第37話 責任回収

 時刻は少々戻る。


 宿の部屋でしたこともない恋愛についてああでもない、こうでもない、とイメージトークをしていた3人は、程よい時間になったことから宿を出発しウェフォール一座の舞台が行われる劇場へと向かっていた。


 劇場は芸術都市の中央部にあり、宿からそれなりに距離があったため馬車で移動していたのだが、豪華な馬車を引く白馬たちは都市を行き交う人々の視線をだいぶ集めているようだった。


「おお、おっきい劇場だねー」


 御者台側の窓から顔をだし、セレマウは近づきつつある円柱型の建物が目に入ってきた。

 外壁が蔦に覆われており、街の中心部に位置する緑色に見えるその建物はレンガ造りの建物が多い街の中で一際目立っていた。


「この街には劇場はたくさんありますが、あの劇場はウェフォール一座専用の劇場らしいですよ」


 まだ少し落ち着かないユフィは馬車の中でじっと座っていたため、セレマウの感想に答えたのはナナキだった。


「すごいなー」

「今日見るのは本公演ですが、新人役者たちだけで演じるルーキー公演が行われたり、同じ演目を演出家を変えて演じたりと、色んな試みをしているみたいですね」

「ほうほう。つまり、今日の舞台はウェフォール一座のオールスターってこと?」

「はい、そうなります」

「楽しみだねー」


 そんな会話をしていると、あっという間に劇場に到着する。馬車を預かり所に預けたあたりでようやくユフィは落ち着いたのか、平常心を取り戻していた。


「転んだりしないでよね?」


 馬車から降りる際、普段はセレマウを心配する側のユフィと立場を逆転させたセレマウはにやにやした表情でユフィを冷かしていた。


「だ、大丈夫よっ、ととっ!」


 と、言ってるそばから躓き、慌ててナナキが支えたおかげで転びはしなかったが、その様子にセレマウは流石に苦笑いを浮かべていた。 


「そんなんで本人に会ったらどうすんのさー」


 劇場の入り口へ向かって歩きながら、セレマウが心配するも、先ほどからユフィの視線は右往左往、誰かを探している様子だった。


「そんなに会いたいのですね……」


 恋という感覚がいまいち分からない二人は呆れ顔になりつつも、ユフィの探し人を探してみる。


「あ。あの子まだ幼そうなのに、車いすかぁ。なんだかかわいそうだな……」


 キョロキョロと彷徨わせていたセレマウの視線が車いすに乗る黒い法衣を着た黒髪の少女を捉えた。

 車いすを押すのはセレマウよりは少し年上だろうが、まだ少年とも呼べそうな黒髪の従者だ。

 もう片方の黒髪の少年が荷物を持って側に立っている。きっと少年二人が少女の従者なのだろう。

 車いすの前には黒い法衣の老紳士と二人の従者もおり、どこかしらの貴族の祖父と孫が観光にでも来ているのだろうとセレマウは判断する。


「なんだか、揉めている様子ですね」


 セレマウたちは劇場の来賓用の入り口にたどり着き足を止めたが、一般客用の受付で老紳士が穏やかではない様子で受付の女性に物申している様子だった。


「もしかして、チケットがないのかな? ……ん?」


 車いすと何やら揉めている様子ばかり気になっていたが、気が付くとユフィだけ話題の少女たちに背中を向ける形になり両手で顔を覆っていた。

 ユフィの様子から察した二人は、改めて車いすの側にいる従者の少年たちに視線を送る。


「うわ、たしかにめっちゃカッコいい……」

「そうですね……たしかにユフィ様が一目惚れされるのも、分からなくはないですね……」


 車いすを押す担当の黒髪の少年は二人が今までに見たことがないくらい整った顔立ちをしていた。

 芸術都市の絵画がそのまま世界へ飛び出してきたのではないかと疑いたくなる。


「困ってるようだし、ちょっと話聞いて来てみたら~?」


 予想通りではあったが、せっかく会えた機会を活かそうとセレマウがユフィに提案するが、ユフィは顔を両手で覆ったまま全力で首を振った。耳まで赤くなっていることから、人生で今までないくらい赤面しているのだろう。

