40th Memory Vol.27(日本/奈良/9/2020)
第二ゲーム。挑戦者はメイド。
ここがこの『試練』の明暗を分ける。……はずだったのだが。
「申し訳ございません。敗北致しました」
相変わらずのうやうやしさで、特段申し訳なくもなさそうに、また、彼女自身悔しくもなさそうに帰ってきた。たったの一勝負で敗北して。
「どうしたのだわ!? メイちゃん!?」
驚愕する女児。
そして、それほど態度に出るわけではないが、若者も驚いていた。
いくら
「意外と使えないものだね。わざわざこのぼくの手を煩わせるとは」
とりあえず皮肉を言っておく。別段どうでもいい。負けるなら負けるで、帰ることができるし、たった一勝負で負けてくれたのも時間の短縮だ。どうでもいいというよりむしろ、若者にとって都合がいい。……いや、よすぎる。
「申し訳ございません、ジン様」
さらに深々と頭を下げるメイド。まるで相手の腹底まで覗き込むような、達観した煽りだ。
「まあいい。さっさと終わらせて、帰るとしようか」
若者は言って、最後のゲームへと歩を進める。
眉根を寄せた乙女と目が合った。
*
最終ゲーム。挑戦者は若者、ジン。
「さあ、とっとと始めて、とっとと終わらそう。
席に着くなり、諸手を広げて、若者は言った。
「……勝つ気もない者と手合せする、こちらの身にもなってほしいが――」
乙女は言いながらも手を叩き、札を混ぜ合わせた。卓の中央に、『山札』が置かれる。
「……まあよい。始めよう」
少しだけ目を光らせる。
「後手だ」
淡白に若者は笑い、宣言する。そして、『山札』の一番上の一枚を脇に降ろし、さらにもう一枚、最上の一枚を、先に降ろした札の上に重ねた。最後に、残りの『山札』をすべてまとめて、その上から重ねる。
不可思議な動作だが、若者なりのシャッフルだろう。乙女が言った、
それが終わるのを見届け、先手である乙女が札を引いた。若者もそれに続く。
「どうせなら有意義に過ごしたいものだ。……卑弥呼。きみのことを聞きたい」
若者はつまらなそうに『手札』を見ながら、言った。その手札は『五』と『八』。ちなみに最初に引いた札が『八』だ。
「……なんだ? 我に興味があるのか? 言っておくが我は西洋人に興味などない。その高い鼻っ柱を、へし折ってやりたいくらいだ」
本気か冗談か解らない変化のなさで、淡々と乙女は言った。言いつつ、『中札』を出す。それは『三』であった。そして『山札』から一枚、札を補充。
「なにもしていないのに嫌われているものだね。西洋人に恨みでもあるのかい?」
若者も相変わらずの素っ気なさで、どうでもよさそうに言った。言いつつ、『中札』を出す。『手札』の片側が『八』であるので当然と、出すのは『五』だ。どうやら勝つ気がなくとも、わざと負ける気でもないらしい。
その後、『手札』を補充する。それは『七』だった。
「……
鼻を鳴らし息を吐き、吐き捨てるように乙女は言った。そして『端札』を裏向きに出す。
「なるほど」
小さく言い、若者も『端札』を出す。もちろん裏向きだが、それは『八』であった。
そして、『端札』を置き、若者は動きを止めた。正確には、『端札』を置き、そのまま、『端札』の上に手を置いたまま、止まった。
「正しい史実が伝わらないというのは、存外、気が滅入るもののようだ」
ぼそり。と、若者が言う。
「……なんだと?」
耳聡く、乙女はそれを拾った。
*
「ここで、約束をしないか?」
若者が、今度ははっきりと、そう言った。
「……言ってみろ」
さきほどの一言はなかったもののように、会話は成立した。
「この勝負。賭け金を二枚以上にして欲しい」
「……つまり、どちらかが一度目と二度目の勝負を連勝した場合、それだけで決着が着くようにしたいと、そういう意味だな」
