根源的本能


 彼女は、知らない。


 真実を、知らない。


 だけど、しなければいけないと思った。


 それは、自らの命より大切なものと思えた。


 いや、思ってなどいない。


 ただ、体は勝手に、動いていた――。


 ――――――――


「『雨晴あまばらしの矢』!!」


 刹那。世界をまばゆく消し飛ばすような光が、無尽に降り注いだ。その光に紛れるようにして、その影は、少女のもとに降り立つ。


「永劫の紫。『ジュエリー・ボックス』。〝無間獄迎宴むげんごくげいえん〟っ!!」


 続けざまに、天へ広げたその華奢な腕からは、紫に煌めく直方体の箱が、徐々に大きくなりながら回転した。その扉が開けば、ものすごい勢いで、砕かれた化物たちを飲み込んでいく。……それでも、全体の半分も飲み込めないままに、改めて小さく、その箱は収まり、消えた。


「だいじょうぶぅ? ノラ」


 確かに少女はあられもない姿だ。しかし、それと比べてもなかなかに限界な疲労感で、汗をだくだくと流しながら、そのギャルは言った。


「お……か……――?」


 少女は、無意識にギャルに手を伸ばそうとしていた。が、指先が少し、動いただけで、止まる。

 そのギャルの攻撃により、敵の戦力は半壊――とはいわなくとも、三分の一ほどを減らしていた。特に、少女を押し潰していたぬりかべたちは跡形もなく、ひとつの例外なく、消え去っている。それでも、どうやらダメージは甚大なようで、まだ、即座には少女は、動けない。


「邪魔しやがって」


 決して、感情を荒立てたりしない。ただ冷静に、妖怪は、瀕死の少女と、疲れ切ったギャルを襲う。


「あぶっ――」


 少女は無理矢理抵抗しようともがくが、まだ、動けない!


「――っ!」


 それでも、瞬間、妖怪の動きは止まった。その鼻先を掠めた、一刃の刃に身を引いて。


『ワタシハ 皆ヲ 守リマス』


 全身からバチバチと漏電させ、煙を吐きながらも、その機械生命体――エルファ・メロディアの置き土産、『EFエフ』は、人型の姿で、その目のあたりをLEDの光で点滅させて、言った。その身の一部を刃に変え、ただ妖怪の邪魔をする。


 その隙をついて、まず、紳士が少女のもとへ駆け寄った。『箱庭百貨店』から、「『ファナ調合研究』。……一分」、と、癒しの『異本』を――悩んだ末、一分のみ発動する。少女なら、自身の身体操作も含めて、その時間で完全に蘇るだろうし、『ファナ』は発動中、いくらかの感覚神経を鈍らせる。そのデメリットを最小限の時間にとどめるための、適切な判断だった。


「この、ガラクタがっ!」


「おい!」


 現状、戦力としてもっとも厄介であろうその機械生命体に向かおうとした妖怪を、その声は、止めた。


「俺の友人ダチの大事な家族に、いまなんつった?」


 そう言って、殴りかかる。が――。


「おまえこそ、年長者このおれに向かって、なんて口の利き方だい」


 当然と、男のそんな攻撃などいなされる。どころか、相手にすらされていない。弾いたり、受け止めたりするまでもなく、身のこなしひとつで受け流され、男は転がされた。


「くそっ!」


 と、悔しがるが、まだ、彼の目は死んでいない。


「ハク……無理……」


 少女が言う。だが、そんなこと――。


「解ってる! だから・・・、なんとかすんだろ!」


 少女の様子を一瞥し、確認。いや、見るまでもなく、言葉の弱々しさから、解っていた。癒しの『異本』まで用いていても、まだ数秒――いや、数十秒は、動けない。

 そして、それだけの時間があれば、あの妖怪なら、機械生命体を完全に停止させ、こちらにも矛先を向けてくるだろう。


『ギュウウウウゥゥ――!!』


 いや、それ以前に、他の化物たちに襲われてしまう。かなり数は減ったようだが、少女も、ギャルもまだ動けない。当然と、男の力では、餓者髑髏の一体にも勝てないだろう。


「くそっ!」


 解っていても、動くしかなかった。特段に戦闘勘もなく、機転も効かない。頭がいいわけでもないのだ。だから、愚直に、妖怪を追う。

 追いついても勝ち目などない。そのうえ、速度にも違いがありすぎて、追いつけさえしない。それに、化物たちを放っておけば、少女もギャルも危うい。それでも、敵の大将さえ、もし仮に、万が一、荒唐無稽でも倒すことができれば、なんとかなると思ったから。


「下がれ! のう!」


 そんな男を諌めて、突如現れた女流は押し飛ばす。そして、冷気の膜が、彼らを包んだ。

 氷の壁に遮られ、大狐の幻術は――その発動に必要な鳴き声・・・は、なんとか喰い止めた。だが、音程度は防げても、物質的な攻撃を防ぐには、やや弱い。


「だいじょうぶ! ハク! みんなすぐ来る!」


 幼女は言うと、目前に迫った餓者髑髏を、一瞬、いなした。だが、単純な戦闘力では男相手ですら勝てないかもしれないという、その程度の彼女では、その奇跡的な一回のみが限界だった。先の一撃は、あくまで火事場の馬鹿力でしかない。

