第84話 援軍の戦い

 前線で戦う先発隊は、疲弊していた。昨日から昼夜問わず攻め寄せてくる反乱軍の攻撃を受け満足に休むこともできていないのだ。強さの理由が分からない反乱軍の騎士たち、死人の軍団の襲来という非常事態の発生、シュヴァインの不在、彼らの戦意を折るには十分な条件が揃っていた。

 それでも彼らが倒れないのは、東部の田舎騎士などには負けられないという、王都の騎士としての矜持だった。だがそれすらも、強すぎる敵兵の前に砕かされそうになる。

 不思議と前日に戦った部隊は翌日には見ることがなくなっていたが、翌日に現れる敵兵も同様に強く、先発隊の敗戦は足音を立てて近づいていると、戦う彼ら自身思ってしまっていた。


 だが。


「後退だ!! 前線の部隊は後退せよ! 後列部隊前進!!」


 後方から届いた指示を受け、前線で戦う騎士たちのそばへ汚れ一つない軍服の騎士たちが登場する。


「援軍だ! 後退し休まれよ!」

「おお……ありがたい!」


 今回のような野戦で大部隊を前線に展開できるのは、王国七騎士団の中でもゲルプリッターとロートリッターのみ。大多数は平民階級出身の者で構成される大規模騎士団だが、ロートリッターに所属する全員が、かつてはゲルプリッターに所属していたこともあり、彼らは皆シュヴァインが施した訓練を受けている。

 その訓練の効果は抜群であり、前線にいた騎士たちと援軍に来た騎士たちの交代は非常にスムーズだった。援軍が現れたことで後退する騎士たちの表情にも活力が湧き上がる。あの状態ならば、また戦えるようになるだろう。

 その光景を確認し、指示を出したグロスはシュヴァインを失ったかもしれないという事実に胸を痛める。

 表には出していないが、グロスとシュヴァイン、ウォービルはかつて同時期にシュヴァルツリッターに所属し、誰が一番強いかを競い合ったものだった。出自によりグロスはロートリッター、シュヴァインはゲルプリッターの騎士団長となったが、今でも3人は昔話を肴に酒を酌み交わす仲だった。

 一対一では9割がた自分に勝利を収めているシュヴァインが死んだなどと思いたくはないが、先ほどゼリレアが言っていた「最悪のケースを想定しろ」という言葉はグロスも忘れてはいない。


「グリューンリッターは死体を見つけ次第、敵味方なく焼き払え!」


 グロスの指示に前線に出た騎士たちに守られるように、グリューンリッターたちが炎熱魔法でそこかしこにいる倒れた者たちを燃やしていく。

 ゲルプリッターやロートリッターの軍服を着た、既に事切れた者たちを燃やすなど、その心中を察すると胸が痛むが、今はやむを得ない。

 唇をかみしめつつ、グロスは前線に立つ騎士達へ指示を送り続ける。

 国のために倒れた者たちのためにも、この戦は勝たねばならないのだ。



「焼き払え! 王国の英霊たちを冒とくさせるわけにはいかない! 敵兵もろとも、王国の礎となった者たちを焼き尽くせ!」


 グリューンリッターの再編成を終えたルーが彼らの指揮を執る。どこにもルー以外の4人の副団長を見つけることはできず、彼らもどこかで死んでいるのかもしれないと思うと心が痛むが、今はやるべきことをやるしかない。

 ルー自身が前線に出るのはいつぶりだろうか。常に中衛より後方にて前衛の支援に努めるのがルーの役割だったのだ。


――俺は、皇国で、何もできなかった……!


 皇国でシックス相手に為す術なく敗れた記憶が蘇る。ゼロがいなければ、ルーはアーファの無事も守れなかっただろうし、生きて王国の地を踏むこともなかっただろう。

 あの悔しさがルーを駆り立てていた。

 振るった腕の先に爆炎が生じ、そこかしこに転がる死体を焼き払っていく。先刻まで血に濡れていた大地はあちこちで火柱を上げ、大地が抉られていく。

 このような凄惨な戦場が王都よりわずか50キロほどの場所で行われたことなど、リトゥルム王国が現体制になってからは初めてのことだろう。


――クウェイラート団長……貴方を……尊敬していたのに!!


