第50話 女王の言葉


「ゼロ、ルー。いいか? 何があっても、私を守れよ?」

「は、はいっ!」


 混乱する中、下を向いたままのアーファが囁くような声で二人に命令を出す。沈黙していた彼女が声を出したことで、冷静さを取り戻したゼロとルーは力強く返事をした。


 今自分たちにできるのは、何があっても彼女を守り抜くことだ。

 彼女を王国へ連れ帰り、王国の混乱を収束させねばならぬのだから。


 ざわめきの中でも確かに二人が返事をしたのを確認したアーファは、決意を秘めた眼差しで顔を上げた。


「その話、誠であろうな!?」


 勢いよく立ち上がったアーファに、目を丸くし驚くゼロとルー。身体が弱いとばかり思っていたアーデンもアーファの突然の行動に驚いていた。


 演台に立つ者たちも一斉に目線をアーファに向ける。車いす姿のアーファしか知らない法皇とユフィ、ナナキも驚きの表情を浮かべていた。


「貴様っ! 何者だっ!?」


 混乱する頭の中、新たに現れた非常識者はアーデン・クラックスの娘ではなかったのだと結論付けたナナキが睨み付けるような目線でアーファへ怒りをぶつける。

 彼女たちとしても、イレギュラーの連続に感情の行き場を失っているのだろう。


 だが、コライテッド公爵と大司教、シックスのみは立ち上がったアーファを見下すような目線を向けていた。


――やはりな。


「法皇セルナスよ、貴女と会いたかったがために嘘をついた非礼をお詫びする」


 何かを理解したアーファは一礼後、ウィッグを取り自慢の美しい金髪を露わにする。そして法衣の中にしまっていたブルーダイヤのネックレスを取り出した。


「我が名はアーファ・リトゥルム! リトゥルム王国の女王である!」


 アーファの声が聞こえたのか、アーファたちの背中側にいる貴族たちのざわめきが大きくなり、演台の下に立つ皇国軍の騎士たちが一斉に武器を構える。


「な、なんですって……?」


 演台の上の3人の少女は信じられないといった表情で驚きを見せていた。だが、狼狽える様子のないコライテッド公爵の姿から、アーファはちらっと自身の左側を確認する。そして全てを理解した。


「オーベンめ……やってくれる……!」


 忌々しそうに漏れる心の声。状況を飲み込めず狼狽えるアーデンに対し、その隣に座るオーベンは落ち着いたものだった。

 十中八九、既にコライテッド公爵たちにアーファたちの潜入は伝えられていたのだろう。

 それを知らぬは法皇とその側近。演台の上にいる者たちの表情から、3人の少女たちは本当に気付かずアーファに話しかけてくれていたことも伝わってきた。


「法皇セルナスよ! 我が国において謀反ありとの話、貴国軍の出陣の話、たった今そちらより聞こえてきた! これは我が国の緊急事態である!」


 自分たちがいると分かっているからこそ、自分たちを炙り出そうと一計を案じたのだろう。

 だが法皇自身の動揺はこの作戦に法皇が関わっていない証拠でもある。一縷の望みを信じ、アーファは叫び続ける。


「今、私は貴女の言葉を聞き、そこに偽りはないと感じた! 私は一国の主として、セルナス皇国との和平を結びたい!」


 よもやこのような形で申し入れることになるとは、アーファ自身思っていなかった。

 だが、今のこの状況を打破するには皇国の最高権力者である法皇セルナス・ホーヴェルレッセン89世の言葉が必要なのだ。


「貴女が望むのならば、従属でも構わん! リトゥルム王国は争いのない世界の安寧を望むのみ! どうか私の手を取っていただきたい!」


 アーファの視線を真っ直ぐに受けた法皇の表情には、動揺が広がっていた。

 彼女が手を取ると言ってくれれば、皇国軍を引き返させ、無駄な戦いをせずに済むはずだ。至急帰国し、東部で起こった反乱にのみ対処すればいいはずなのだ。

 演台の上では法皇をかばうように、ユフィとナナキが前に出てアーファを見下ろしていた。


「貴女が本当の女王だという証拠はどこにあるのですか!?」


 昨日までに出会っていた少女が嘘をついていたのは確かだろうが、目の前に敵国の女王がいるなど、その女王が幼い少女の姿をしているなど簡単には信じられない。演台からアーファに問いかけるユフィ。

 投げかけられたユフィの問いに、アーファはブルーダイヤのネックレスを掲げる。


「このブルーダイヤに誓って、嘘は言わぬ!」


 日の光を浴びて美しく輝くブルーダイヤは、代々リトゥルム王家に伝わる守護石であり、アーファにとっては今は亡き両親からもらった形見でもある。

 その美しさに演台の者たちは一瞬視線を奪われるも、コライテッド公爵が一歩前に出て、一瞬オーベンへ目配せをする。


「それが偽物ではないという証拠は?」


 コライテッド公爵の質問とほぼ同時にルーの隣に立っていたはずのアーデンがくぐもった呻きとともにその場に膝をつく。


「アーデンさん!?」

「クラックス侯爵よ、大儀である。その者はカナン神を裏切り、皇国に仇なそうとした者だ。兄弟の情を越え、よくやった」


 腹部を抑えるアーデンの手からこぼれるように、彼の足もとへ赤い水たまりが広がっていく。

 その光景に気付いた参列貴族の者が悲鳴を上げたことで、広場は大パニックへと陥っていった。


「兄上……な、なぜ……!?」


 痛みに顔を曇らせながら、アーデンはオーベンを睨んでいた。


「かつては栄光の下にあったクラックス家の現状を見ろ……あのような惨状、父祖たちに申し訳が立たぬ……! コライテッド公爵様にお力添えすることで、クラックス家は再び名を上げるのだ……!」


