第28話 魔道具を作ろう
「やっぱ石に掘るだけじゃ魔道具にはならないですね……」
防衛都市を出発した夜、宿場町の宿でゼロが川で拾ってきた石にナイフで魔導式を刻んでみたルーだったが、石はただの傷つけられた石でしかないようだった。
現在アーファの部屋に集まっているのはゼロとルーの二人のみ。
アーデンは自室にて休んでいるようだ。
既製品の魔道具と、自分が魔導式を刻んだ石を比べ見るルー。拾ってきた石のほうが自然な形をしているが、刻まれた魔導式に遜色はない。
「この色が関係しているのだろうか?」
ルーの手元を覗き込んだアーファは既製品の方は刻まれた魔導式の部分が白くなっていることを疑問に思った。
さすがに宿の一室まで車椅子には乗っておらず、室内では自分の足で立っている。
「たしかにその可能性もありますね。魔力を込めると魔導式が発光しますし、インクか何かに秘密があるのかな……」
顎に手をあてて考えだすルーと思案を続けるアーファを眺めるゼロは手持ちぶさただった。だが今朝の行動を反省したゼロは、思いつきで行動しないように自省中だ。
『ゼロ、ちょっと石を見せてもらっていい?』
役に立たないゼロの代わりに姿なき声が指示を出す。今はブレスレットでしかないのに、どうやって話し、どうやって見ているのか、その仕組みは全く分からないが、経験上エンダンシーは持ち主が触れている時、五感を共有できるようだ。
「ほらよ」
打つ手なし状態のルーはゼロに2つの石を渡す。今朝購入した魔道具とルーが魔導式を刻んだ石を交互に眺め、情報をアノンへ渡すことに努めるゼロ。
『ふむ……魔導式自体から魔力を感じますね……。ゼロ、私を使って、魔導式を刻んでみてくれる?』
昨日までのゼロであればアノンの提案に即座に対応しただろうが、今日のゼロはアーファの指示を待っていた。
まるでしつけられた飼い犬のようなゼロにアーファは苦笑する。今朝のしつけは効果覿面だ。
「やってみよ」
「りょうかいっす」
アーファの指示を受けた瞬間、アノンがブレスレットから彫刻刀の形へと姿を変える。
質料保存の法則を完全に無視するその形態変化は、どうやれば可能なのか。
王国の研究所では今でもエンダンシーの解析が続いていることだろう。
何百年も昔に生まれたエンダンシーは一振りだったと言われているが、長い歴史の中でその一族の血脈が増え、現在のような各地に点在する形になったと言われている。だがエンダンシーにも個性があり、個々により得意な形状があるようだ。
リトゥルム王国でアリオーシュ家以外にエンダンシーを所有する南部の貴族家のものは、防御に特化した形状変化を得意としているという話だが、アリオーシュ家のエンダンシーは基本的に攻撃型の個性を持つ。
だがアノンはそのどちらの特性を備えた万能変化を可能としていた。
歴代アリオーシュ家の所有者たちでも、彼女のようなエンダンシーの記録は数件しか残っていない。
しかしアノンからすれば、今回のような武器ともいえないものへの変化も、容易いものなのだ。
黙々と石を削る音だけがしばし室内に響き渡る。
十数分が経過した頃。
「これでよしっ、と」
慣れない作業に疲労感をにじませながら、ゼロは自分で削った石をルーに手渡す。
「おつかれさん……おおっ!?」
ゼロが削った石に魔力を込めてみたところ、削った部分の魔導式がぼんやりと鈍く光る。そして申し訳程度に石が温もりを帯びていく。
『どうかしら?』
少しだけ自信ありといった調子を含み、ゼロの右手に握られた彫刻刀が尋ねる。
「買ったやつには及ばないけど、あったかくなりましたね」
「ほお」
ルーから手渡された石を握ると、アーファの手にもほのかな温もりが伝わる。
「魔導式の刻印に、魔力を介入させる必要がある、ということか?」
「おそらく、そうだと思われます」
アーファの推察に頷くルー。
言われたままに削っただけのゼロだが、エンダンシーは所有者の魔力を必要とする武器であり、それが功を奏したようだ。自分の相棒のお手柄にゼロも満足気だった。
「風魔法で石を削って刻印はできるか?」
「魔法そのもので、ですか……。いやぁ、この小ささの石に精密な刻印をするとなると、ちょっと簡単な話じゃないですね……」
魔法で細かな作業を行うのは相当な技術が必要となる。ましてや小さな石一つに文字を刻むとなると、求められる精巧さは半端ではない。単純に風の刃で石を切る方が圧倒的に楽だろう。
「そうか……。だがこれで我が国でも魔道具開発の目途が立つだろう。帰ったらやることは山積みだな」
帰ったら、その言葉にゼロとルーも力強く頷く。
皇国首都での法話まで残り7日。
何事もなければ、あと3週間以内にはリトゥルム王国へ戻る予定なのだ。
任務を果たし、この旅を成功させる。
3人は決意を新たにするのだった。
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