 そしてルーを動かすもう一つの力。それが敬愛していたグリューンリッター団長への憧れ。いつかは追いつきたいと思っていた大魔法使いに、裏切られた悲しみ。それが怒りとなり彼を突き動かしていた。

 襲い来る敵兵たちをルーの魔法が薙ぎ払う。暴風を巻き起こし、雷を落とし、火柱を起こし、縦横無尽にルーの魔法が炸裂する。怒涛の魔導式の展開に、脳が焼けそうな痛みに耐えながら戦うルーの姿は、普段の彼の姿から想像もつかないほど、激しかった。


 まもなく、日が落ちる。日が落ちるということは、夜が来る。死霊の騎士たちが、襲い来る時間が近づいているのだ。

 まだシュヴァインの発見報告はない。急がなければ、焦るルーはさらに連続で魔法を行使し続ける。貴族学校時代はゼロやライダーの規格外の強さの前に影を潜めていたが、彼とて副団長に抜擢されるほどの実力者なのだ。

 圧倒的な火力に、周囲を囲む若いグリューンリッターたちが羨望の眼差しを浮かべていた。


「副団長!」


 だが、あれほどまでに大火力の魔法を連発すれば、当然敵兵も彼を狙いにやってくる。ひたすらに敵兵を退けていたルーだったが、連続魔法を終え、次の連続魔法へ移るわずか数秒の間隙をついて、敵小隊の隊長格の剣がルーへ迫る。

 完全に不意を突かれた一撃に、団員たちはもちろん、ルー自身も死を覚悟した。


――こんなところで!!!


 腕の一本や二本駄目にしても、そんな思いでルーは頭をかばうように、咄嗟に両腕を上げる。


「そんな戦い方をしては、夜までもたないぞ」


 だが、ルーに迫った剣が彼へ届くことはなかった。敵兵と自分の間に割って入る、黒い法衣をまとった赤い髪の少女。彼女のトレードマークでもある後ろ側で結った髪の毛が衝撃に揺れていたが、彼女の剣は確かに敵兵の剣を防いでいた。


「ナナキ!」


 即座に冷静さを取り戻したルーが、彼女の脇から風の刃を発生させ切りかかっていた敵兵を撃退する。ルーの攻撃に数歩後退した敵兵へ、彼は連続で魔法を行使し、火柱を生じさせて燃やし尽くす。既に鼻の感覚は麻痺しているが、人間が焼ける嫌な臭いがあたり立ち込めていった。


「間に合ってよかった。だが颯爽と助けるつもりだったのに、なんだこいつらの強さは」


 敵兵と交わした剣の重みは、一般兵のレベルを超えていた。あのまま剣だけで切り合っていれば、彼女も危なかったかもしれない、そう思えるほどだった。


「逆に助けられたな、礼を言う」

「いや、こっちこそおかげで命拾いしたよ」


 軽く拳を合わせた二人は、にっとお互いに笑い合う。ここ数日だが、長く馬車の御者台で時間を共にした少女の登場に、彼の心の中で燃え上がっていた怒りや憎しみ、悲しみの炎が静まっていくのが感じられた。


「法皇様の護衛はいいのか?」

「ミリエラ殿にお願いしてある。あの方は私よりずっと強い。……それに、お前の所へ行けと、セレマウ様が仰られたのだ。……私も、来れてよかった」


 自分がここに来た経緯を説明しながら、その途中で顔を赤くし、その語尾はほとんど聞き取れないほどだった。そんな彼女を見ていると、先ほどまでの戦い方が馬鹿馬鹿しく思えてくるのだから不思議なものだ。