 受付の際に武器を所持は確認されたはずだったが、アーデンを刺したオーベンの武器は、彼が愛用している杖だった。どうやら仕込み杖になっていたようで、現れた刀身はアーデンの血に濡れていた。


「お前の語る平和など夢物語だ! そのような夢にクラックス家をつぶさせるわけにはいかん! 私は――!」


 最後まで言い切ることなく、オーベンの言葉が打ち切られ、広場からさらに悲鳴が上がる。最前列近くにいた侯爵位の者たちには逃げ出す者も現れ始めた。

 怒りを露わにしたゼロの拳が、躊躇いなくオーベンの側頭部を打ち抜いたのだ。

 華奢な身体にしか見えないゼロの拳を受けたオーベンは、数メートルほど吹き飛び、沈黙する。

 ぴくぴくと身体が動いていることから、死んではいないのだろう。その動きの速さを目で追えた者が、どれほどいただろうか。


 大混乱となる喧騒の中、アーファは悲しそうな目をアーデンに向ける。


「アーデン、まだ死ぬな……! ルー、何とかしてやれ」


 アーファの美しい碧眼に、怒りの色が浮かんでいた。呼吸が荒くなってきているアーデンの止血をするために法衣を割き、ルーが処置を始める。


「私には私が女王たる証拠がもう一つある」

「ほお?」


 冷酷な目で演台から見下してくるコライテッド公爵と睨み合いながら、アーファは淡々と言葉を発する。


「我が国には、王家を守る剣の一族がいるのはご存知だろう?」

「無論」

「アリオーシュ卿は敵ながら見事な武人だ。ウォービル殿のご子息も面妖な仮面をつけるが、かなりの使い手であると聞いている」


 公爵の言葉に繋げるように、大司教の隣に立つシックスが答える。


「そこまで知っているのであれば十分だ。私が女王であるならば、無論かの一族が今この場でも私を守っているのは道理であろう! ゼロ!!」


 アーファの呼び声に答え、ゼロは懐から仮面を取りだし装着し、右手につけていた黒のブレスレットを戦場で携帯する際の棒状へと変化させる。


「ええええええええええええええええええええ!!!!!」


 そのゼロの姿に誰より驚いたのは、演台の上に立つ桃色の髪の美少女だった。

 聞いたこともないようなユフィの絶叫に、まるで一瞬時が止まったかのように、全員が彼女へ視線を向ける。

 ユフィの視線は真っ直ぐに仮面をつけたゼロに注がれる。

 その様子に密かにシックスが眉を顰めていた。


「陛下、応急処置致しました」


 演台のすぐ下で息も絶え絶えに呻いているが、仰向けに倒れた状態のアーデンの出血は止まっているように見えた。切り裂かれた黒の法衣を包帯代わりに巻いているのだろう。

 緊急事態でもやりたくはない手法だが、ルーはアーデンの刺された傷口を焼いて塞いだ。

 悲鳴の一つも出さずに耐えたアーデンは流石は元皇国騎士だけあり、見事なものだった。


「ルー、私たちを演台へ上げろ」


 仮面をつけたゼロに視線を送ると、ゼロはアーファの言わんとすることを察して頷く。

 ゼロの表情は分からなかったが、ゼロも怒っていることは顔を見なくても伝わっていた。


「お任せあれ!」


 ゼロがアーファを抱きかかえると、二人の身体が浮き、一瞬強風が吹いたと思うとあっという間にアーファを抱えたゼロは演台へ着地していた。威力を調整した移動用風魔法は、ルーの得意技の一つだ。

 抱きかかえられたアーファへなぜか羨ましそうな目線をユフィが送っていたことには、誰も気づいていないようだったが。


 二人が演台に着くと、続いてルー自身も演台に上がってくる。

 急接近してきた3人に、シックスは大剣を構え、大司教とコライテッド公爵を自分の背後に回らせた。

 ナナキも臨戦態勢を取り、鞘に納まった剣の柄に手を添える。

 二人の様子を見たゼロも、黒い棒の状態からアノンに魔力を通し、黒剣へと姿を変えさせた。

 大司教はエンダンシーに詳しくないのか、その変化に驚いた表情を浮かべる。


 何が起きているのか分からない群衆たちは、ただただ戸惑うばかり。


「これで私が本物であるとご理解いただけただろう。法皇セルナスよ、どうか私の手を取ってほしい!」


 演台に上がってきたアーファが前に進み出て、法皇セルナスを真っ直ぐに見つめながら、右手を差し出す。

 その手を取ることの意味の大きさに、冷たい目をした法皇は固まり、一瞬の静寂が訪れた。


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