、極寒の大地を除く三割ほどの土地をこの二国で争っている形となる。


 セルナス皇国は法皇セルナス・ホーヴェルレッセン89世が統治する宗教国家であり、大陸の名を冠するカナン神を崇めるカナン教を母体とする国家だ。世襲法皇が89世を冠する点からも、その歴史の長さが伺える。


 対するリトゥルム王国は先々代の英雄王イシュラハブが東部の小国家群を吸収・統合する形で世界六大国に成長させた、カナン大陸での新興大国だ。大国となってからは長くセルナス皇国と衝突してきたが、2年前に先代国王が亡くなり、一人娘であったアーファ・リトゥルムが12歳という幼さで女王となって以来セルナス皇国との戦いは防戦一方となっている。


 リトゥルム王国が皇国に飲み込まれれば、大陸の覇権争いは大きく動くだろう。カナン教の信徒はセルナス皇国だけにいるのではない。世界各地にいる信徒の勢力は侮ることはできず、リトゥルム王国を飲み込んだセルナス皇国が南部中立都市同盟と手を組むようなことがあれば、皇国と帝国での史上類を見ない大激突も避けられないだろう。


 しかしそう簡単には負けられない。幼い女王を掲げたことにより、リトゥルム王国は奮い立った。仮面の少年の生家であるアリオーシュ家はリトゥルム王国で伯爵位を頂く貴族だが、リトゥルム王国がまだ小国家だった時代から王家に仕える剣の一族と呼ばれ、王国内にも名の知られた一族だ。そのアリオーシュ家を筆頭に、幼王の即位以後、王国軍は攻め来るセルナス皇国を退け続けているのである。


 皇国との中間点に当たるバハナ平原はすでにどれほどの騎士たちの血を吸ったのだろうか。いつまで続くかも分からない防戦の連続だが、負けるわけにはいかない。

 今日の戦いも、そんな争いの一幕だったのだ。


「……ふぅ」


 丸二日かけて戦場から王城へと撤退を終えたゼロは、騎士団幹部として与えられている王城内の自室にて仮面を外し一息ついていた。昼夜を問わず続けた強行撤退に、身体が休みをよこせと訴えてくるようだ。


「疲れたぁ~。いやー、さすがに今回ばかりは死ぬかと思った……」


 怪しさしかない仮面の下にあったのは、誰もが視線を奪われかねない美少年だった。黒瞳を宿す少しだけつり目がかった目、美しいラインを描く鼻梁、薄めだが形のいい唇、それらとのバランスが恐ろしいほどにとれている輪郭、下ろした黒髪も美しく、神の寵愛を一身に受けたのかと疑いたくなるほどに、少年は美しかった。


 そんな彼は、まるで油断しきった顔で室内に寝転んでいた。仮面だけを外し、軍服姿のまま寝転がる、まるでだらしない姿。母性本能をくすぐるような振る舞いかもしれないが、恐らく本人からすれば誰もいないからそうしているのだろう。いや、そもそもそんなこと気にしない性格なのかもしれない。


 そして彼が戦場で振っていた黒い棒は、左腰に掛けられていた。


「あのマスク女、魔法の威力上がりすぎだろ……」

『戦場だとあんなに強気なくせに、まるで別人ね』

「アノンがいなかったら、戦うことすら避けるよ、あんな化け物」


 誰もいない室内に突然響く女声。しかし室内にはゼロ以外の人影はなく、気配もない。そんな怪現象にもゼロは動じる様子はなかった。


『あの魔法を連発されたら、流石に私も耐えられるかしら?』

「……俺にもっと魔力を鍛えろって嫌味ですか?」

『ふふふ、ご想像にお任せするわ』


 はぁ、と溜め息をつきつつ、ゼロは左腰にかけた黒い棒を右手に持ち天井へ掲げる。今ゼロと会話をしていたのがこの黒い棒だと、果たして誰が思うだろうか。


 しかしアリオーシュ家が剣の一族と称される理由は。リトゥルム王家の矛として長く活躍したアリオーシュ家の秘密がこの武器なのだ。

 アリオーシュ家に代々伝わる“エンダンシー”と呼ばれる意思を持つ可変武器、それが今ゼロが掲げる黒い棒だ。

 ゼロが持つエンダンシーは女性の意思を持ち、ゼロは彼女を“アノン”と呼んでいる。エンダンシーの所有者に子が生まれた時、エンダンシーも同じく子、即ち新たなエンダンシーを生む。そして子が成長し、新たなエンダンシーに魔力を込めた時、その子専用のエンダンシーの意思が目覚めるのだ。

 エンダンシーは持ち主とともに成長し、その可変性を拡大していく。エンダンシーによっては変化に得意不得意もあるのだが、今のところゼロはアノンが苦手な変化と出会っていない。

 この武器を以てアリオーシュ家は戦場で名を馳せ、剣の一族として大陸に武名を轟かせる一族として知られるに至ったのだ


 一昨日の戦闘ではゼロのエンダンシー、アノンは盾とサーベルの形状に変化してみせたが、ゼロの想像力と魔力がある限り、その可変性は無限だ。時には槍、時には斧と、場面に応じてアノンは姿を変えることができるのである。


 魔力を持つ者は魔法も行使できるが、魔法の魔力消耗度は大きい。魔力とは精神力のようなものであり、精神が消耗するということは疲れるということだ。だがその疲労を何度も経験することで精神は鍛えられ、魔力量も増えると言われている。

 そもそも魔力とは多い少ないは個人差があるが、本来全ての者が生まれながらに魔力は備えている。魔法が使えるか使えないかは、使い方を知っているか否かである。

 だがエンダンシーの使用は武器自体の意志が介入するため、微量の魔力でも変化を生じさせることが可能だ。もちろん鋭さや強度などにこだわるのであれば、より多くの魔力を込める方が効果は高い。初めて使用した時は戸惑ったものだが、ゼロはアリオーシュ家の厳しい訓練の末、今では最適な魔力量を込めて戦う術を身に付けていた。

 最適な魔力調整術は、リトゥルム王国の剣の一族の名に恥じぬ騎士たれと、幼いころからゼロが受けた訓練の賜物なのである。


「でも、今日で確信したな」

『そうね、あれだけの長弓だったのにあの速射性、間違いないでしょうね』


 あのマスク女の武器もエンダンシーであるに違いない。セルナス皇国軍で確認されているエンダンシーを所有する貴族家は三家あるため、あの少女が何者かはまだ分からないが、やはり皇国の名家の出身だということは判明した。


 エンダンシーのルーツは太古に遡ると言われ、詳細は分かっていないが、リトゥルム王国でもアリオーシュ家以外にも一家保有している貴族がおり、世界でもいくらかの一族が所有していると考えられている。味方だと頼もしいが、敵に回すと本当に厄介な武器であることには間違いない。


 ゼロが戦ったあのマスク女は、破壊力を増すためと、速射のイメージとを乖離させるために長弓をイメージしたのだろう。なかなかの策士だったが、肝心な二撃目を撃つ瞬間にはあの長弓は姿を消していた。魔法発動の直後にはまた戻していたが、失敗すれば即死レベルの攻撃に対する回避行動を取っていたとしても、ゼロの目はその変化を見逃してはいなかった。


「タネがわかったとしても、まぁ、戦いたい相手ではないけどね……」


 凶悪な強さを誇るマスク女を思い浮かべ、ゼロはまた一つ、溜め息をつくのだった。

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