 こんな彼女は、セレマウやナナキにとって初めてだ。


「これは、無理そうですね……。彼女らが何者かもわかりませぬし、ここは私が話を聞いてきましょうか?」


 ユフィの様子に苦笑いを浮かべつつ、ナナキがセレマウに確認を取る。


「そうだね、もし入れないとかで困ってるんだったら、そのチケット渡してきなよ」

「かしこまりました」


 ナナキを送り出したセレマウはユフィの横に立ち、頬をつついてみる。

 どうしようもない感情に襲われたユフィは黒髪の少年たちへ振り返ることもできず、「うー」とも「あー」ともつかない声を出していた。

 ユフィをどうすることも出来ないとあきらめたセレマウはユフィと同じ方向を向き、ユフィが不自然に見えないように努めるのだった。



「何かお困りですか?」

 車いすの少女と老紳士へ近づいたナナキは普段通りの口調で声をかける。

 ちらっと車いすの少女へ視線を送ると、なんとも非常に整った顔立ちをした美少女だった。

 だが今はその美しい顔に不安そうな表情を浮かべ、話しかけてきたナナキの方を向いている。


「いえ、なに。娘が楽しみにしていた舞台が見れなくなりそうで、少々熱くなってしまいました。御嬢さんにはお見苦しいところを見せてしまいましたかな」


――“娘”……か。


 首を動かし老紳士のそばにいる車いすの少女へ顔を向けると、上目使いで見上げてくる車いすの少女が目に入った。

 黒髪の眼鏡をかけた美少女は、まさに貴族の娘といった美しさを感じさせた。


「明日にはこの街を立たねばならぬので、どうにか見せてやりたかったのですが……」


 受付で揉めていたあたり、本来であればきっと観劇できるはずだったのだろう、そう予想をつけたナナキの中で、今回の事態が一本の線で繋がった。


「もしや、招待席を予約されていたのですか?」


 本来であればウェフォール一座の本公演の招待席など、数か月前から一座と連絡を取り合い用意してもらうのが通例だ。

 だが、フィーラウネ公爵が一座へ連絡をしたのは早くて4日前、手紙が届いたとしてもせいぜい一昨日くらいのものだろう。

 彼らがナナキと同じ黒い法衣を着ていることから子爵位ということは分かるが、序列において公爵家に到底及ぶものではない。

 急遽の予約に、彼らの予約が上書きされてしまったのだろうとナナキは予想をつけていた。


「ええ、我が兄がウェフォール男爵の知人でしてね、招待席を予約していたのですが……」


 ビンゴ。


「ああ、やはり……この件の一端は我が主にもあるかもしれません。よろしければ、3枚しかないのですがこちらのチケットをお譲りしますが、受け取っていただけませんか?」


 “主”という言葉を示すためにちらっと後方に待機しているセレマウとユフィを伺う。

 だが彼女たちはナナキたちに背を向け何かを話していた。だが法衣の色で自分の主が少女や老紳士よりも上の立場だと理解してもらえれば十分なのだ。

 視線を黒髪の少女に移し、少しだけ視線を上げると、少女の後ろに立つ黒髪の少年を捉えることができるのだが、この少年は間近で見れば見るほどとてつもないイケメンだった。

 どこか心ここに非ずというような表情になっていたが、そのカッコよさにナナキも自分の鼓動が少しだけ速くなる。平静を装うため、ナナキはなるべく彼を視界に捉えないように意識していた。


「おお……これはありがたい! ぜひ貴方の主殿にお礼申し上げたいのですが」


 老紳士の謝意に出来るだけの笑顔で応えたナナキは、チケットを上目使いで見つめてくる車いすの少女へ手渡す。

 そして小さく首を振りながら、アーデンへと視線を戻す。


「我が主はとてもシャイな方なので、そのお気持ちだけお伝えしておきます」


 彼らの視線もセレマウたちの方へ動いていたから、ナナキの主がきっと紫色の法衣を着た少女だと思ってもらえただろう。

 セレマウは身分を隠すために薄緑の法衣を身に纏っているのだから、それが必然のはずだ。公爵位の者に逆らう者など、常識的に考えているはずがない。


「ありがとうございますっ。私はファラ・クラックスと申します。お優しいお方、どうか貴女のお名前だけでもお伺いしてもよろしいですか?」


 車いすの少女が嬉しそうな笑顔を浮かべ、お礼を言ってきた。その可愛らしさに思わず頭を撫でてあげたくなったナナキだったが、その気持ちをぐっと堪え、少女と目線を合わせるためにかがむ。


「どういたしまして。この街ではね、お互いの素性は詮索しないのがルールなんですよ。でも私たちも今日中に中央に向かうので、もしそちらでまたお会いできたら、その時は中央の礼に則りこちらも名乗らせてもらいますね」


 彼らの動向を探るために「私たち“も”」と言ったナナキだったが、そこに対して否定も肯定もなかったことから、彼女たちもおそらく今日明日には中央に行くことが推測できた。

 となれば3日後の法話にもきっとくるのだろう。少女が来るのならば、従者たちも来るに違いない。


「わかりましたっ。ぜひお会いできることを願っております」


 嬉しそうな車いすの少女の表情にナナキも心温かくなる気持ちになっていた。


「それでは失礼致しますね」


 役目を果たしたナナキは笑顔で少女に手を振り、得るべき情報に満足感を持ってセレマウたちの方へと戻るのだった。

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