第100話 剣の回想
あの日、ゼロの圧倒的な怒りに、それまで彼が備えていた数倍の魔力の暴走に、私は気を失いかけた。
元より人間ではない私が気を失うなどあり得ないと思っていたのだが、受け止めきれない彼の魔力に、私は私でなくなるのではないかと思ったほどだ。
だが一方で、受け止めきれないのではと思われるほどの、怒りに満ちた魔力を受け、私は自身の権能をこえ、何でも出来るのではないかとも錯覚した。
気が付けば私はゼロの右手に握られた剣でありながら、迫りくる攻撃を防ぐ鎧となり、彼の敵を討つ刃となり、彼を動かす力そのものとなり、彼の一部となった。
その力で4人の副団長たちの命を奪うのは、本当に赤子の手を捻るような、いとも容易いことだった。
私自身がどうしてそんなことができたのか、今でも理解できていない。もう一度同じことをしろと言われても、出来る気はしない。
それは同時に、当たり前と思われていた常識とか、理屈とか、そういったものが崩壊してしまうかのような思いを私に与えた。
あの時の私は、彼の心を見失っていたのだとも思う。
ただただ、彼に死んでほしくなくて、負けてほしくなくて、彼の力になりたくて、その思いを届けただけのはずだった。
怒りに染まった彼の美しい顔は、私が殺した副団長たちの返り血を浴び、まるで悪鬼の如く歪み、怒り狂い、幼い頃から見守ってきた私ですら恐怖を覚えたほどだ。
私自身が彼の武器であり、彼の怒りを体現する者だったにも関わらず、私自身にも私が理解できなかった。
そしてゼロが守りたいと願うユフィ・ナターシャすら、怒り狂ったゼロを前にその美しい顔を引きつらせ、震え、涙を流していたことを、私は一生忘れないだろう。
あれほどまでに想い合っていたはずの二人だと思っていたが、やはり人間とは弱い者だ。
今思えば、そう回顧することもできる。
そしてゼロの怒りの標的たるクウェイラート・ウェブモートは、本能的に感じたのであろう、迫り来る死にただただ怯え、目の端に恐怖による涙を浮かべていた。
そうは言っても、私が彼の表情を見ていたのはほんの一瞬に過ぎない。
ゼロの怒りに導かれるまま、私はまるで世界を焼き尽くすのではないかと思うほどの魔力とともに、彼の心臓を貫いた。
私を通じて彼に伝えられた怒りの魔力は彼を貫いただけに留まらず、彼の体を爆散させた。
王国最強の魔法使いと謳われた彼ですら、膨大すぎるゼロの魔力を許容することができなかったのだ。
ゼロと私は、わずか一撃で、確実に彼を殺した。
それは同時に反乱鎮圧完了、戦いの終わり、喜ぶべき事態のはずだったのだが、返り血を浴びたゼロと、クウェイラートの血や肉片を浴びたユフィは、喜びの顔も見せず、ただただ、数秒見つめ合っていたのを、私は覚えている。
そしてその光景を最後に、意識を失ったゼロの手から落とされた私も、魔力の供給がなくなったことにより、意識を失った。
微かに、ユフィ・ナターシャの泣き喚く声だけが、聞こえた気がする。
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