今も古谷先生は、鈴音の話を笑顔で聞いてくれている。

 だけど鈴音には古谷先生はその笑顔の奥になにか秘密を隠していることがわかっていた。しかも古谷先生が鈴音のためにそのことを隠していることもなんとなく想像がついていた。

「木下さん。もしかして松山さんと喧嘩でもしたの?」と古谷先生が笑いながら言った。

「していません」と鈴音は答える。

 それは嘘ではなかった。

 高校生になった鈴音と三つ葉はもうお互いに気軽に喧嘩ができるような関係ではなくなってしまっていたからだ。

「じゃあなんでそんな悲しい顔をしてるのさ?」と古谷先生は言う。

「そんな顔してますか?」と鈴音は答える。

 この教室には鏡はなく窓も遠くて鈴音は自分の顔を確認することができなかった。

「してるよ。まるで『世界が終わってしまった』かのような顔してる。そんな顔はさ、木下さんには似合わないよ」

 そう言って古谷先生は小さく笑った。

 鈴音は椅子から立ち上がると古谷先生に「ありがとうございました」とお礼を言ってからその教室を一人で出て行った。

「木下さん、お昼ちゃんと食べなよ!」

 古谷先生は後ろから鈴音にそう声をかけてくれたけど、鈴音はその日、結局お昼ご飯を食べなかった。

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