 だがそれで、先頭にいた・・・・・餓者髑髏は、ぎりぎり、もう一度、冷気の膜の外へ、押し出される。


「時が止まれば――」


 幼女は言いながら、その氷の膜に、内側から、触れる。


「どんなに薄い膜でも……壊れない!」


 荒く息をして、幼女は集中する。そう長くはもたない。解ってはいても、できるだけ、長く、と。

 幼女の宣言通り、物質的な攻撃には脆かったはずの氷の膜は、完全にすべての化物たちを押し留めている。有効に、守れている。だから、限界まで! と、幼女は力を、振り絞った。振り絞り続けた。


「まったく、なにやっとんねん、ノラ!」


 バチ――。と、雷の尾を引いて、その女傑は、妖怪の前に立ち塞がった。機械生命体を庇うように。だが――。


「そこは、守れていないねえ」


 妖怪は言う。女傑の姿を一瞥はしたが、取るに足らないと言うように、すぐ、機械生命体の方への攻撃を、再開した。


「なんや――」


『キュオオオオォォ――!』


 氷の膜の縁を辿って、一部の化物たちがそこには、いた。特に、もっとも危険な大狐が、ちょうど現れたばかりの女傑に、大きく腕を振り上げ、狙いを定めている。


「絶対外さないでくださいよ!」


 その声は、その場の誰よりも高くを、飛翔した。

 声の主である優男は、大狐の元へ跳び、その鼻先にそっと触れる。そのまま大狐の体をなぞるように触れていき、その奥へと着地した。


「い――」


「いくぜ! ひゃっはあ!」


 優男の合図より一瞬早く、その悪人顔が炎を滾らせる。それは見事に大狐の鼻先を掠め、ただ掠めただけとは思えない威力で、全身に、炎を纏わせた。


 どうやら優男は、油を大狐の全身へ塗りたくっていたようだ。その山火事のような炎に、さすがの大狐も暴れ回り、攻撃を中断する。


 だが、大狐の奇襲に、攻撃を中断して防御を始めていた女傑では、もう妖怪へ、再度攻撃を向けるには間に合わない。


 だから、順当に、妖怪の見えない鎌は、機械生命体へ――。


それがしは、もう、誰も失わせんっ!」


 振り下ろされた鎌を、自らの肉体で受ける。いつかのように――十分シーフェンにて、娘子を庇ったように、敵に背を向けてでも、ただ、守る。


 大男は、娘子の娘たちを誰よりも近くで見てきた。つまりは、この機械生命体とも長くをともに過ごしてきた。だから、思うところが――気付くところがあった。

 ……まあ、それは急いて決めつけることでもない。ともあれ愛着もあったし、機械であろうとそれはすでに、『家族』のようなものだった。


 だから、もう、失えない。そう、決意していた。

 大男は、とうに、己が身の頑強さを規定していた。つまり、この体は、大切なものを守るためにこそ、強くあるのだと。


「いまだ、主教」


 自分が守り、必要な攻撃は、だから、他に任せられる者がいる。そう、示す。


「よく見たらなんで髪の毛生えてんですか! この! クソ教祖!」


 大男の言葉に合わせるようにして、最後に、もわっと、紫色の霧の姿でこっそり近付いていた僧侶が肉体を纏い、大きく後ろへのけぞった。その力を最大限に込めて――。


「ハゲこそが至高! しかし私はハゲじゃない! スキンヘーッド!!」


 僧侶は、やはり頭突きを、かます――。


        *


 これこそが、男の力だった。


 周りの人間を巻き込んで、力を借りる。……少女にはできない、男にしかできない、才能。


 走り回ってきたのだろう。ほうぼうに頭を下げて、頼み込んできたのだろう。それは、彼の弱さゆえの、才能だ。誰かに頼ることをいとわない。みっともなく頼み込むことを諦めない。どんなことにも真剣で、全力で、振り絞ることを怠らない。そんな、誰よりも弱く、特別な力などないからこその、なによりも特別な、力。それでもって、ここに、この場の全戦力が、集ったのだ。


 その、最後の一撃である、僧侶の頭部が、妖怪を襲う。……だがそんな攻撃など予期していたように、妖怪はひょろりとそれを躱した。そして――


「どいつもこいつも――」


 力強く、空間を掴む。


「うっとおしいねえっ!」


 ひと薙ぎ。鎌鼬の刃、だ。

 風によって生成されたその鎌は、当然と、姿など持たない。つまりは、その大きさも、無尽蔵だ。


 彼にとっての全盛期の姿――肉体は、その筋力を人体の限界近くにまで到達させている。その剛腕で、超大型の風の鎌を、的確に、邪魔者を吹き飛ばすように、薙ぎつけた。

 瞬間。細かな鎌が数多も舞い踊り、僧侶を、大男を、悪人顔を、優男を――女傑を、幼女を、女流を、紳士を、男を、……切りつけた。


 ――――――――


 彼女は、知らなかった。


 真実を、知らなかった。


 それでも、しなければいけないと思った。


 それらは、自らの命より大切なものと思えた。


 いや、思ってなどいない。


 ただ、体は勝手に、動いていた。




 気持ちは、自然と、溢れていた。




 ――――――――




 この気持ちを、どう伝えたらいいだろう?


 きっと、言葉を尽くしても足りないものだ。


 それでも、この土壇場で、でき得る限りに伝えるには、どうしたらいいだろう?


 ギャルは、ほんの一瞬だけ、考えて……そして、諦めた。


 だから、期待する。


 願望だけを、抱く。




 伝わって。と。


 そう、願って。


 ただ、笑った。




 ――――――――




「誓いの虹。『レインボー・ブーケ』。〝――――〟」




 最後の魔法を、伝える。



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