「じゃあ日没まであと少し、まだまだ燃やさせてもらいますかっ」

「ああ。油断するなよ」


 突如現れたカナン教の信徒が着る法衣をまとった少女にグリューンリッターの面々は戸惑ったが、副団長のルーが背中を預けるということは味方なのだろうと判断する。

 戦場では先ほどから敵兵が倒れ、味方が倒れ、死者の数は増え続けている。

 少しでも、敵味方関係なくその命を冒とくさせまいと、彼らは炎を放ち続けていた。



「おらぁ!!」

「ごめんなさい!!」


 本陣より北側に位置する北部戦線では、二人の仮面をつけた少年少女が常識を覆すほどの戦いっぷりを見せていた。

 少年が右手に持つ黒い片刃の剣が舞う度に、ほぼ同時に敵の小隊が一気に切り伏せられる。一瞬の内に何太刀いれているのか、ゲルプリッターの若い兵には視認することさえできなかった。


「ブラウ団長だ! ブラウ団長が来てくれたぞ!」

「あの仮面の少女……なんだあの魔力……」


 再編成された部隊が北側の戦線へ来るまではまだ少しかかるだろうが、このエリアで戦っていた騎士たちは、たった二人の増援に多いに士気を取り戻していた。

 ブラウリッターの軍服を着た仮面の騎士は、既に王国内では有名であり、若い兵や女性の騎士たちから絶大な人気を誇る。ブラウリッター団長ゼロ・アリオーシュは、他の騎士団長たち同様、その場に存在するだけで兵たちの士気を高めることができる存在なのだ。

 その彼の剣技を間近で見られた若い兵たちも、いずれは自分もと奮い立つ。ベテラン騎士たちも、若い者に負けてられないと剣を振るう両手に力を込めた。

 ゼロが切り倒した敵兵たちを、即座にユフィの爆炎が包み込む。かなりの精度で発生された爆炎は味方の騎士たちを巻き込むことなく、ピンポイントで生じられていく。


『順調ね』

『私も、活躍するよ!』


 敵兵が近くにいない時には、ユフィはユンティを扱いなれた長弓にし、矢は構えずに弦を引く。彼女が弦を離すと、ユンティを介して発生した魔法の矢が無数に上空に放たれ、敵兵たちへ襲い掛かる。遠隔攻撃型のエンダンシーが魔法の矢を放つのは基本性能の一つだが、ユンティから放たれる矢の数は一本や二本どころではない、一度数十本の矢が放たれ、敵兵へ突き刺さっていく。


「あ、あの攻撃、皇国のマスク女じゃないか!?」

「こ、皇国軍がなぜ我らの味方を!?」


 ここ1年の戦場で彼女を目にしたことがある王国騎士たちがざわついていく。彼らはまだ皇国と和平を結んだことを知らないようだ。


『私たち、有名みたい』

「これからはいい意味でも有名になりたいな!」


 弓矢で敵兵が倒れたところに、ユフィは爆炎を生じさせていく。グリューンリッター入団最低ラインの魔力しかない魔法使いたちは、なかなか死体を焼き切ることができていないが、ユフィの魔法の威力は圧倒的だった。一瞬にして、爆炎に包まれた者が炭となっていく。


「我らはロート団長を指揮官とする援軍だ! そして陛下は皇国と和平を結ばれた! あと数日耐えれば、皇国軍も援軍に来てくれる! それまで耐えよ!」


 王国騎士たちがユフィの姿に疑問を抱き始めたタイミングで、ゼロが叫ぶ。その言葉に、王国騎士たちは完全に息を吹き返した。

 もう駄目だと思っていた。夜になれば死霊たちに襲われ、生きて帰れないと思っていた。

 その状況に光が差したのだ。

 そして間もなくすると、本陣の方から前線を交代する騎士たちも到着する。


「これで、だいぶ持ち直したかな」

「そうね、いい感じ」


 圧倒的な強さを見せた仮面の二人は一度後退し、戦局を見守る。

まもなく日が暮れる。

 長い夜になりそうだが、ユフィとならば戦える。

 勝利への手ごたえを感じ、ゼロは小さく笑っていた。

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