聡い言葉に、若者は薄ら笑み、頷いた。
「……仮にそれを了承したとして、我になにか利点があるのか?」
「きみにとって利点となるかは解らないけれど、この勝負、ぼくは一度目の勝負の結果いかんに関わらず、二度目の勝負を行おう」
その言葉に、乙女は静かに目を閉じ、考え込んだようだった。
このゲーム、『
だから、二度目の勝負を行うか否か、先手であれば、それを受けるか否か。この選択が重要なのだ。その選択権を放棄するとは、
「……いいだろう。おもしろい。……そちの策に嵌ってみよう」
逆に、一度目の勝負においては、まだまだ情報が足りなすぎる。もちろん、賭けの段階に入った時点で、本来なら、自分自身が『役』を完成させているかどうかは確実に解る。『山札』は開かれており、自身の『端札』は知っているのだから。
しかし、それでも、相手の『役』が完成しているかどうかはそうそう解らない。もちろん、自身の『手札』やその他、場の札次第でははっきりと解ることもあるが、それでも、相手の『役』の完成まで予測できるのは、せいぜい二回に一回だ。
確率的には、一度目の勝負で札を読むより、二度目の勝負で札を読むほうが容易だ。言い換えれば、一度目の勝負の方が運要素が高い。どちらにしても運次第なら、賭け金の制限くらい受け入れても、相手の方が利益は少ないはず。
乙女は堅実に、そう判断した。そしてなにより、そんな状況で若者が、どういう策を巡らしたのかに興味があった。
そうして乙女は、早々と二枚の硬貨を場に出した。まだ『山札』が開かれる、その前に。
「では、一度目の勝負といこうか」
若者も笑い、硬貨を出す。出してから、『山札』を開いた。
*
開かれた『山札』は『一』であった。この時点で、若者の『役』は完成となる。まだ『端札』は伏せられたままなので、その事実に乙女は気付いていないはずであるが。
「ぼくは生まれつき、
わずかに片眉を持ち上げた乙女を見て、若者は言う。
「そういえばチュートリアルのときも、初手は『一』と『八』だったな」
若者は思い出したかのように言った。
その仕草に、乙女も
「さて、どうする? こここそが本来の賭けの時間だ。これ以上賭け金を上乗せするなら、するといい」
若者は乙女を見て、笑み、言った。
「……いや、この枚数でいい」
乙女は言い、率先して『端札』を開く。それは『二』であり、乙女は『役』の、未完成を示した。
「きみもたいがい運が悪い。……だが少しは救われただろう。運の悪さだけなら、ぼくの方が上だったみたいだ」
言って、若者も『端札』を開く。当然と『役』は成り、一度目の勝負、若者が勝利した。
*
さて、この段階で、若者から見て右から、若者の『端札』である『八』、『中札』である『五』、『山札』の『一』、乙女の『中札』である『三』、『端札』である『二』。こういう並びとなった。残りの札は、『四』、『六』、『七』。若者の『手札』が『七』であるので、最後の『山札』が『四』であれば、二度目の勝負、若者の『役』は完成する。『山札』が『六』なら、『役』の未完成だ。まだ、確実に勝てるかは解らない。
しかし、乙女の『手札』と最後の『山札』。これはそれぞれ、『四』と『六』であるのは確定なので、その間に、乙女の『中札』である『三』は含まれない。つまり、確実に乙女は『役』が完成しない。
「では、二度目の勝負といこう」
そこまでしっかりと把握し、若者は約束通り、二度目の勝負に移行する。これに勝利すれば――つまり、若者の『役』が完成すれば、一気に『試練』の突破となる。
あとは野と成れ山と成れ。勝負の行く先は、
「では、……勝負だ」
若者が言い、『山札』をひっくり返す。これが『四』なら、若者の勝利。『六』ならゲームの続行だ。
開かれる寸前、乙女は寄せた眉根を解き、安らかに一度、嘆息した。
