第39話 愛は全てを超える
「ナターシャ家に借りが一つできたな」
車いす用の観覧席は招待席の真下のゾーンで係の者がアーファに気付くと座席を取り外し、車いすのまま見られるように手配してくれた。
舞台は丁度真正面であり、客席は舞台に向けて下るように段差になっているため、前の観客がいても視界が妨げられることもない。
絶好の位置とも言える場所にアーファも満足気だ。
その場所を予約したのがナターシャ家の令嬢自身だったことなど、アーファたちが気付くことはないだろうが。
「しかしゼロ、お前昨日から様子が変だが、どうしたのだ?」
「え、いや、なんでもないっすよっ」
アーファの右隣に座るゼロは少し慌てた様子で首を振る。
アーファとルーは桃色の髪の少女を認識してはいるが、近くで彼女の顔を見てはいない。
まさかゼロが恋煩いのような状態になっているなどとは思いつかなかった。
「ふむ……」
釈然としない様子のアーファだったが、今は目の前の舞台を楽しみにする気持ちが大きいのか、切り替えてまた舞台正面へ向き直る。
「どんな演目なんですか?」
「いい質問だ」
話題を変えようと質問したルーに、アーファはよく聞いてくれたとばかりに話し出す。
「昨日も話した通り、ウェフォール一座の本領は悲劇だ。今回の演目はその中でも新作で、王女とその侍女との禁断の恋らしい」
「王女と、侍女……?」
「ああ。凡人には思いつかぬ発想だろ?」
身分違いの恋、同性の恋。英雄が王女を救うようなありきたりの話ではなく、最初から後ろ指さされるような関係がテーマのようで、ルーはいまいち内容を想像できなかった。
「同性愛者はどこの国にもいようが、やはり世間的な偏見は大きいだろ? 子を生せないということは、何も生み出さないと同義とされ、特に人手が必要な農村では蔑視され、それを隠す者は少なくないという。男妾を好む貴族はいるが、彼らとて正妻をもたないわけでもない。まさか一国の王女が同性愛者なのだとは誰も思うまい。これは社会に訴える作品となるだろう」
しばしばアーファの理想を聞くルーではあるが、彼女は人権というものを何より重視した治世をしようとしていると端々から思うことが多い。
そんな彼女だからこそ、今回の舞台を楽しみにしているのかもしれない。
「誰を好きになったって、自由だと思うっすけどねぇ……」
アーファの話を聞いたゼロがぽつりと呟く。
「“自由”か。自由を本当に手に出来ている者が、世界にどれほどいると思う?」
何か諦めたような口調で返ってきた言葉に、ゼロは何も返せなかった。
そんなゼロに何を思ったか、アーファはそれ以上に問うことはなく。
「さぁまもなく幕開けだな。折角の機会、楽しませてもらおう」
彼女がそう言ってからすぐに、ホール内の灯りが暗くなり、正面の舞台の幕に照明が当たり、舞台に下りていた幕が上がる。
皇国随一の舞台とはどのようなものか、自然とゼロとルーの期待値も高まる。
「―――――♪ ―――――♪」
照明の光を受け、何もない舞台の中央に一人立つ、銀色の髪の軍服を着た美女が歌う。その歌のあまりの美しさに、客席に座る者たちのあらゆる思考が吹き飛ぶ。
始まってすぐだというのに、その歌声に涙する者もいるようで、嗚咽が混じり出す。
正直そこまでの期待もしていなかったゼロも一気に舞台に引き込まれ、今だけは桃色の美女のことも忘れ、目の前の舞台にのめりこむのだった。
☆
2時間超に及ぶ長い演目だった。だが、その時間を長いと思った者は誰一人いなかったであろう。
終幕を迎え、舞台俳優たちが立ち並び、一礼する。
涙を流している者も少なくはない。ゼロがちらっと横目でアーファを確認すると、彼女もうっすらと涙を溜めているようだった。割れんばかりの賞賛の声と拍手喝采は、余韻に浸る人々により長く続いた。
最初に歌声で観客の心をつかんだのが歌姫マリアというウェフォール一座に入ってまだ2年程の女優だという。彼女が演じたのは王女と禁断の恋に落ちた侍女であった。
彼女が愛した王女を務めたのが、ウェフォール一座の座長で舞台では敵国の騎士団長を演じていたフィーラウネ男爵の娘のシアラ・ウェフォール。珍しい薄い緑色の髪色をした美女だった。
二人の美女が演じる王女と侍女の二人を中心に描かれた物語は、王女との身分を少しでも縮めるため、侍女が男装し兵士として戦場に赴き、功を上げようとするものだった。
侍女として王女と過ごす時には観客へ至福の思いを、叶わぬ恋を憂う時は人々の心に寂寞の思いを、王女の心を射止めんとする貴族の妨害を受ける時は憤慨する思いを生み、侍女の思いが国王に認められた際には歓喜の思いを生み、演者たちは見事に様々な感情を観客に与えていた。場面ごとに披露されるミュージカル調の歌声も心に染み入るもので、素晴らしかった。
そして最後は敵国との一大決戦を控え、その戦いが終われば一緒になれることを国王から約束してもらい、戦いに赴いた侍女が、最後一目王女に会うことも、その腕の中に包まれることもなく戦場に散り、その受け入れがたい事実を知った王女の発狂で舞台は幕を閉じる。
幸福とは何なのか、身分とは何なのか、愛は男女だけのものか、人々が当たり前と受け止めているものに一石を投じた舞台だったのではないだろうか。
特に貴族として生きている者にとっては考えさせられる舞台であった。
「……来てよかっただろう?」
「そうっすね。お嬢のその顔見られただけで、来た甲斐がありましたよ」
涙を手で拭いながら聞いてきたアーファにハンカチを差し出しながら、ゼロが茶化すとアーファはハンカチを奪い取るように受け取り、頬を膨らませて拗ねてしまった。
だが、心の中に残る深い余韻は隠せず、ゼロの表情は満足気だった。
「やはり戦争は悪だな」
口ぐちに感想を言い合いながら、観客たちがホールを出ていく。
段々周囲の観客もまばらになってきたのだが、アーファたちはまだ席を立たなかった。
ハンカチをゼロに返したアーファは真剣な顔つきでそうぽつりと漏らす。意外と影響を受けやすい性格なのかもしれない。
「私が目指す道が間違っていないと、確信したよ」
戦争さえなければ、全ての人々がもっと自由に生きられるはずだ。それはすぐにとはいかなくても、段階的に必ず達成できるとアーファは思う。
「お嬢の想い人も、同じ思いだといいっすね」
明日はいよいよ皇国首都へ向かう。
明後日には到着し、3日後はいよいよこの旅の目的である法皇法話だ。
結局最後の退出者となった3人はお互いに目を合わせ、目的達成への決意を確認し合うのだった。
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