「……我の、敗北である」
場を見もせず、乙女は言う。
そして、その言の通り、開かれた『山札』は、『四』だった。
*
「……見事。……とでも言っておけばよいのか? 確かに、最後まで我も騙されたが。よもや、勝つ気がないということ自体が
とはいえ、心底どうでもよさそうに伏せ目で、乙女は言った。
「いや、うちの使用人には気付かれていたようだから、誇れる演技でもなかったようだ。きみももう少しぼくを観察すれば気付いていただろう。だから、最初の勝負で勝てなければ、どうなっていたか解らない」
しかして、そのような綱渡りをやってのけたとは思えぬ気軽さで、若者は気障に肩をすくめた。
「メイちゃんは気付いていたのですか?」
そんな対戦者の後ろ、女児がメイドに、小さく耳打ちした。
「気付いていた……とは言い難いですけれど。ただ、
まず、初戦を女児にやらせる。女児はその段階ではまだ、ルールも攻略法もさほど理解していないだろう。それを差し引いても、最年少の女児には、二番手三番手などのプレッシャーを与えるよりかはまだ、一番手の方が気軽に、のびのびとプレイさせることができる。
二番手はメイド。彼女へのプレッシャーを与えるような言葉も、どうせさほどの効果は及ぼさないだろう。それを理解したうえで、若者はブラフを張った。何度でも「勝つ気がないこと」を明言して、さもそれが本当であるかのように。
そして、三番手に若者が挑戦する。これまでの二戦でのデータを有効活用し、可能な限り勝率を上げた。まだ勝つ気がないことを乙女に印象付けしつつ、それを利用して、相手を油断させた。
いや、油断ではない。乙女はその程度で油断などしていなかった。ただ、視野が狭くさせられていただけだ。若者からの賭け金の提案。その意味を履き違えさせ、提案を受け入れやすくさせた。
そんなことをしなくても、乙女は提案を受け入れたかもしれない。いや、どちらかというと乙女に利が多い提案だ。受け入れた可能性はもとより高かったろう。その上、その提案が通ったとて、うまく勝負に勝てるかどうかはどちらにしても、運次第だった。
だから、結局は
「ぼくは本当に運が悪くてね。その中でも特段に最悪なのが、
乙女に語るような視線で、しかし、乙女には解るはずのないことを、若者は言った。嘆息して、だけどどこか、楽しそうに。誰かを誇りにするかのように、語った。
「……どうやら、そち
乙女はぼそりと小さく言った。それに若者が言葉を発する前に、続ける。
「……では、とっとと送ってしまおう」
言って、諸手を面倒そうに持ち上げ、叩く。
すると、乙女の背後に流れる滝が、二つに割れた。
*
若者を地下世界へ。女児とメイドをもとの世界へ。乙女は送り、一息つく。なにやら若者が去り際に、メイドへなにかを耳打ちしたようだが、それは、
乙女は諸手を上げ、打ち鳴らす。すると、ふわりと椅子ごと少し空へ浮き、半回転。乙女は背を向けていた滝へ、正面から向き合った。
「……これでよいのだろう?」
滝へ――ではなく、そこにいるであろう
「うん。ありがとう、卑弥呼。すまなかったね、
「……仕方あるまい。
不機嫌に頭を振り、
「理解してくれて助かるよ」
「……次はどこだ?」
乙女が問う。
「ん……。まあいろいろ考えてはいるんだけど、ちょっとまだ決まってなくてね。もう少しここで待っていてくれるかい?」
苦笑いを浮かべて、
「……好きにしろ」
乙女が言うと、その空間には、すでに何者もいなくなっていた。相変わらず、自由なやつだ。乙女はそう思い、自身の
「……まったく『――』になど、なるものではないな」
独り
その風に乗って、八枚の札が飛ぶ。行き先も、解らぬままに。
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